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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年12月※四天王寺ではいただけません

してんのうじ|和宗荒陵山

四天王寺

大阪府 四天王寺前夕陽ケ丘駅

お堂・中心伽藍・庭園 4月~9月 8:30~16:30 10月~3月 8:30~16:00 六時堂 8:30~18:00 お堂の外からのお参り 24時間

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06-6771-0066

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印

四天王寺では、20種類以上の御朱印をいただけます。

季節や行事に合わせた記念御朱印が頒布されています。

大悲殿の御朱印

300円

真ん中に大悲殿と書かれ、右上に大日本佛法最初の印、真ん中に佛法僧の三宝印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
大悲殿は、本尊である救世観音菩薩が安置されている金堂を示しています。

大悲殿 新西國第一番の御朱印

300円

真ん中に大悲殿と書かれ、右上に新西國第一番の印、真ん中に梵字の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)とは、近畿2府4県の寺院の中から聖徳太子の「和の道」を基本に選定された観音巡礼です。

聖徳太子の御朱印

300円

真ん中に聖徳太子と書かれ、右上に大日本佛法最初の印、真ん中に釈迦如来転法輪処当極楽土東門中心の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
四天王寺は、聖徳太子が創建した日本最初の官寺です。

三面大黒天の御朱印

300円

真ん中に三面大黒天と書かれ、右上に大日本佛法最初の印、真ん中に梵字の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
大黒堂の本尊である三面大黒天は、大黒天・毘沙門天・辯才天の霊験を持ち、縁日にお参りすると子孫繁栄、福徳円満、商売繁盛にご利益があるとされています。

太子髻中四天王の御朱印

300円

真ん中に太子髻中四天王(たいしけいちゅうしてんのう)と書かれ、右上に聖徳太子御遺跡第一番の印、真ん中に釈迦如来転法輪処当極楽土東門中心の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
太子髪中四天王の題字は、聖徳太子が物部氏との戦いで、小さな四天王像を髪の中に入れて無事に勝利した後に、四天王寺を建立した伝説にちなんでいます。

亀井不動の御朱印

300円

真ん中に亀井不動と書かれ、右上に梵字と近畿第一番の印、真ん中に梵字と蓮華座に火炎宝珠の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
近畿三十六不動尊霊場は、近畿地方の2府4県にある三十六箇所の不動尊(不動明王)の霊場を巡る巡礼です。
亀井不動尊は、聖徳太子が亀井の井戸を覗いた時、その水面に不動明王の姿が映っていたため、不動尊を祀ったのが起源と伝えられています。

普賢菩薩の御朱印

300円

真ん中に普賢菩薩と書かれ、右上におおさか十三佛第四番の印、真ん中に梵字の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
おおさか十三仏めぐりとは、初七日から三十三回忌までの13回の法要それぞれを司る仏を祀る霊場を巡る巡礼で、普賢菩薩は、人が亡くなってから28日目の四七日(よなのか)に冥界への4番目の関所で現れるとされています。
四天王寺の万燈院では、本尊である十一面観世音菩薩像の脇侍として普賢菩薩が祀られています。

布袋尊 大阪七福神の御朱印

300円

真ん中に布袋尊と書かれ、右上に大阪七福神と書かれた軍配の印、真ん中に宝印、左下に袋の印が押されています。
大阪七福神は大阪市内にある7カ所の寺社で構成される霊場巡りで、四天王寺の布袋堂には2体の布袋尊像があります。
なでほてい尊のお腹・背中の黄金袋・手に持ったひょうたんを撫でると、招福・財運向上・諸願成就のご利益があると言われ、乳布袋尊は母乳の悩みや乳がんなどの病気平癒にご利益があるとされています。

四天王寺の御詠歌御朱印

300円

「ありがたや 法(のり)のはじめの 天王寺 かめいに浮かぶ み佛(仏)のかげ」と書かれ、右上に大日本佛法最初の印、真ん中に佛法僧の三宝印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
「法のはじめの天王寺」は、日本における仏教始まりの地である四天王寺という意味で、「ありがたや」は、尊く畏れ多いという意味です。
「かめい」とは、現在の亀井堂にある井戸のことで、聖徳太子が亀井の井戸を覗いた時、その水面に不動明王の姿が映っていたため、不動尊を祀ったのが亀井不動尊の起源と伝えられています。

近畿三十六不動尊霊場第一番 御詠歌御朱印

300円

「ありがたや 法(のり)のはじめの 天王寺 亀井に浮ぶ 不動明王」と書かれ、右上に梵字と近畿第一番の印、真ん中に梵字と蓮華座に火炎宝珠の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。

限定御朱印

西國薬師四十九霊場第十六番 御詠歌御朱印

300円

「かしこしな 法(のり)のはじめの 名をとりて なにわの寺は すえの世までも」と書かれ、右上に西國薬師第十六番の印、真ん中に梵字の印、左上に西国四十九薬師霊場開創三十周年の記念印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
この御詠歌は、日本仏法最初の地という名声を得ているなにわ(大阪)の四天王寺が、後の世まで栄えることを祈りお祝いするという意味が込められています。
西国四十九薬師霊場開創三十周年記念の印は、2019年10月1日~2021年12月31日の間、西国薬師四十九霊場全てのお寺でいただけます。

薬師如来 西国四十九薬師霊場開創三十周年記念御朱印

300円

真ん中に薬師如来と書かれ、右上に西国薬師第十六番の印、真ん中に梵字の印、左上に西国四十九薬師霊場開創三十周年の記念印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
西国薬師四十九霊場は、近畿地方の2府5県にある49カ所の寺院から成り、四天王寺における霊場は薬師如来像や四天王像を祀る六時礼讃堂(六時堂)になります。
西国四十九薬師霊場開創三十周年記念の印は、2019年10月1日~2021年12月31日の間、西国薬師四十九霊場全てのお寺でいただけます。

薬師如来 西国四十九薬師霊場開創三十周年記念薬壺型御朱印

薬師如来の薬壺(やっこ)型の光沢がまぶしい金紙の御朱印で、真ん中に薬師如来と書かれ、右上に西国薬師第十六番の印、真ん中に梵字の印、左下に荒陵山四天王寺の印が押されています。
西国四十九薬師霊場会は2019年で30周年を迎え、霊場となっている49カ所の寺院で記念御朱印が授与されています。
2019年10月1日~2021年12月31日の間にいただける期間限定御朱印です。

御朱印帳

四天王寺では、オリジナル御朱印帳と各霊場巡りの御朱印帳が頒布されています。

四天王寺の御朱印帳

1,200円
約18×12cm

緑色の地に、表面は真ん中に右二つ巴の寺紋と大日本佛法最初 四天王寺の文字が入っています。

法然上人二十五霊場納経帳

1,200円
約18×12cm

紺色の地に、表面に法然上人二十五霊場納経帳(ほうねんしょうにんにじゅうごれいじょうのうきょうちょう)と書かれたシンプルな御朱印帳です。
法然上人二十五霊場とは、近畿地方を中心に中国・四国地方にある法然上人ゆかりの25寺を参拝する霊場巡りのことです。

なにわ七幸めぐり集印帖

1,000円

真ん中に「なにわ七幸(しちこう)めぐり 集印帖」の文字が入ったバインダータイプの御朱印帳です。
なにわ七幸めぐりとは、大阪活性化事業と神社仏閣活性化を目的に、大阪府の7社寺を参拝する霊場巡りのことです。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、西大門(極楽門)近くにある納経所でお受けできます。

御朱印の受付時間
8時30分~16時(4月~9月)
8時30分~16時30分(10月~3月)

詳しくは公式サイトをご確認ください。

御朱印をもっと見る|
383
御朱印について
御朱印
あり

聖徳太子が建立したお寺です。御朱印の「太子髪中四天王」の墨書きは、四天王像を彫り髻中に入れ、戦いに勝利した逸話から取られています。その他にも多数の通常御朱印をいただけます。

限定
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

神仏霊場巡拝の道近畿三十六不動尊霊場
新西国三十三箇所第1番
西国三十三所番外霊場
西国薬師四十九霊場第16番
近畿三十六不動尊霊場第1番
摂津国八十八箇所第25番
摂津国三十三ヶ所第33番
おおさか十三仏霊場第4番
大阪七福神(布袋尊)
河内飛鳥古社寺霊場第1番
なにわ七幸めぐり第七の幸
大坂三十三所観音めぐり第20~24番
聖徳太子霊跡第1番
法然上人二十五霊場第6番
西山国師遺跡霊場客番
四国八十八箇所番外霊場
役行者めぐり
神仏霊場巡拝の道第43番

ご利益

四天王寺について

豊富な催し


定期的に行われる寄席、毎月21、22日には縁日、その他にもフォトコンテストなど、たくさんの催しが行われています。詳細が載っているWebサイトも要チェックです!

大坂夏の陣では戦場の渦中に


大坂夏の陣の際、大阪城にこもる豊臣秀頼方の勇将、毛利勝永が四天王寺の南大門に布陣したと言われています。日本最大の野戦の中、この地で散っていった侍たちに思いを馳せてみては?

おすすめの投稿

四季
2021年12月25日(土)
266投稿

和宗総本山 四天王寺

~日本仏法最初の官寺・新春にむけて~

お知らせ
令和4年 新春名宝展 (1月1日~)
~太子をしのびて~
近世四天王寺の御聖忌記録
が開催されます。

山号  荒陵山
    (あらはかさん、
    こうりょうざん)
宗派  和宗
寺格  総本山
御本尊 救世観音
創建年 推古天皇元年(593年)
  (『日本書紀』による)
開基  聖徳太子
正式名 荒陵山金光明四天王大護國寺
別称  荒陵寺 難波大寺
    御津寺(みと寺)
    堀江寺

札所等
新西国三十三箇所第1番
西国三十三所番外霊場
西国薬師四十九霊場第16番
近畿三十六不動尊霊場第1番
摂津国八十八箇所第25番
摂津国三十三ヶ所第33番
おおさか十三仏霊場第4番
大阪七福神(布袋尊)
河内飛鳥古寺霊場第1番
なにわ七幸めぐり
大坂三十三所観音めぐり第20番~24番
聖徳太子霊跡第1番
圓光大師廿五霊場第6番
西山国師遺跡霊場客番札所
四国八十八箇所番外霊場
役行者めぐり
神仏霊場巡拝の道第43番(大阪第2番)
阪和西国三十三ヶ所観音霊場第1番

文化財
紙本著色扇面法華経冊子5帖ほか(国宝)
六時堂・絹本著色両界曼荼羅図ほか(重要文化財)ほか
八角亭(登録有形文化財)

元来は特定宗派に偏しない八宗兼学の寺。日本仏教の祖とされる「聖徳太子建立の寺」であり、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年(昭和21年)に「和宗」の総本山として独立されています。

~・~・~・~
巡礼
卍 圓光大師廿五霊場第6番
卍 西山国師遺跡霊場客番札所

~・~・~・~

令和4年 新春名宝展
~太子をしのびて~
近世四天王寺の御聖忌記録

令和4年(2022)1月1日(土・祝)~2月20日(日)
8時30分~16時(但し、1月21日は8時~16時30分)
入館は閉館20分前まで
拝 観 料 一般500円

主な展示品
聖徳太子孝養立像
01軀 宝永03年(1706)
聖徳太子伝 10帖 寛文06年(1666)
伽藍修補勧化序文 01巻 享保16年(1731)
皇太子千二百回御忌御開帳記録 04冊 文政02年(1819)
四天王寺・住吉大社図屏風 6曲1双 江戸時代

○特別公開 1月20日~2月20日 慧慈和尚坐像(山口県・般若寺蔵)
◎期間限定公開 1月1日~15日
国宝 扇面法華経冊子
観普賢経 扇11「桜花訪美人図」
◎1月1日~22日
国宝 懸守「松喰鶴文」
◎1月23日~2月20日
国宝 懸守「火取香炉」
○特集陳列 重要無形民俗文化財

「聖霊会の舞楽」所用具 修理新調事業実施記念 天王寺舞楽の伝統装束 其の参

大阪市天王寺区四天王寺1丁目11-18

四天王寺の山門

極楽門

沈む夕陽の向こうに極楽御浄土があるように
ありがたい光景が見えるそうです

四天王寺の山門四天王寺(大阪府)四天王寺(大阪府)

聖霊院(太子殿)虎ノ門

四天王寺の建物その他

聖霊院(太子殿)

四天王寺の本殿四天王寺の本殿四天王寺の本殿四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他

聖霊院(太子殿)より五重塔を眺めて

四天王寺の山門四天王寺の建物その他

太子殿 猫の門 の猫さま😺

四天王寺の山門

猫さまに見入る出張参拝者の方😺

四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他

境内全てにこの虹色🏳️‍🌈の紐が巡らされていました

四天王寺の建物その他

極楽門へ (東~西へ)

太古の昔を偲ばせる上町台地
谷町筋を挟み 東に四天王寺 西に一心寺

四天王寺の山門四天王寺の山門四天王寺(大阪府)

名称不詳ですが、立派な彫刻があります

四天王寺(大阪府)

太子井戸屋形

四天王寺の手水

蓮や杜若の花彫刻が彩鮮やかです

四天王寺の芸術四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)四天王寺の歴史四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺の自然四天王寺の建物その他

五重塔とハルカス

四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他

石能舞台

四天王寺の本殿四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)

日本三大『石舞台』
四天王寺
住吉大社
厳島神社(平舞台・高舞台)

四天王寺の本殿四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)四天王寺の山門四天王寺(大阪府)四天王寺の像四天王寺(大阪府)四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他

回廊も立派です

四天王寺(大阪府)

阿弥陀堂

四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)四天王寺の像

弘法大師像

四天王寺の像四天王寺の像

親鸞上人像

四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他

四天王寺御朱印に種類
32種ありました?

四天王寺の授与品その他

今回は、散華を戴きました🌹

四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)

四天王寺の石⛩️

四天王寺の鳥居四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他四天王寺の建物その他四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他

聖霊院(太子殿)虎ノ門 寅さま

四天王寺(大阪府)四天王寺の建物その他
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惣一郎
2021年07月11日(日)
1045投稿

四天王寺は、大阪府大阪市天王寺区にある和宗の総本山の寺院。山号は荒陵山(あらはかさん)。本尊は救世観音(ぐぜかんのん)。聖徳太子建立七大寺の一つ。奈良・法興寺(飛鳥寺)と並び、日本最古の本格的仏教寺院。寺域(11万㎡)と伽藍配置はほぼ飛鳥時代のままで、寺域全体が国指定の史跡となっている。西国三十三所番外霊場ほか、さまざまな巡礼の札所となっている。

創建は推古天皇元年(593年)。『日本書紀』によると、用明天皇2年(587年)に蘇我氏と物部氏の武力衝突が起きた際、蘇我氏側の聖徳太子が膠木(ぬるで)の木で四天王像を彫り、戦いに勝利したならば必ず四天王を安置する寺塔を建てると誓願したところ、蘇我氏が勝利したために建立することとなった。
平安時代以降、聖徳太子が日本仏教の祖とされることから、当寺は太子信仰の中心として宗派を問わず信仰され、天皇、上皇、法皇のほか、新仏教の開祖である最澄、空海、法然、親鸞、良忍、一遍などが当寺に参篭している。また、当寺の西門は西方極楽浄土の東門(入口)であるという信仰から、浄土信仰の寺としての性格を強めていき、海に沈む夕日を配する清池として多くの信者を集めてきた。
なお、建築や美術工芸品の観点からすると、当寺は平安時代から昭和時代まで、幾多の災害(天災も人災も)に遭っており、ことごとく焼失・倒壊しており、ほとんど残っていない。主な災害には、836年落雷に始まり、1467年応仁の乱、1576年織田信長の天王寺の戦い、1945年米軍の大阪大空襲など。なお、昭和戦後の1946年に天台宗から和宗に改宗し総本山となっている。

当寺は、JR大阪環状線・天王寺駅から北に500mほどの高台にある。寺域が東京ドームの2.3倍と広大で、かつ見どころが満載なので、これを数時間ですべて見て廻るのは難しい。仁王門・五重塔・金堂・講堂で構成される<中心伽藍>をメインで、他をプラスアルファのつもりで廻ってもけっこう大変。

今回は、大阪で一番の人気寺院として参拝することに。参拝時は平日の午後、境内には純粋な参拝者はあまりいない感じだったが、地元のご老人をはじめ、それなりの人数がいた。

四天王寺の鳥居

境内南西端にある<石の鳥居>。鎌倉時代後期1294年建立。扁額には嘉暦元年(1326年)の銘がある。国指定の重要文化財。

四天王寺の周辺

参道の左側にある<四天王寺高校・中学校>。

四天王寺の建物その他

参道の左側にある<見真堂>と<親鸞聖人像>。

四天王寺の建物その他

参道の右側にある<ちち布袋堂>。

四天王寺の手水

参道の右側にある<水屋>。

四天王寺の山門

中央伽藍の手前に大きく構える<極楽門>。

四天王寺の建物その他

極楽門の北側にある<納経所>。御朱印はこちら。

四天王寺の山門

極楽門をくぐって進むと、中央伽藍の入口<西重門(さいじゅうもん)>。

四天王寺の建物その他

西重門をくぐって、左手の拝観受付へ。その後、回廊を南に進む。

四天王寺の建物その他

中央伽藍の南寄りに立つ<五重塔>。初代から数えて八代目。

四天王寺の建物その他

中央伽藍の北寄りに立つ<金堂>。

四天王寺(大阪府)

中央伽藍の北側に立つ<講堂>。

四天王寺の建物その他

西重門から回廊を北向きに進んだところにある<龍の井戸>。昔から、中央伽藍の地下深くに流れる荒陵池の麗水には青龍が棲んでいて寺域を守護していると信じられてきたため、「龍の井」は中央伽藍で外せない重要な建物と認識されてきたとのこと。

四天王寺の建物その他

井戸を覗くと、龍の姿が見えるそうだが、自分には見えない...?

四天王寺の建物その他

【境内南西部】弘法大師修行像。

四天王寺の建物その他

【境内南西部】大師堂。

四天王寺の建物その他

【境内南西部】左から順に<阿弥陀堂>、<納骨堂>、<弘法大師像>。

四天王寺の山門

境内南端にある<南大門>。

四天王寺の山門

<南大門>から境内を望むと、中央に<仁王門>。

四天王寺の建物その他

南大門から入ってすぐの場所にある<熊野権現遙拝所>。

四天王寺の山門

中央伽藍の南端に位置する<仁王門>。

四天王寺の像

仁王門の右側に阿形仁王像。

四天王寺の像

仁王門の左側に吽形仁王像。

四天王寺の建物その他

【境内南東部】写真左側の八角堂は<南鐘堂>。

四天王寺の建物その他

<南鐘堂>正面。

四天王寺(大阪府)

【境内南東部】聖徳太子を祀るエリアの入口<虎の門>。

四天王寺の建物その他

虎の門をくぐると<聖霊院太子殿>。手前が<前殿>、奥が<奥殿>。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍西側】普賢菩薩。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍西側】一乗院。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍西側】番匠堂。

四天王寺(大阪府)

【中央伽藍西側】花塚。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍西側】宝物館。

四天王寺(大阪府)

【中央伽藍西側】宝物館の右隣奥にある<用明殿>。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍西側】宝物館の左隣手前にある<石神堂>。<牛王尊>の扁額。

四天王寺の末社

【境内北東部】<亀遊嶋辨天堂>の鳥居。

四天王寺の建物その他

【境内北東部】<亀遊嶋辨天堂>の社。

四天王寺の建物その他

【境内北東部】<亀井堂>外観。

四天王寺(大阪府)

【境内北東部】<亀井堂>内部。

四天王寺の建物その他

【境内北東部】亀井堂の南側に建つ<亀井不動尊>。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍北側】東寄りに建つ<鼓楼>。扁額には<虚空蔵>の文字。

四天王寺(大阪府)

【中央伽藍北側】西寄りに建つ<北引導鐘堂>。表札には<黄鐘楼>とも。

四天王寺の建物その他

【中央伽藍北側】建物は<六時礼賛堂>で、江戸時代初期の1623年徳川2代将軍秀忠による建立。国指定の重要文化財。
手前は<石舞台>で、江戸時代後期の1808年造営。当寺の最も重要な舞楽大法要「聖霊会(しょうりょうえ)」の舞台。住吉大社の石舞台、厳島神社の平舞台とともに「日本三舞台」の一つとされている。国指定の重要文化財。

四天王寺の建物その他

<六時堂>正面。名称は昼夜6回諸礼賛することに由来する。

四天王寺の建物その他

<六時堂>内部正面。奥には薬師如来坐像と四天王像を安置。

四天王寺の動物

石舞台の両側にある<亀の池>。

四天王寺の建物その他

【北西部】ひときわ高い建物が<英霊堂>。聖徳太子の偉業を奉賛するため、1903年に「頌徳鐘楼」として建立され、世界最大の大梵鐘が釣られていたが、大梵鐘は戦時に供出された。

四天王寺の建物その他

<英霊堂>正面。内部に本尊の木造阿弥陀如来立像と、左右に増長天、持国天を祀っている。

四天王寺の建物その他

【北西部】英霊堂の左隣にある<三面大黒堂>。建立は不詳。再建は江戸時代末期1849年。

四天王寺の建物その他

<大黒堂>正面。

四天王寺の地蔵

【北西部】地蔵山の中央にある<地蔵堂>。

四天王寺の地蔵

地蔵山の地蔵像たち。

四天王寺(大阪府)

【北西部】無縁塔。写真右側中央に立つのは、江戸時代後期1854年に甚大な被害をもたらした<安政地震津波碑>。

四天王寺の建物その他

【北西部】墓地(四天王寺霊園)の中にある<元三大師堂>。江戸時代前期1623年建立。寄棟造、瓦葺。元三大師良源を祀る。国指定の重要文化財。

四天王寺の建物その他

<元三大師堂>正面。

四天王寺の御朱印帳

大阪府の寺院に初めて参拝したので御朱印帳を購入することに。オリジナルではないが、たくさんの種類がある。

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歴史

四天王寺は、推古天皇元年(593年)に建立されました。今から1400年以上も前のことです。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫りもし、「この戦いに勝利したら四天王を安置する寺院を建立し、この世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後その誓いを果すために建立されました。

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四天王寺の基本情報

住所大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
行き方

電車
天王寺駅より徒歩12分
四天王寺前夕陽ヶ丘駅より徒歩5分
阿部野橋駅より徒歩14 分


環状線方面よりお越しの場合は、阪神高速道路14 号松原線夕陽ケ丘出口から約6分。
松原方面よりお越しの場合は、阪神高速道路14号松原線文の里出口から約10分。
駐車場は四天王寺南大門に隣接した無人タイムズをご利用ください。

アクセスを詳しく見る
名称四天王寺
読み方してんのうじ
参拝時間

お堂・中心伽藍・庭園 4月~9月 8:30~16:30 10月~3月 8:30~16:00 六時堂 8:30~18:00 お堂の外からのお参り 24時間

トイレあり
御朱印あり

聖徳太子が建立したお寺です。御朱印の「太子髪中四天王」の墨書きは、四天王像を彫り髻中に入れ、戦いに勝利した逸話から取られています。その他にも多数の通常御朱印をいただけます。

限定御朱印あり
御朱印帳あり
電話番号06-6771-0066
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.shitennoji.or.jp/
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご本尊救世観世音菩薩
山号荒陵山
宗旨・宗派和宗
創建時代593年
開山・開基聖徳太子
札所など

新西国三十三箇所第1番
西国三十三所番外霊場
西国薬師四十九霊場第16番
近畿三十六不動尊霊場第1番
摂津国八十八箇所第25番
摂津国三十三ヶ所第33番
おおさか十三仏霊場第4番
大阪七福神(布袋尊)
河内飛鳥古社寺霊場第1番
なにわ七幸めぐり第七の幸
大坂三十三所観音めぐり第20~24番
聖徳太子霊跡第1番
法然上人二十五霊場第6番
西山国師遺跡霊場客番
四国八十八箇所番外霊場
役行者めぐり
神仏霊場巡拝の道第43番

文化財

紙本著色扇面法華経冊子5帖(国宝)ほか
六時堂(重要文化財)
絹本著色両界曼荼羅図(重要文化財)ほか
八角亭(登録有形文化財)

ご由緒

四天王寺は、推古天皇元年(593年)に建立されました。今から1400年以上も前のことです。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫りもし、「この戦いに勝利したら四天王を安置する寺院を建立し、この世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後その誓いを果すために建立されました。

体験坐禅(座禅)写経・写仏祈祷御朱印博物館国宝重要文化財祭り札所・七福神巡り伝説

Wikipediaからの引用

概要
四天王寺(してんのうじ)は、大阪市天王寺区四天王寺にある和宗の総本山の寺院。山号は荒陵山(あらはかさん)。本尊は救世観音(ぐぜかんのん)。聖徳太子建立七大寺の一つとされている。新西国三十三箇所第1番札所のほか多数の霊場の札所となっている。 『日本書紀』によれば推古天皇元年(593年)に造立が開始されたという。当寺周辺の区名、駅名などに使われている「天王寺」は四天王寺の略称である。また、荒陵寺(あらはかでら)・難波大寺(なにわだいじ)・御津寺(みとでら)・堀江寺(ほりえでら)などの別称が伝えられている。 宗派は天台宗に属していた時期もあったが、元来は特定宗派に偏しない八宗兼学の寺であった。日本仏教の祖とされる「聖徳太子建立の寺」であり、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年(昭和21年)に「和宗」の総本山として独立している。
歴史
歴史[編集] 七星剣 『日本書紀』に見る創建の経緯[編集] 創建時の四天王寺伽藍模型(大阪府立近つ飛鳥博物館展示)。南から北へ(この画像では右から左へ)中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に配置するのが特色。 四天王寺は蘇我馬子の法興寺(飛鳥寺)と並び、日本における本格的な仏教寺院としては最古のものである[1][2]。 四天王寺の草創については『日本書紀』に次のように記されている。 用明天皇2年(587年)、かねてより対立していた崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏の間に武力闘争が発生した。蘇我軍は物部氏の本拠地であった河内国渋河(現・大阪府東大阪市布施)へ攻め込んだが、敵の物部守屋は...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 地下鉄谷町線 四天王寺前夕陽ヶ丘駅 - 南へ徒歩約5分 JR西日本・Osaka Metro 天王寺駅 - 北へ徒歩約12分 近鉄南大阪線 大阪阿部野橋駅 - 北へ徒歩約14分
行事
行事[編集] 経木流し - 死者の供養として経木に戒名を書き、亀井堂の亀形石の水に流す。 万灯供養 - 同じく、死者の供養(先祖供養)として、ろうそくに戒名を書き、夕方から一斉に灯す。お盆の行事。
引用元情報四天王寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%9B%9B%E5%A4%A9%E7%8E%8B%E5%AF%BA&oldid=92529460

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