御朱印・神社お寺の検索サイト
嵯峨野にある清凉寺へ。近年大阪城発掘調査で発見された、豊臣秀頼の頭蓋骨を埋葬した塚がある。また、光源氏のモデルとされる源融の墓もある。 ここは、いつも賑わう渡月橋から、わずか…続きを読む
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悲劇の白拍子・祇王ゆかりのこちらへ。小さな庵だが、平清盛の供養塔や木像、吉野窓など見所が多い。そして、苔の庭がとにかく素晴らしい。 清盛の心変わりにより、祇王が妹の祇女、母親の刀…続きを読む
大和郡山の洞泉寺町を歩いた。隣にある東岡町と並ぶ元遊郭街。名残のある建物が並ぶが、特に旧川本邸は3階まである上、ハート型の窓があるなど一度見たら忘れられない。イベント時に一般公開されるらし…続きを読む
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片桐且元の甥にあたる、小泉藩主・片桐貞昌(石州)が創建した慈光院へ。境内に入る茨木門は、一国一城令で取り壊された摂津茨木城の楼門を移築したものである。数年前に城跡である茨木小学校前へ行く…続きを読む
子供の頃来て以来の太宰府へ。 八月十八日の政変で公武合体派によって三条実美、三条西季知、四条隆謌、東久世通禧、壬生基修、錦小路頼徳、澤宣嘉の攘夷派公家が追放された「七卿落ち」。途中、錦…続きを読む
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當麻寺の中乃坊へ。東塔を借景にした、片桐石州作の香藕園が素晴らしい。後西天皇ゆかりの行幸の間や、侍者の間に隣接する茶室の特徴的な丸窓も外から眺める(月末から数年ぶりに、内部の一般公開が行な…続きを読む
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黒田の集落から2キロほど山道を歩く。こちらの荘厳寺は、西脇説の根拠になった「荘厳寺本黒田家略系図」という文書を今に伝えている。それによると、9代目の黒田治隆という人物が官兵衛の兄に当たるそ…続きを読む
もともと大阪城三の丸で、付近には大名たちの屋敷が並び、千利休がお点前を披露していたという玉造稲荷。この日は、ヴァイオリンの生演奏による真田丸のテーマを聴きながら、豊臣家と徳川家ゆかりの茶会…続きを読む
姫路の書写山へ。The Last Samuraiや軍師官兵衛、最近では 駆込み女と駆出し男、3月のライオンのロケ地。早朝ということで、見事な雲海が見れた。紅葉も最盛期で、久しぶりに来て良…続きを読む
若江の戦い戦跡。討たれる首のために香を焚きこませた逸話も、先週の真田丸で描かれていた木村重成。以前来た時は鍵がかかっていた蓮城寺にある位牌堂だが、初めて中に入ることができた。真ん中に重成の…続きを読む
播州浅野家の大阪での祈願所「吉祥寺」で毎年12月の第2日曜日に開催されている義士祭へ。浅野長矩の藩主当時の住職は縦鎌という人で、赤穂出身ということもあり懇意だったそうだ。数年ぶりに訪れた…続きを読む
閉門10分前に拝観。花戦さ の主人公である初代・池坊専好ゆかりの寺。聖徳太子建立とされ、小野妹子が住職をつとめたという。 有頂天家族 の舞台にもなってたなそういえば。
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信貴山へ墓参りに行ったついでに足を延ばす。松永弾正久秀ゆかりの信貴山城跡にある朝護孫子寺。全国的にも珍しい、甲冑姿の厩戸皇子像があります。
武生にある御誕生寺へ立ち寄りました。
北ノ庄城址にある柴田神社へ。柴田勝家、お市、浅井三姉妹の像があります。
NHKの特集や、新潮文庫から出ている「食う寝る座る永平寺修行記」を読んだ。日本一厳しい道場だという情報を頭に入れてこの永平寺へ行ってみたが、観光客に見える部分はゆるい空気が流れ拍子抜けした。
宮本武蔵ゆかりの八大神社へ。内田吐夢が監督した「一乗寺の決斗」のポスターやスチール、劇場用看板などが飾られていた。昔BSで観て、異様な迫力に興奮した映画だ。自衛隊演習地である滋賀県・饗庭野…続きを読む
狩野探幽が描いた三十六歌仙の肖像を掲げる詩仙の間が有名。地形を利用した唐様庭園も広大で、ししおどしが日本で最初に取り入れられた場所とされる。
生駒山の急斜面を登って平岡神社へ。奈良の春日大社の勧請元ということで、元春日の異名があるパワースポット。
紅葉ライトアップで昨年末に訪れて以来の雲龍院へ。河津桜が咲いてました。昼は人が少なく、景色を独り占めできるので好きな場所です。こちらの抹茶は、貴人台という文字通り身分が高い人に出された台に…続きを読む
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