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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※圓教寺ではいただけません

えんぎょうじ|天台宗書写山

圓教寺

兵庫県 余部駅

8時30分~17時(冬季)  8時30分~18時(春季~秋季、日祭日は延長あり)

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0792-66-3327

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

無料駐車場あり

巡礼

神仏霊場巡拝の道西国三十三所霊場
西国三十三所観音霊場第27番札所
播磨西国三十三箇所第1番札所
播州薬師霊場第16番札所
神仏霊場会巡拝の道第75番札所
播磨天台六山

圓教寺について

映画「ラストサムライ」NHK「軍師官兵衛」のロケ地でも有名


弁慶の足跡も訪ねる事が出る。

西国三十三カ所第二十七番札所

おすすめの投稿

惣一郎
2022年06月10日(金)
971投稿

【西国三十三所巡り(16/33)】

圓教寺(円教寺:えんぎょうじ)は、兵庫県姫路市書写にある天台宗の別格本山の寺院。山号は書寫山(書写山)。本尊は如意輪観世音菩薩(摩尼殿(本堂)安置)。西国三十三所27番札所。西国三十三所のうち最大規模の寺院で、その寺格の高さから「西の比叡山」とも呼ばれ、中世には比叡山、大山とともに天台宗の三大道場と称された巨刹。大講堂、鐘楼、金剛堂、食堂、常行堂、奥之院(開山堂、護法堂2棟、護法堂拝殿)、十妙院(客殿及び庫裏、唐門)、寿量院、木造釈迦如来及び両脇侍像(大講堂安置)、木造四天王立像(摩尼殿安置)、木造阿弥陀如来坐像(常行堂本尊)、木造性空坐像(開山堂安置)が国指定の重要文化財。境内は国の史跡。

寺伝によると、平安時代中期966年に、性空が書写山に庵を結んだのが始まり。庵の近くの桜の老木に、生木のままで如意輪観音像を彫り本尊としたという。986年に性空を尊崇していた花山法皇が来山し、圓教寺の勅号を与え、米100石を寄進、性空はこの寄進をもとに講堂を建立したとされる。この後、後白河法皇や後醍醐天皇など多くの皇族が行幸し、勅願により建物の改築、建立を行っている。皇族以外でも、中宮従者であった和泉式部が帰依して歌を残したり、武蔵坊弁慶が一時期書写山で修行をしたり(史実の確証なし)、一遍、一向俊聖、国阿らの時宗聖が参詣したことでも知られる。戦国時代の1578年、織田信長に中国地方征伐を命じられた羽柴秀吉が、播磨制圧のために当寺に乱入し、摩尼殿の本尊である如意輪観音像などを近江・長浜に持ち帰ったが、1580年に如意輪観音像だけが戻された。

当寺は、JR山陽本線・山陽新幹線・姫路駅の北北東7kmの書写山(標高371m)にあり、境内の広さは36万㎡(東京ドーム8個分)に及ぶ。書写山南麓からケーブルカーに乗り4分ほどで到着する寺域は、仁王門から十妙院にかけての「東谷」、摩尼殿(観音堂)を中心とした「中谷」、3つの堂(三之堂)や奥之院のある「西谷」に区分される。全山で三十数棟の建物が散在しており、その中には国指定の重要文化財も多く、ゆっくり見て廻ると半日以上は優にかかる。山内はアップダウンが多く、その多くが木々に覆われており、森林浴やハイキングの目的でも良いかも。

今回は、西国三十三所札所、天台宗の別格本山、大講堂等が国指定の重要文化財であることから参拝することに。参拝時は休日の昼前後で、天気が良いこともあり、かなり多くの参拝者・観光客が訪れていた。

圓教寺の景色

書写山ロープウェイに乗って、山麓駅から山上駅まで4分間の空中遊覧。
いきなり観光モード全開。(o^―^o)

圓教寺(兵庫県)

山上駅から出たところの眺め。天台宗の<一隅を照らす>石碑。最澄の『山家学生式』で説いた一文。ここから東谷エリアのスタート。

圓教寺(兵庫県)

平坦な参道を進むと、登り始めの場所にある<慈悲(こころ)の鐘>。

圓教寺の山門

やがて参道脇に現れる、聖域入口の<仁王門>。三間一戸の八脚門、三つ棟造。

圓教寺(兵庫県)

左側の<吽形仁王像>。

圓教寺の仏像

右側の<阿形仁王像>。

圓教寺(兵庫県)

参道を進んで右側にある<壽量院>。かつての最重要塔頭寺院で、1174年に後白河法皇がここに1週間参籠された。国指定の重要文化財。
なお、事前予約をすると、なんとここで精進料理がいただけるとのこと。(;゚Д゚)

圓教寺(兵庫県)

参道を進むと右側にある<十妙院>。室町時代の大名・赤松満祐が亡き娘を祀るために委託した寺院。

圓教寺の山門

十妙院の現在の建物は江戸時代前期1691年の建立。国指定の重要文化財。

圓教寺(兵庫県)

十妙院から「権現坂」を下って行くと、ここから中谷エリアが始まる。
参道右側にある<護法石>。別名<弁慶のお手玉石>。

圓教寺の建物その他

参道突き当り、断崖の上に建つ<摩尼殿(本堂)>。平安時代末期の1174年に後白河法皇が「摩尼殿」と命名。

圓教寺(兵庫県)

断崖の麓にある<三十三所堂>。

圓教寺の建物その他

右側の階段を登って、<摩尼殿>に向かう。現在の建物は昭和戦前の1933年に再建。入母屋造、本瓦葺、懸造。

圓教寺(兵庫県)

<摩尼殿>の内部。

圓教寺(兵庫県)

摩尼殿の裏手の小高い場所にある<稲荷堂>。

圓教寺の建物その他

西谷エリアに向かう途中にある<杣観音堂>。

圓教寺(兵庫県)

観音堂の先にある<大仏>。

圓教寺(兵庫県)

西谷エリアには3つの大きな建物がコの字に建っている。まず北側にある<大講堂>。平安中期の10世紀、花山法皇の命による建立。桁行7間、梁間6間、2重1階、入母屋造、本瓦葺。下層は1440年、上層は1462年の建造、1622年姫路藩主・本多忠政が修復。国指定の重要文化財。

圓教寺(兵庫県)

3つの建物のうち西側に建つ<食堂(長堂・三宝院)>。桁行15間、梁間4間、入母屋造、本瓦葺。1174年後白河法皇の勅願で建立。現在の建物は室町時代中期といわれる。国指定の重要文化財。

圓教寺(兵庫県)

大講堂と食堂の間にある<弁慶鏡井戸>。

圓教寺の建物その他

食堂の2階から、南側の<常行堂>を望む。

圓教寺の建物その他

食堂の2階は展示室に使われている。

圓教寺の本殿

3つの建物のうち南側に建つ<常行堂>。方5間、入母屋造の常行堂の北側に、正面10間、側面2間、切妻造、吹き放しの建物を接続している。写真は、大講堂と向かい合わせに建つ10間、2間の部分。国指定の重要文化財。

圓教寺の建物その他

弁慶鏡井戸の奥にある<奥の院>エリアに進む。

圓教寺(兵庫県)

奥之院エリアの入口すぐ、右側の斜面にある<不動堂>。

圓教寺(兵庫県)

不動堂の右隣にある<護法堂>。<乙天社>と<若天社>から構成され、それぞれ社隅木入春日造、檜皮葺。鳥居2基とともに、国指定の重要文化財。

圓教寺の建物その他

奥之院の最奥にある<開山堂>。開山の性空を祀る。

圓教寺(兵庫県)

現在の建物は江戸時代前期1671年の再建。桁行5間、梁間6間、宝形造(方形造)、本瓦葺。国指定の重要文化財。

圓教寺(兵庫県)

護法堂、不動堂と向かい合わせで建つ<護法堂拝殿>。桁行7間、梁間2間、切妻造、本瓦葺、懸造。戦国時代の1589年建立。国指定の重要文化財。

圓教寺の建物その他

最後に、奥之院の南側のエリアを廻る。こちらは<金剛堂>。性空上人が生活をしていた場所に建っている。国指定の重要文化財。

圓教寺の建物その他

こちらは<鐘楼>。国指定の重要文化財。

圓教寺(兵庫県)

こちらは<法華堂(法華三昧堂)>。平安時代中期の985年に播磨国司・藤原季孝により建立。現在の建物・本尊は江戸時代の造立。

圓教寺(兵庫県)

こちらは<榊原家墓所>。ここから帰途に就く。ロープウェイ山上駅に向かう。

圓教寺(兵庫県)

帰り道に見た、<常行堂>の南側部分。

圓教寺(兵庫県)

帰り道に見た<大黒堂>。

圓教寺(兵庫県)

帰り道に見た<瑞光院>。圓教寺塔頭六院の1つ。

圓教寺の自然

最後に、参道で見掛けたきれいなお花。(^▽^)/

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みぃちゃん
2020年01月21日(火)
93投稿

日曜日、滑り込みで書写山圓教寺へ行って来ました。翌日から、2ヶ月もロープウェイが点検で止まるという不思議なご案内が出ていたので(←謎はあとで解けます)

お寺さんへの初詣は西国三十三所のどこかにしようと決めていました。
前に一度、ニュージーランド人の友人と来て以来。10年ぶりくらい?

こちらはラストサムライや軍師官兵衛、関ヶ原、3月のライオンなどのロケ地として有名です。

ロープウェイで上がったあとは、マイクロバスで摩尼殿まで。歩くとちゃんと山門をくぐれるのですが、山道を散策がてら30分ほど歩かなければならないため、今回はバスに乗っちゃいました。

で、摩尼殿にて最初のお参り。お寺さんでお線香あげるのが大好きで、身が引き締まります。
そして、西国の御朱印と御詠歌をいただきました。

次に、滑り落ちそうな上り坂を5分強。
三つのお堂にたどり着きます。
こちらこそが、ラストサムライなどで使われた場所です。
途中、TO SETという不思議な看板がたくさん。で、三つのお堂まで来て、あ!っと気づきました。映画のロケ用のセットがばっちり。スタッフには外国人が指示を出しています。
あとで調べたところ、ハリウッド映画の撮影が姫路で行われるとのこと。

先に裏手の奥の院にお参りし、かの有名なチベット語の御朱印をいただきました。漢字もいただいちゃいました。。。

で、一番のお楽しみは、三つのお堂の中央に位置する食堂(じきどう)にて、お写経。
本来なら静かな空間を見ながら出来るはずが、、、写経をしている目の前を映画のスタッフが大声で話ながらどすどす歩いていきます。
床が揺れるから筆を止めるし、大声で話す英語が耳に入ってくるし。
なかなか集中できず、三回も書き間違えてしまいました。残念。

でも、セットを写真に撮りまくりましたよ、笑
所詮、ミーハーです、笑

※無事、編集終了しました!

圓教寺の建物その他

ロープウェイ降りてすぐ、こちらからマイクロバスで。右に伸びる道を歩いていくと、山門をくぐれるのですが、以前ニュージーランド人の友達と歩いたので、今回は時間を優先しました。

圓教寺(兵庫県)

バスの往復乗車チケットの代わりです。特別志納料500円で、おばさまがぺたんとお洋服に貼ってくださいます。

圓教寺の建物その他

摩尼殿到着。

圓教寺の建物その他

清水と同じ舞台造り。西の比叡山と言われるのもわかります。

圓教寺の塔

フォトジェニック!

圓教寺の手水

こちらで手を清めます。

圓教寺の本殿

摩尼殿入り口。お線香をあげる瞬間が大好きです。身が引き締まります。

圓教寺の鳥居圓教寺の景色

舞台からの景色。

圓教寺の御朱印

西国の御朱印。

圓教寺の御朱印

と、御詠歌。

圓教寺の建物その他

次に、滑り落ちそうな上り坂を歩いて5分ほど。三つのお堂に向かいます。途中見かけた仏様。

圓教寺の本殿

三つのお堂。ここで、映画のセットに気づきました。正面は食堂(じきどう)、右手は大講堂。

圓教寺の建物その他

これもセット。

圓教寺の本殿

まずは食堂の裏に鎮座する、奥の院開山堂。こちらで、チベットの御朱印がいただけます。

圓教寺の建物その他

神仏習合なので、お社がふたつ。

圓教寺の御朱印圓教寺の御朱印

チベットの御朱印。いただくの、緊張しました~

圓教寺の本殿

提灯もセットですがきれいです。こちらは右手に食堂がある角度です。

圓教寺の本殿

提灯つけています。

圓教寺の芸術

食堂2階にある、ご住職直筆のお手前。素敵です。

圓教寺の建物その他

こちらはセットではなく、食堂の階段にあるランプです。

圓教寺の建物その他

画像検索で意味がわかりました。短い2本線が陰、長い1本線が陽をあらわします。

圓教寺の体験その他

そんなわちゃわちゃの中、写経を。三文字も間違えてしまいました。修行が足りません。ぜんぜん。まったく、汗

圓教寺の御朱印

大講堂の御朱印。食堂でいただけます。

圓教寺の御朱印

こちらも食堂にて。納経のあとにいただくとやはりうれしいです。

圓教寺の景色

ロープウェイ下りの景色。一番向こうに淡路島が見えます。
長い記録にお付き合いありがとうございました!

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歴史

書写山の山上にあり、康保3年(966年)、性空の創建と伝えられる。もとは素盞嗚命が山頂に降り立ち、一宿したという故事により、「素盞ノ杣」といわれ、性空入山以前よりその地に祠が祀られていたといわれる。山号の由来はこの「素盞(すさ)」からのものといわれ、姫路市と合併する以前は、飾磨郡曽左村と呼ばれていたが、この「曽左(そさ)」も素盞に由来する[15]。創建当初は「書写寺」と称した。仏説において書写山は、釈迦如来による霊鷲山の一握の土で作られたと伝えられ、「書寫山」の字が当てられたのは、その山がまさに霊鷲山を「書き写した」ように似ることによるといわれる[15]。また一つに、その名は、山上の僧が一心に経典を書写する姿に、山麓の人たちが崇敬をもって称したとも伝えられる。
康保3年(966年)性空の57歳の時、書写山に庵を結んだのが書写寺の始まりであるとされる。入山して4年目の天禄元年(970年)、天人が書写山内のサクラの霊木を賛嘆礼拝するのを見た性空が、弟子の安鎮に命じて生木のサクラに如意輪観音の像を刻み、その崖に3間四方の堂を建てた。これが如意輪堂(現・摩尼殿)の創建であるという。
性空に対する尊崇の念が強かった花山法皇は、寛和2年(986年)に来山して、圓教寺の勅号を与え、米100石を寄進。性空はこの寄進をもとに講堂(現・大講堂)を建立したとされる。花山法皇以外にも、後白河法皇や後醍醐天皇など多くの皇族が行幸、また勅願により建物の改築・改修、建立が行われている。一遍、一向俊聖、国阿らの時衆聖らが参詣したことでも知られる。一遍は入寂直前に書写山の僧に、聖教を預けた。
天正6年(1578年)、織田信長より中国地方征伐を命じられた豊臣秀吉が、播磨制圧のため乱入し、摩尼殿の本尊である如意輪観音像などを近江の長浜に持ち帰った。その後、天正8年(1580年)に、長浜より如意輪観音像だけが戻された。この摩尼殿の本尊は、性空の如意輪観音像と同木同作の如意輪観音であり、性空の生木如意輪観音像は、延徳4年(1492年)の真言堂からの火災により、蓮鏡院、如意輪堂とともに焼失している。

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圓教寺の基本情報

住所兵庫県姫路市書写2968
行き方

JR・山陽電鉄 姫路駅から
神姫バス「書写ロープウェイ行」で終点下車ロープウェイ山上駅から摩尼殿までは、西国三十三観音像を配置した参道を歩いて約1キロ、15~20分の道のりです。
志納所前から摩尼殿の下まで、マイクロバスも運行しています。特別志納金500円で往復ご乗車いただけますので、どうぞご利用ください。

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名称圓教寺
読み方えんぎょうじ
参拝時間

8時30分~17時(冬季)  8時30分~18時(春季~秋季、日祭日は延長あり)

参拝料

大人500円、中高生以下無料

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0792-66-3327
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.shosha.or.jp/
お守りあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊如意輪観音
山号書写山
宗旨・宗派天台宗
創建時代966年(康保3年)
開山・開基性空
札所など

西国三十三所観音霊場第27番札所
播磨西国三十三箇所第1番札所
播州薬師霊場第16番札所
神仏霊場会巡拝の道第75番札所
播磨天台六山

文化財

釈迦三尊像、四天王立像(国指定重要文化財)

ご由緒

書写山の山上にあり、康保3年(966年)、性空の創建と伝えられる。もとは素盞嗚命が山頂に降り立ち、一宿したという故事により、「素盞ノ杣」といわれ、性空入山以前よりその地に祠が祀られていたといわれる。山号の由来はこの「素盞(すさ)」からのものといわれ、姫路市と合併する以前は、飾磨郡曽左村と呼ばれていたが、この「曽左(そさ)」も素盞に由来する[15]。創建当初は「書写寺」と称した。仏説において書写山は、釈迦如来による霊鷲山の一握の土で作られたと伝えられ、「書寫山」の字が当てられたのは、その山がまさに霊鷲山を「書き写した」ように似ることによるといわれる[15]。また一つに、その名は、山上の僧が一心に経典を書写する姿に、山麓の人たちが崇敬をもって称したとも伝えられる。
康保3年(966年)性空の57歳の時、書写山に庵を結んだのが書写寺の始まりであるとされる。入山して4年目の天禄元年(970年)、天人が書写山内のサクラの霊木を賛嘆礼拝するのを見た性空が、弟子の安鎮に命じて生木のサクラに如意輪観音の像を刻み、その崖に3間四方の堂を建てた。これが如意輪堂(現・摩尼殿)の創建であるという。
性空に対する尊崇の念が強かった花山法皇は、寛和2年(986年)に来山して、圓教寺の勅号を与え、米100石を寄進。性空はこの寄進をもとに講堂(現・大講堂)を建立したとされる。花山法皇以外にも、後白河法皇や後醍醐天皇など多くの皇族が行幸、また勅願により建物の改築・改修、建立が行われている。一遍、一向俊聖、国阿らの時衆聖らが参詣したことでも知られる。一遍は入寂直前に書写山の僧に、聖教を預けた。
天正6年(1578年)、織田信長より中国地方征伐を命じられた豊臣秀吉が、播磨制圧のため乱入し、摩尼殿の本尊である如意輪観音像などを近江の長浜に持ち帰った。その後、天正8年(1580年)に、長浜より如意輪観音像だけが戻された。この摩尼殿の本尊は、性空の如意輪観音像と同木同作の如意輪観音であり、性空の生木如意輪観音像は、延徳4年(1492年)の真言堂からの火災により、蓮鏡院、如意輪堂とともに焼失している。

体験食事・カフェ御朱印重要文化財武将・サムライ有名人のお墓札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
圓教寺(円教寺、えんぎょうじ)は、兵庫県姫路市書写にある天台宗の別格本山の寺院。山号は書寫山(書写山)。本尊は如意輪観世音菩薩。西国三十三所第27番札所。宗教法人としての名称は常用漢字体の「円教寺」である。 本尊真言:おん ばだら はんどめい うん ご詠歌(西国第27番):はるばると登れば書寫の山おろし 松のひびきも御法(みのり)なるらん
歴史
歴史[編集] 書写山の山上にあり、康保3年(966年)、性空の創建と伝えられる[1][2][3]。もとは素盞嗚命が山頂に降り立ち、一宿したという故事により、「素盞ノ杣」といわれ、性空入山以前よりその地に祠が祀られていたといわれる。山号の由来はこの「素盞(すさ)」からのものといわれ、姫路市と合併する以前は、飾磨郡曽左村と呼ばれていたが、この「曽左(そさ)」も素盞に由来する[4]。創建当初は「書写寺」と称した。仏説において書写山は、釈迦如来による霊鷲山の一握の土で作られたと伝えられ、「書寫山」の字が当てられたのは、その山がまさに霊鷲山を「書き写した」ように似ることによるといわれる[4]。また...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 神姫バスが姫路駅北口 - 書写山ロープウェイ[1]、書写山ロープウェイが山麓駅-山上駅を連絡している。書写山ロープウェイ山上駅から圓教寺摩尼殿までは徒歩か有料送迎マイクロバス。書写山ロープウェイは2月頃に点検のために運休するので冬期は確認が必要。この期間中は書写山ロープウェイ山麓駅で特設納経所が設けられ、御朱印の受付ができる。 神姫バス 姫路駅北口から神姫バス8系統で、終点「書写山ロープウェイ」まで所要約28分[1]。バス停からロープウェイ山麓駅まで徒歩すぐ。 神姫バス駅前ターミナルで、バス+ロープウェイ(何れも往復)割引セット券を取り扱っている[1]。 書写山ロープウェ...Wikipediaで続きを読む
行事
行事[編集] ※いずれも開始時間、受付等については要確認。ほとんどの行事に参列できる(要問合せ)。100近くの年中行事がある。 新春夢の書-元朝午前零時。住職が新しい一年にむけて、目標となる文字を揮毫する。 諸堂拝礼国禱会 - 1月1日10:00[1][2]。摩尼殿・開山堂・諸堂。 新春護摩供-1月1日0:00 14:00。2日10:00 14:00。 3日10:00 14:00。御祈祷札、護摩木を受付有り。 修正会(鬼追い会式) - 1月18日13:00 - 15:00、初観音縁日。年に一度のご開帳日。市指定無形文化財。性空上人遷化後始められた。白山権現・摩尼殿[1]。一般に赤鬼・青...Wikipediaで続きを読む
引用元情報圓教寺 (姫路市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%9C%93%E6%95%99%E5%AF%BA%20(%E5%A7%AB%E8%B7%AF%E5%B8%82)&oldid=91512104

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