御朱印・神社お寺の検索サイト
2017年1月にお参りした際の写真です。第2次世界大戦末期の東京大空襲(昭和20年3月10日)で焼かれたイチョウは、葉が落ちているこの時期の方が、幹に残る焼け焦げた跡などが見やすいかと思…続きを読む
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福井から東京に戻る途中、せっかくの機会なので、米原への特急を敦賀で途中下車して、気比神宮にお参りしました。敦賀駅から徒歩で15~20分ほど。おごそかな雰囲気に包まれた古社でした。ところど…続きを読む
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福井に行く機会があり、空き時間に神社をいくつか巡りました。 佐佳枝廻社(さかえのやしろ)からすぐの場所に福井神社がありました。いただいた「栞」によると、第16代福井藩主の松平春嶽…続きを読む
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福井に行く機会があり、空き時間に神社をいくつか巡りました。 「佐佳枝廼社」で「さかえのやしろ」と読みます。公式サイトによると、幕末の賢君の一人として知られる福井藩16代藩主、松平…続きを読む
福井に行く機会があり、空き時間に神社をいくつか巡りました。 北陸新幹線の延伸工事が進むJR福井駅から徒歩で5分ほど。駅近くの商店や飲食店街に接して柴田神社がありました。織田信長の…続きを読む
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別名「こんにゃく稲荷」。初午の日に授与されるこんにゃくの護符が、のどや風邪に効くとのことです。鉄道の駅からだと行きにくいのですが、墨田区のコミュニティバス「すみまるくん」を利用すればすぐ…続きを読む
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2年前(2017年)2月のだるま市の時にお参りしました。JR吉原駅から歩いて向かうと、ほどなく露店がずらりと並び、道いっぱいに人が歩いていました。境内も大変な人出でにぎわっていました。富…続きを読む
小田原七福神の弁財天のお寺です。JR小田原駅の新幹線口から徒歩10分足らず。御朱印は、ご住職のご家族にとても丁寧に対応していただきました。
JR山手線の大塚駅から徒歩5分ほどの住宅街の中にありました。お参りしたのは3月上旬で、梅が数本、きれいに咲いていました。
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決して広くはないのですが、よく手入れされた梅園がありました。2月の下旬にお参りした際には、ウメの花がきれいに咲いていました。
江戸時代、5代将軍綱吉を治療したという盲目の鍼灸師、杉山和一ゆかりの神社です。和一が信仰した江ノ島弁財天を模した岩屋も境内にありました。 境内のはずれには、幹に焼け焦げた跡があるイチ…続きを読む
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東京大仏の近くです。事前の予備知識なしにお参りしたら、境内に幕末の砲術家、高島秋帆を顕彰する碑がありました。砲身と砲弾をかたどったユニークなデザインです。
1828年建造という富士塚「下谷坂本富士」が保存されています。写真は2年前の2017年7月1日、山開きの日のものです。実際に登ってみると、下から見るよりも道は険しく、へっぴり腰になりまし…続きを読む
基壇も含めた高さは計12.5メートル、仏像本体でも座高8.2メートルの東京大仏は、青銅製の鋳造大仏としては奈良、鎌倉に次ぐ日本で3番目の大きさ。1977年の建立とのことです。ほかにも境内…続きを読む
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「飛木」の由来にもなっている大きなイチョウの木があります。幹には、黒く焼け焦げた跡が残っています。第2次世界大戦末期の昭和20年(1945年)3月10日未明、東京の下町一帯は米軍のB29…続きを読む
最近はアニメとのコラボで知られるようです。2年前にお参りした際の写真です。
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住宅街に囲まれるように洗足池があり、そのほとりに洗足池八幡宮があります。と言うよりも、洗足池を囲むように住宅地が開発されていったのでしょう。小規模ですが、メタセコイヤの並木もあって、ちょ…続きを読む
住所は東京都新宿区新宿6丁目。新宿の一角にもこんな場所があったのか、と思うほどに、古びた(悪い意味ではなく)静かな境内でした。しかし、お参りを終えて後ろを振り返れば、鳥居の向こうに大きな…続きを読む
大國魂神社にお参りした後、京王線の電車で聖蹟桜ヶ丘に移動。徒歩5分ほどで武蔵一之宮の小野神社でした。イチョウの黄葉も進んで秋の気配が深まっている中で、真っ赤な社殿がとても鮮やかでした。 …続きを読む
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11月下旬の日曜日、境内は七五三の家族連れでにぎわっていました。京王線府中駅から神社までのケヤキ並木も、晩秋の趣きでした。 御朱印は本殿の左手にある社務所で。御朱印帳を預けると受付番…続きを読む
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