けんちょうじはんそうぼう|臨済宗建長寺派|臣福山
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建長寺 半僧坊の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | |||
| 電話番号 | 0467-25-1773 | ||
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#建長寺 #建長興国禅寺
半僧坊(はんそうぼう)というお堂に同名の天狗を祀る。またそこへ向かう参道に天狗の像がある。パンフによれば全部で12躰。カラス天狗も鼻の長いオーソドックスな天狗も、両方いる。
#半僧坊大権現
参拝した時点では、僕は建長寺のカラス天狗イコール半僧坊権現なのか、それとも別々の天狗なのか、知らなかった。授与所で尋ねたところ、違うと。彼らは半僧坊権現の「侍従」だそう。
半僧坊権現の絵を見せてくれたのだが、彼はカラス天狗ではなく、鼻の長い天狗だった。と言っても天狗の中ではかなりのイレギュラー。天狗は通常、山伏の出で立ちをしているが、対して半僧坊権現は袈裟をまとう。また鼻の高さも少々、控えめだ。
#烏天狗
衆知の通り、鳥の嘴と翼が生えている。長い鼻など無い、という以前に、人間と同じような鼻は付いていない。有名な天狗の中では、高尾山薬王院(東京都八王子市)のイヅナ権現と、秋葉寺(浜松市天竜区)および常安寺(新潟県長岡市)のアキハ権現が、この姿だ。
何かの本に、カルラ天という天部の仏様が原型だと書いてあった。確かに体型は全く同じ。横笛を吹いていればカルラ天、山伏の服装ならカラス天狗、と言えるかもしれない。アキハ権現を祀る金胎寺(富山県射水市)は、アキハ権現とカルラ天はイコールだと言い切っていた。

#建長寺 #建長興国禅寺
半僧坊(はんそうぼう)というお堂に同名の天狗を祀る。
#半僧坊大権現 #奥山半僧坊大権現
HPに、建長寺の鎮守とある。真言は「オン ナンノチリチリ ソワカ」。天狗は通常、山伏の出で立ちをしているが、対して半僧坊権現は袈裟をまとう。
彼について、HPに詳しく書かれている。それによれば、彼は本来、浜松市北区に建つ方広寺で祀られていて、ここ建長寺へは明治に勧請された。
方広寺は14世紀、無文元選(むもんげんせん)禅師による開山。方広寺の位置する山に禅師が分け入るや、白髪の老人が現れて弟子入りを希望。素性の知れぬ彼の願いを丁重に断ろうとするも、根負けして許可。以後、山内の力仕事は彼1人で全て担ったと。
禅師が入寂するのと同時に蒸発。だがその後も奇妙なできごとが続くため、彼の仕業だろうということで、その像を刻んで祀ったと。
ここ建長寺へは明治時代、当時の住職が自ら方広寺へ出向き、分霊を受けたそうだ。何でも、半僧坊権現が彼の夢枕に立ち、「私を関東の清浄な場所に祀ってほしい。その地が末永く栄えるようにするから」と告げたと。
方広寺においても鎮守で、あちらでは奥山(おくやま)半僧坊大権現と呼んでいる。あちらのHPには、中国から帰国する海路、しけに遭った禅師の前に現れ、船が博多に寄港するまで見守ったとある。
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建長寺は想像以上に広い。奥行きがある。というよりも山に上がっていく感じだ。
半僧坊は建長寺の頂上にある。
半僧坊は、境内の最奥、勝上ケンにある。建長寺の鎮守で、半僧坊大権現をまつる。明治23年(1890)建長寺235世霄貫道師が静岡県の奥山方広寺から勧請した。周辺の復興された天狗像に守られ、その偉容は霊験あらたかでお参りやハイキングの人も多い。(建長寺案内より)
入口を見た時に、一瞬「え?ここ臨済宗建長寺の中だよね?」と悩んでしまった。
大きな鳥居があり、神社に入っていくような感覚になったのだ。
想像以上にキツイ山道を登り到着。
山の上には、無数のカラス天狗の像があった。
ハイキングコースにもなっており、こちらを拠点として鎌倉の山を楽しむ事が出来る。
尚、他の場所から半僧坊に来た方は、こちらで建長寺の入館料を支払う事になる。
ああ、建長寺の入館券をなくさないで良かったーー。
ということで、ここからは山道をゴイゴイスー!とハイキングコースに向かうのであった。
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