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御朱印・御朱印帳

御朱印

大國魂神社

300円

真ん中に大國魂神社と書かれ、大國魂神社印、左下に大國魂神社社務所印が押されています。
武蔵国の守り神をお祀りされており、真ん中上部に武蔵総社の文字が書かれています。

コロナウイルスの感染防止のため、現在は書き置きのみの頒布のようです。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、拝殿に向かって拝殿に向かって左側の社務所でお受けできます。

御朱印の受付時間は9時~17時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり

武蔵国の守り神をお祀りされており、上部に武蔵総社の文字が書かれている御朱印です。真ん中に印が押されています。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

おすすめの投稿

惣一郎
2021年02月07日(日)
1172投稿

大國魂神社(おおくにたま...)は、東京都府中市にある神社。武蔵国総社。旧社格は官幣小社。現在は神社本庁の別表神社。東京五社の一社。

創建は社伝によると西暦111年(景行天皇41年)に大國魂大神がこの地に降臨し祀ったのが起源。645年の大化の改新のころ、武蔵国府が当社境内に置かれ、国司が奉幣巡礼・神事執行等の簡便化により国内諸神を配祀し社号を「武蔵国総社」とし、その後六所(6社の神;武州六大明神)を奉祀し社号を「武蔵総社六所宮」としたとのこと。
平安後期の1062年、前九年の役平定の際、源頼義・義家父子が欅の苗千本を寄進。これが現在、国の天然記念物に指定されている「馬場大門のケヤキ並木」の起源。また神前にすももを供えたことから現在でも7月に「すもも祭り」を開催。1182年には、源頼朝が妻政子の安産祈願を行い、4年後社殿を造営。その後も武家の信仰が続き、1590年徳川家康が江戸入城以降、武蔵国総社として社領を寄進するとともに社殿を造営。

当社は、JR中央線・府中駅南側、徒歩7分ほどの非常に行きやすい場所にある。

参拝時は週末の午後で、真冬の2月にも関わらず、大勢の参拝客で賑わっていた。

大國魂神社の鳥居

大鳥居と社標。

大國魂神社の鳥居

境内入ってすぐの参道右側にある<稲荷神社>。

大國魂神社の鳥居

参道左側にある<宮乃咩(みやのめ)神社>。源頼朝の妻政子が安産を祈願した神社。安産の祈念して、絵馬や柄杓を奉納する。

大國魂神社の建物その他

参道左側の<相撲場>。

大國魂神社の建物その他

参道右側の<府中市立ふるさと府中歴史館>。

大國魂神社の鳥居

参道左側の<軍艦多摩戦殉者慰霊碑・忠魂碑>。立派な鳥居や狛犬が置かれているのは珍しい。

大國魂神社の手水

参道右側の<手水舎>。

大國魂神社の芸術

驚いたのは手水舎の彫刻。ただの手水舎なのに何という力の入りよう。素晴らしくきれい。

大國魂神社の山門

隋神門。

大國魂神社の山門

隋神門をくぐると、、、

大國魂神社の建物その他

左手に見えるのが<鐘楼>。

大國魂神社の建物その他

参道左側に<亀石>。

大國魂神社の建物その他

参道右側に<鶴石>。

大國魂神社の本殿

<鶴石>の後ろには<宝物館>。土日祝日のみ開館。

大國魂神社の山門

社殿の手前にある<中雀門>。

大國魂神社の山門

中雀門をくぐると、、、

大國魂神社の本殿

立派でどっしりとした社殿。1667年に徳川4代将軍家綱の命で造営。一間社流造の社殿三棟を横に連結した三間社流造の相殿造。珍しい社殿様式。三棟の社殿は一つの屋根の下にあるが、それぞれ別々の神を祀っている。

拝殿は1885年、1978年に改築、構造は流造・切妻千鳥破風・銅板葺素木造。
そういえば、この拝殿は珍しく、北を向いている。

大國魂神社の建物その他

扁額。字体が独特。江戸中期の書家・勝間龍水による。

大國魂神社の本殿

拝殿左側面。撮影ポイントに社務所があり、御朱印はこちら。

大國魂神社の末社

拝殿の左側面から、社殿の周りを時計回りに進む。まず社殿左側1社目<水神社>。お水取りの社。

大國魂神社の末社

続いて<松尾神社>。江戸後期に武蔵国の醸造家の懇請により京都・松尾大社を勧請。お酒の神。

大國魂神社の建物その他

松尾神社の奉納酒。日本酒の樽とともにビールケース。

大國魂神社の鳥居

境内左奥に位置する<巽神社>。弁財天を祀る。

大國魂神社の自然

境内最奥にある御神木。ちょっと元気がなさそう。

大國魂神社の狛犬

社殿右側に回って<東照宮>。1618年に徳川2代将軍秀忠の命で造営。

大國魂神社の鳥居

真新しい感じの<大鷲神社・住吉神社>。大鷲神社は大阪・大鳥神社の勧請、住吉神社は大阪・住吉大社を勧請、分霊を祀っている。
この後ろが車清祓所と参拝者駐車場。

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ぱん吉🍀
2022年12月24日(土)
721投稿

師走の東京③最大の目的地『大國魂神社』参拝 
府中にある武蔵野国の総社☆素晴らしかったです!!御祭神の大國魂大神は出雲国の御祭神・大國主命と同神!源頼義や徳川家康も篤く信仰したそうで、境内には東照宮もあります。京都から松尾神社、大阪から住吉神社・大鷲神社など、その他にも境内社が沢山あって参拝するのが大変なほど、、

国指定天然記念物の馬場大門ケヤキ並木を抜けて神社に向かうと、大鳥居前では樹齢1000年といわれる銀杏も素晴らしい姿で迎えてくれます。広い境内は自然も見所もたっぷりで、結婚式へ向かう美しい行列にも遭遇!七五三の家族連れも賑やかで、いい記念になりましたヽ(*´∇`)ノ

こちらは全国東照宮連合会に加盟する神社(東照宮)なので、やっと東京にある五社の東照宮を全て見られました。この日 (一日目) は朝の築地からスタート、そこから1時間くらいかけて府中まで行きましたが、良い参拝をさせていただき嬉しいです。これで、東京師走の旅の投稿は最後! :+.゜ヽ(*′ω`)ノ゙。:+.゜

大國魂神社(東京都)

長い長い参道😊ワクワク

大國魂神社の鳥居

『大鳥居』
高さ10m ~ 御影石製では日本一と言われている

大國魂神社(東京都)

御朱印と一緒に、欲しかった『開運紙札』拝領!!
新しい年~運が開けますように✨🍀✨

大國魂神社(東京都)

もうすぐ新年『卯年絵馬』

大國魂神社(東京都)

美しい花嫁さんも見られました✨

大國魂神社(東京都)

さぁ~境内はとにかく広い!!

大國魂神社の狛犬大國魂神社(東京都)

最初に『稲荷神社』🙏
地元の方々に親しまれ『神戸稲荷神社』とも呼ばれているとか~

大國魂神社の建物その他大國魂神社(東京都)

『宮乃咩神社 (みやのめじんじゃ) 』
祭神:天鈿女命
宮乃咩神社例祭にて「青袖舞」を奏し終了ののち本社へ参向し「杉の舞」を奏す。 当社は演芸の神、安産の神様として崇敬されている( 創立は本社と同時代といわれる)

大國魂神社(東京都)

北条政子の安産を祈願した神社で7月には安産特別祈願祭も~
すごく印象的な神社でした😊

大國魂神社(東京都)

絵馬も素敵です

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

『忠魂碑』

大國魂神社(東京都)

狛犬さんも歴史を感じます😌
境内には個性的な沢山の狛犬さんの姿がある🎵

大國魂神社の狛犬大國魂神社(東京都)

立派な『随神門』
正面に随神像、後面には恵比寿・大国が納められています。随神像は右大臣左大臣と呼ばれ~「豊磐間戸命」 「櫛磐間戸命」という門の神様✨
行くとし🐯来るとし🐰の大絵馬はこちらにありました♪

大國魂神社の山門

美しい『中雀門』

大國魂神社(東京都)

門からの回廊には神職様がお二人✨

大國魂神社(東京都)

『拝殿』 、、正面の写真はイマイチで😥
拝殿正面にある「総社六所宮」の扁額は
江戸時代中期の書家勝間龍水によるもの😄

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

七五三撮影スポット🎶
賑わいが一瞬切れた瞬間に撮影😉

大國魂神社(東京都)

本殿の左側から、、

大國魂神社(東京都)

『住吉神社』
御本社は大阪住吉~その御分霊を祭祀している。大阪の住吉神社境内にある燈台、高燈籠に油商人が菜種油を献上したため民間信仰となり、府中近郊の油商らが世話人となり嘉永2年に当社境内に勧請~油の神とも称された。

『大鷲神社』
御本社は大阪堺の大鳥神社。元は武運を守護する神として信仰されたが、現在では【おとりさま】と称され開運の神・商売繁盛の神として信仰が厚い。文久3年に府中新宿町に祭祀された大鷲神社を明治に当社境内の住吉神社に合祀。

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

『東照宮』 御祭神:徳川家康公
元和4年、二代将軍秀忠の命によって造営された。家康公は大國魂神社の西 (今の府中本町駅付近) に御殿を建て鷹狩りを行っていたなど神社と縁が深い。歿後に駿河国久能山から下野国二荒山に霊輿を遷された時、途中この国府の斎場に一夜逗留せられ当社の宮司が祭祀を務めた。その遺跡を後世に伝える為造営されたとのこと。

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

境内の外れの奥にあるので参拝を忘れそうになりました😅
ここに来たかったから危ないところ、、

大國魂神社の自然大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

こちらは拝殿の左側、本殿はこの奥!

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

本殿の左側には社務所や松尾神社があります😊

大國魂神社(東京都)

こちらは『社務所』
更に奥には『松尾神社』~寛政12年に武蔵国の醸造家の懇請により京都の松尾大社より勧請された~写真が撮れていませんでした

大國魂神社の末社

『水神社』

大國魂神社の手水大國魂神社(東京都)

こちらは裏参道

大國魂神社(東京都)

さて山茶花か椿か、、

大國魂神社(東京都)

『手水舎』千鳥破風の屋根は素晴らしい!
獅子や龍、獏や鳳凰等の彫刻は江戸彫工の飯田家四代目飯田勇次郎によるもの。水盤には文化10年の彫が入っており、江戸名所図絵に描かれているのはこの水盤で間違いないだろう~公式HP

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

中からみた大鳥居

大國魂神社(東京都)

『御神木』
1000年イチョウの迫力はすごい😄

大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)大國魂神社(東京都)

『馬場大門欅並木』
頼義・義家の父子が奥州征伐(前9年の役1051~62)の途中当社に戦勝を祈願し、凱旋時に欅の苗木1000本を奉樹したのが府中の欅並木の発端

大國魂神社(東京都)

ここを歩いて神社に向かうのは最高の贅沢に感じました🍀😊

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例祭・神事

5月5日(国府祭)

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歴史

社の御祭神は、大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]で武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものである。この大神は素盞鳴尊[すさのおのみこと]の御子神で昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営された。
当社の起源は、第12代景行天皇41年(西暦111年)5月5日大神の託宣に依って造られたものである。出雲臣天穂日命[いづものおみあめのほひのみこと]の後裔が初めて武蔵国造[むさしのくにのみやつこ]に任ぜられ当社に奉仕してから、代々の国造が奉仕してその祭務を掌られたといわれる。
その後、孝徳天皇(596-654)の御代に至り、大化の改新(645)ののち、武蔵の国府をこの処に置くようになり、当社を国衙の斎場とし、国司が奉仕して国内の祭務を総轄する所にあてられた。
又、国司が国内神社の奉幣巡拝、又は神事執行等の便により国内諸神を配祀した、これが即ち武蔵総社の起源である。
後に本殿の両側に国内著名の神、六所[ろくしょ](小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神)を奉祀して六所宮とも称せられるようになった。
寿永元年(1182)に至り、源頼朝が葛西三郎清重を使節として、正室政子の安産の祈願が行われた。文治2年(1186)頼朝は武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、また貞永元年(1232)2月に将軍頼経の代にも武蔵守資頼を奉行として社殿が修造せられた。
又、天正18年(1590)8月、徳川家康が江戸へ入城してからは武蔵国の総社であるために殊に崇敬の誠をつくし、社領五百石を寄進され、社殿及びその他の造営に心力をつくされた。
正保3年(1646)10月、類焼により社殿は焼失したが、寛文7年(1667)将軍家綱の命により、久世大和守広之が社殿を造営し現在に至る。形式は三殿を横につらねた朱塗りの相殿造りで、屋根は流造りであり、慶応年間に檜皮葺(ひわだぶき)が銅葺に改められた。本殿は都文化財に指定されている。
明治元年(1868)准勅祭社に列せられ、同7年(1874)県社に列し、同18年官幣小社に列せられた。
当社はもともと大國魂神社と称したが、中古以降武蔵国の総社となり、又国内著名の神六社を配祀したので「武蔵総社六所宮」の社号を用い、 明治4年(1871)にもとの社号に復し「大國魂神社」と称するようになった。

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大國魂神社の基本情報

住所東京都府中市宮町3-1
行き方

・京王線 府中駅南口から徒歩5分
・JR南武線・武蔵野線 府中本町駅から徒歩5分

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名称大國魂神社
読み方おおくにたまじんじゃ
通称明神・六所さま・六所宮
御朱印あり

武蔵国の守り神をお祀りされており、上部に武蔵総社の文字が書かれている御朱印です。真ん中に印が押されています。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
ホームページhttps://www.ookunitamajinja.or.jp
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》大国魂大神,《配》天下春命,瀬織津比咩命,倉稲魂命,国常立尊,須佐之男命,稲田姫命,大己貴命,八意思金命,知知夫彦命,天之御中主神,天照大神,素戔嗚尊,日本武尊,五十猛命,大日貴命,太田命,御霊大神
本殿一間社流造の三社相殿造
札所など

東京五社

ご由緒

社の御祭神は、大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]で武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものである。この大神は素盞鳴尊[すさのおのみこと]の御子神で昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営された。
当社の起源は、第12代景行天皇41年(西暦111年)5月5日大神の託宣に依って造られたものである。出雲臣天穂日命[いづものおみあめのほひのみこと]の後裔が初めて武蔵国造[むさしのくにのみやつこ]に任ぜられ当社に奉仕してから、代々の国造が奉仕してその祭務を掌られたといわれる。
その後、孝徳天皇(596-654)の御代に至り、大化の改新(645)ののち、武蔵の国府をこの処に置くようになり、当社を国衙の斎場とし、国司が奉仕して国内の祭務を総轄する所にあてられた。
又、国司が国内神社の奉幣巡拝、又は神事執行等の便により国内諸神を配祀した、これが即ち武蔵総社の起源である。
後に本殿の両側に国内著名の神、六所[ろくしょ](小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神)を奉祀して六所宮とも称せられるようになった。
寿永元年(1182)に至り、源頼朝が葛西三郎清重を使節として、正室政子の安産の祈願が行われた。文治2年(1186)頼朝は武蔵守義信を奉行として社殿を造営し、また貞永元年(1232)2月に将軍頼経の代にも武蔵守資頼を奉行として社殿が修造せられた。
又、天正18年(1590)8月、徳川家康が江戸へ入城してからは武蔵国の総社であるために殊に崇敬の誠をつくし、社領五百石を寄進され、社殿及びその他の造営に心力をつくされた。
正保3年(1646)10月、類焼により社殿は焼失したが、寛文7年(1667)将軍家綱の命により、久世大和守広之が社殿を造営し現在に至る。形式は三殿を横につらねた朱塗りの相殿造りで、屋根は流造りであり、慶応年間に檜皮葺(ひわだぶき)が銅葺に改められた。本殿は都文化財に指定されている。
明治元年(1868)准勅祭社に列せられ、同7年(1874)県社に列し、同18年官幣小社に列せられた。
当社はもともと大國魂神社と称したが、中古以降武蔵国の総社となり、又国内著名の神六社を配祀したので「武蔵総社六所宮」の社号を用い、 明治4年(1871)にもとの社号に復し「大國魂神社」と称するようになった。

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