ともばやしのうじのじんじゃ
伴林氏神社大阪府 土師ノ里駅
【開門時間】
5月~10月 8:30~17:00
11月~4月 8:30~16:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
社号が示す通り大伴氏の氏神の社。旅人や家持などを輩出した名門であるが「大伴」から「伴」に改めた二代目の伴善男の時に応天門の変に敗れて表舞台から消えることとなる。その後織田信長によって焼失。伴氏の血筋も途絶えたためその後は地域の産土神社として小さな社殿のみだったという。昭和になり道臣命を祀る全国唯一の神社として注目され、戦時中には西の靖国神社として整備が進み府社にまで昇格する。手水舎も靖国神社から移贈されたものだそう。今も境内は整備がされており、神宮遥拝所の予定地も設けられている。まあ靖国と比較するまでもないが境内はきれいでどことなく風格も漂う感じ。公孫樹が黄葉するシーズンは見応えありそう。
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河内国志紀郡の式内社です。大伴氏の子孫である伴林氏が祖神を祀った神社で、主祭神の高皇産霊神さまの5代子孫の天押日命さま、その3代あとの道臣命さまを配祀神に祀るという連綿たる家系を象徴しているかのようです。
《鳥居》
立派な鳥居、そして広い境内の神社です。
《手水舎》
👁チェックポイント‼️
この手水舎は靖国神社で作られてからこちらに寄贈されたみたいです。これはお祭りしている道臣命さまが神武天皇さまの下で軍事を掌る職に就いていたことから「西の靖国神社」とも呼ばれ、軍関係者や国学者の崇敬が篤かったそうです。
この時点で靖国神社が今のように慰霊のための社だけでなく、英霊を祀る戦いの神社であることが背景でわかります。
伴林氏神社の創建の年代は明らかではありませんが、『三代実録』によりますと、清和天皇の貞観9年(西暦867年)2月26日、河内国志紀郡「林氏神」が官社に列せられ、 同15年12月20日に御祭神・天押日命に従五位が授けられたと記されています。また、『延喜式』神名帳(西暦907年)に志紀郡・伴林氏神社と記載されていることから、 それよりはるか以前より道臣命の子孫がこの土地に住み、大和朝廷時代の名門として祖先を祀ってきたと考えられる由緒ある神社です。
戦国時代、神社は信長の兵火に遭い焼失します。それまで神社の維持管理をしていた伴氏も絶え、その後はわずかに地元民らが産土神(うぶすながみ)として小さな社殿を再建して伝え、 明治のはじめに村社となります。昭和7年、歴史学者の調査によって、現存する大伴氏の祖神をお祀りする唯一の神社として注目を浴びるようになり、戦時中の昭和15年には「西の靖国神社」として 整備充実が進み、府社に昇格します。戦後は宗教法人として自立。伊勢神宮を本宗とする神社本庁の包括となり今日に至っています。












| 住所 | 大阪府藤井寺市林3-6-30 |
|---|---|
| 行き方 | 近鉄南大阪線「土師ノ里駅」から徒歩15分 |
| 名称 | 伴林氏神社 |
|---|---|
| 読み方 | ともばやしのうじのじんじゃ |
| 通称 | 西の靖国神社 |
| 参拝時間 | 【開門時間】
|
| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 072-954-5126 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://tomobayashiuji-jinja.jp/ |
| SNS |
| ご祭神 | 《主祭神》 高皇産霊神 《配祀神》 天押日命 道臣命 |
|---|---|
| ご神体 | 不詳 |
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 銅板葺き春日造り |
| ご由緒 | 伴林氏神社の創建の年代は明らかではありませんが、『三代実録』によりますと、清和天皇の貞観9年(西暦867年)2月26日、河内国志紀郡「林氏神」が官社に列せられ、 同15年12月20日に御祭神・天押日命に従五位が授けられたと記されています。また、『延喜式』神名帳(西暦907年)に志紀郡・伴林氏神社と記載されていることから、 それよりはるか以前より道臣命の子孫がこの土地に住み、大和朝廷時代の名門として祖先を祀ってきたと考えられる由緒ある神社です。
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