ねづじんじゃ
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楽しみ方根津神社のお参りの記録一覧
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令和6年(2024年)4月28日(日)
東京都文京区根津の根津神社に参拝
いやあ、人がうじゃうじゃいる。先ほどの舎人公園は大半が日本人と思ったけどこちらはかなり多国籍。
でも、前につつじ祭に来たときは、つつじ苑に入る行列が境内の外、道路にまで溢れていたのだけれど今回はそこまでいかない。やはり、つつじの盛りを過ぎたのだろうか。つつじ苑に入らなくても下の方から全体を眺めることができるけど、咲いているのはあまり多くない印象。既にだいぶ散ってしまったのだろうか。
お参りの行列が長く続いているけど、楼門のあたりからになっていたので、前に来たときよりは短い。せっかくなので並んでお参りする。ここは脇からお参りするのであれば並ばなくても大丈夫、ということになっているのだけれど、そうするとお賽銭箱のかなり脇の方からお参りすることになるのでかなりやりにくいのです。
行列は結構順調に進み、唐門をくぐって拝殿まで思ったより早く辿り着く。
この神社はつつじの他にも稲荷神社の鳥居など見どころがあるのだが、今日はあまりに人が多いのでとにかく疲れて、座れる場所に座って休憩。
境内では工事をしていて、どうやら森鴎外の旧居の復元をやるらしい。それはなかなかすごい。





東京十社の根津神社⛩️に参拝して来ました。
今から千九百年余の昔日本武尊が東夷征定の途次、武神須佐之男命の御神徳を仰ぎ千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間(1469~87)には太田道灌が社殿を奉建しています。
神仏習合の時代には、根津権現社と呼ばれ、御祭神素盞烏尊(本地:十一面観音菩薩)、相殿に山王大権現(本地:薬師如来)、八幡大菩薩(本地:阿弥陀如来)を祀り、根津三社大権現と呼ばれていました。
現在地は江戸時代、甲府宰相徳川綱重(三代将軍家光の三男、六代将軍家宣の父)の山手屋敷であり、のちに六代将軍となる綱豊(家宣)の生誕の地でありました。
五代将軍徳川綱吉が兄綱重の子綱豊(家宣)を養嗣子に定めると、家宣の産土神である根津権現社にその屋敷地を献納、現在の社殿を奉建し、宝永3年(1706)千駄木の旧社地より遷宮、永代社領500石を寄せています。
明治時代には、神仏分離令によって社名を根津権現社から根津神社に改称し、明治天皇御東幸にあたっては准勅祭社と定められ、御勅使が国家安泰の御祈願をされています。
昭和20年戦禍により社殿の一部に損害を受け、復旧工事をし昭和34年に竣工しました。引き続き、唐門、透塀、楼門の修繕も行い、昭和37年に完成、宝永の昔さながらの威容が復活しました。
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令和6年(2024年)1月27日(土)
東京都文京区根津の根津神社に参拝
「駅からハイキング」で田端駅から日暮里駅まで散歩
日本医科大学病院を左手に眺めつつ根津神社に入っていくと、ものすごくたくさんの人がいる。みんな同じようなものを持っている。どうやら東京メトロのイベントらしい。自分もその手のもので歩いているので言うのは変だけれど、この手のイベントでいっぺんにたくさんの人がやって来ると雰囲気がだいぶ変わり、他の人たちには結構迷惑なのかもしれない。
それはともかく神社にお参り。まずは稲荷特有の赤い鳥居をくぐり乙女稲荷にお参り。
そして、根津神社にお参り。ここには何度か来ているけれど、だいたいつつじの季節。その時期には境内はすごい人出になる。今日はメトロイベントの人がいるとは言え、つつじ時期に比べると、人出は少なく、落ち着いて参拝できる。
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