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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※浅草寺ではいただけません

せんそうじ|聖観音宗金龍山

浅草寺

東京都 浅草(つくばEXP)駅

6~17時(10~3月は6時半に開堂)

投稿する
03-3842-0181

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(2種類)

浅草寺では、常時2種類の御朱印がいただけます。

聖観世音菩薩

500円

浅草寺のご本尊・聖観世音菩薩さまの御朱印です。
真ん中には聖観世音菩薩さまを表す梵字と、「聖観世音」と書かれています。

大黒天

500円

浅草名所七福神・大黒天さまの御朱印です。
真ん中には「米櫃大黒天」の印が押されています。
浅草寺の大黒天さまのご尊像は、米俵に乗ったお姿であることから、米櫃(こめびつ)大黒天と呼ばれます。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本堂西側(正面向かって左側)にある影向堂でお受けできます。

御朱印の受付時間は8時~17時。
(正月と7月の四万六千日は時間変更有)

詳しくは公式サイトをご確認ください。
御朱印|浅草寺公式サイト

御朱印帳・納経帳(5種類)

蒔絵御朱印帳(朱)

3000円
約18×12㎝

浅草寺を象徴する雷門が描かれた御朱印帳。
日本の伝統工芸である蒔絵がほどこされています。

蒔絵御朱印帳(白)

3000円
約18×12㎝

浅草寺を象徴する雷門が描かれた御朱印帳。
日本の伝統工芸である蒔絵がほどこされています。

御朱印帳(紺)

1500円
約18×12㎝

浅草寺の山号「金龍山」にちなみ、金の龍がデザインされた御朱印帳。
浅草寺のご本尊・聖観世音菩薩さまがご示現されてから3日後、金の鱗をもつ龍が現れたという伝説が山号の由来。

御朱印帳(赤)

1500円(大)、1300円(小)
約18×12㎝、約16×11㎝

浅草寺の山号「金龍山」にちなみ、金の龍がデザインされた御朱印帳。
浅草寺のご本尊・聖観世音菩薩さまがご示現されてから3日後、金の鱗をもつ龍が現れたという伝説が山号の由来。

坂東札所 納経帳

1200円

関東各地に点在する坂東札所の巡礼のための納経帖。
浅草寺は坂東三十三観音霊場の第13番札所です。

御朱印をもっと見る|
878
御朱印について
御朱印
あり

ご本尊である「聖観世音菩薩」の御朱印と、浅草七福神めぐりの「大黒天」の御朱印をいただけます。

限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
郵送対応
-
ありません
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
なし

なし

おすすめの投稿

釋雅音(しゃくげおん)
2020年07月18日(土)
4投稿

四万六千日

浅草寺
7月9日、10日にお参りするとその功徳は「四万六千日」日参したのに相当すると言われてます。 「雷除」のお札(有料)も浅草寺から授与されます。

2020年(令和2年)
7月10日(金)参拝
四万六千日

今年はコロナの影響で
恒例の「ほおずき市」は中止でした。

17時半とは言え、仲見世は閑散としてました。

浅草寺本堂
内陣参拝は、ご祈祷の方のみ、
しかも、人数制限有り。

普段は17時には閉門ですが、
17時半でも納経所(御朱印)
開いてました。
いつもは御朱印を待ってる間に
お堂(影向堂)に上がって読経するのですが、コロナの影響で上がれず。

御詠歌
深きとが 今よりのちは
よもあらじ つみ浅草に
参る身なれば

御詠歌の御朱印は裏メニューです。

コロナの影響で御茶湯月参講はやってないと思ってましたが、やってた様です。行った時間が遅かったので、終わってましたが。
↓
御茶湯月参講
おちゃとうげっさんこう
18日の御縁日とは別に各月毎に功徳日が有り、7月9日、10日の四万六千日は有名。

来月8月の功徳日は本日24日。
四千日日参するのと同じ功徳が有ると言われてます。 
各月の功徳日に参拝後ご宝前の御茶を頂戴し法話を聴く会。10時~13時。

入会金千円。月会費300円。
受付
午前6時半~午後4時
お参りだけなら無料です。

浅草寺 御茶湯月参講
1月1日 功徳日数100日
2月末日 90日
3月4日 100日
4月18日 100日
5月18日 100日
6月18日 400日
7月10日46000日
8月24日 4000日
9月20日 300日
10月19日 400日
11月7日 6000日
12月19日 4000日


浅草寺の塔

五重塔

浅草寺の本殿

本堂

浅草寺の山門

雷門

浅草寺の周辺

閑散とした仲見世

浅草寺の山門

宝蔵門(仁王門)

浅草寺のお祭り

四万六千日

浅草寺のお祭り

四万六千日

浅草寺(東京都)

御茶湯月参講

浅草寺のお祭り

四万六千日

浅草寺の御朱印

御朱印
御本尊(江戸三十三観音)
御詠歌

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こばけん
2021年12月31日(金)
618投稿

 21.12.29。先の秋葉神社様より徒歩20分。台東区浅草2丁目にある聖観音宗(天台宗系単立)寺院。
《東京都内最古の寺》《別称:浅草観音》
《江戸三十三観音霊場第一番札所》
《坂東三十三観音霊場第十三番札所》
《浅草名所七福神・大黒天》

山号:金龍山。
創建:伝 推古天皇36年(628年)。
本尊:聖観世音菩薩。

【浅草寺の縁起】
 時は飛鳥時代、推古天皇36年3月18日の早朝、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁労中、図らずも一躰の観音さまのご尊像を感得した。郷司(ごうじ)土師中知(はじなかとも:名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝供養に生涯を捧げた。

 大化元年(645年)、勝海上人がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊を秘仏と定められ、以来今日まで伝法の掟は厳守されている。
       〜当寺HPより〜

 過去には坂東札所として2回参詣してますが、今回は「ホトカミ東京メトロ御朱印めぐリ」その6(ラスト)及び「江戸三十三観音霊場巡り」その20として参詣。年末年始の休みに入って、凄い人出で仲見世通りが人で大渋滞でした。コロナ禍以前並みで、中国語も飛び交う師走の風景は活気があり楽しく過ごせました。

浅草寺の御朱印

江戸三十三観音霊場第一番札所。

浅草寺の御朱印

浅草名所七福神・大黒天。

浅草寺の建物その他

寺号標。

浅草寺の山門

雷門(風雷神門)。

浅草寺の歴史浅草寺の像

風神。

浅草寺(東京都)

雷神。

浅草寺(東京都)

雷門裏手に《龍神像》。
→天龍!

浅草寺の仏像

金龍!

浅草寺(東京都)

仲見世通り。

浅草寺の山門

宝蔵門(仁王門)。

浅草寺の建物その他浅草寺(東京都)

宝蔵門裏手。
→大わらじが目を惹きます!

浅草寺の本殿

本堂(観音堂)遠景。

浅草寺の手水

お水舎。

浅草寺の本殿

本堂正面。

浅草寺の建物その他

本堂の扁額。

浅草寺の本殿

内陣の扁額。
→内陣内は撮影禁止!

浅草寺(東京都)

外陣の天井画。

浅草寺の建物その他

五重塔。
→スリランカ伝来の仏舎利を奉安!

浅草寺の建物その他

鳩ポッポの歌碑。

浅草寺の仏像

阿弥陀如来像(銅造)。

浅草寺の塔

宝篋印塔(銅造)。

浅草寺の仏像

聖観音菩薩像(銅造)。

浅草寺の建物その他浅草寺の建物その他

橋本薬師堂。

浅草寺の建物その他

淡島堂。
→女人守護のお堂!

浅草寺(東京都)浅草寺(東京都)

浅草寺の建物その他浅草寺(東京都)

写経供養塔。

浅草寺の建物その他

銭塚地蔵堂。

浅草寺の建物その他浅草寺(東京都)浅草寺(東京都)

影向堂(ようごうどう)。
→観音さまをお助けする十ニ支の守り本尊のお堂。こちら内で直書きの御朱印を拝受しました。

浅草寺(東京都)浅草寺の建物その他

浅草寺六角堂。

浅草寺の末社

三峰神社。

浅草寺(東京都)

ニ天門(東門)。
→国の重要文化財!

浅草寺(東京都)

浅草寺(東京都)浅草寺の像

持国天。

浅草寺の像

増長天。

浅草寺(東京都)

久米平内堂。

浅草寺(東京都)浅草寺の仏像

ニ尊仏。

浅草寺の建物その他

伝法院遠景。
→浅草寺の本坊。一般公開はしていないが、不定期で特別公開されることがあるようです!

浅草寺の山門

雷門に戻り、遠景ショット!

浅草寺の周辺

付近から、東京スカイツリーが見えます!

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授与品

浅草寺公式サイトの「お守り」ページよりお守りの一覧が見られます。
お守り|浅草寺 公式サイト

また、一部のお守りは郵送でも拝受できます。
お守り郵送受付|浅草寺 公式サイト

授与品をもっと見る|
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境内・文化財

浅草寺の建築物

雷門

赤い大提灯が特徴的な浅草寺の総門は、雷門の名で親しまれる東京有数の観光名所です。
正式名称は風雷神門であり、門の左右には風神と雷神の像を安置。
本瓦葺きで、切妻造り八脚門(はっきゃくもん)という、4本の本柱の前後にあわせて8本の柱を建てる建築様式です。
天慶5(942)年、武蔵守の平公雅(たいらのきみまさ)が伽藍を建立した際に建てられた総門が現在の形の原型と考えられています。
建立以来、度重なる火災や戦災によって何度も焼失と再建を繰り返しました。
現在の雷門は昭和35(1960)年に松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助によって寄進されました。

本堂(観音堂)

本堂にはご本尊の聖観世音菩薩が安置されています。
本堂内にある御宮殿(ごくうでん)のなかの厨子内にいらっしゃる聖観世音菩薩は絶対秘仏であり、誰もお姿を拝することができません。
現在の本堂は第二次世界大戦での焼失後、昭和33(1958)年に再建されたものです。

宝蔵門(仁王門)

雷門をくぐり仲見世を抜けた先にある山門。
左右に仁王像が安置されていることから、もともとは仁王門と呼ばれていましたが、内部に経典や寺宝が収められているために現在は宝蔵門と呼ばれます。
天慶5(942)年、武蔵守の平公雅(たいらのきみまさ)が伽藍を建立した際に仁王門も建てたのがはじまりとされています。
現在の宝蔵門は、第二次世界大戦による焼失を経て、昭和39(1964)年に大谷重工業社長の大谷米太郎ご夫妻の寄進によって建てられました。
本堂側には山形県村山市の有志から奉納された高さ4.5mものわらじがかけられています。
魔除けのため「これほど大きなわらじを履く仁王さまがこの寺を守っている」と示しています。

二天門

国の重要文化財に指定されている、本堂の東にある朱塗りの美しい門。
慶安2(1649)年に創建され、戦災を逃れ現在に至ります。
右に持国天、左に増長天が安置されています。

五重塔

戦災による焼失を経て、昭和48(1973)年に再建された朱塗りの塔。
スリランカの寺院から奉納された仏舎利(お釈迦さまの骨)が安置されています。
江戸時代は五重塔が浅草を代表する建築物として親しまれ、数々の錦絵に描かれました。

伝法院

戦災を逃れ、江戸時代の姿を残す美しい庭園。
浅草寺の住職の本坊(住まい)として作られ、京都の二条城の庭園などを手掛ける作庭家・小堀遠州(こぼりえんしゅう)が築庭したと伝わります。
庭園は名勝庭園に、客殿・玄関・大書院・小書院・新書院・台所の6棟は国の重要文化財に指定されています。

影向堂(ようごうどう)

浅草寺の御前立(おまえだち)本尊を奉安した中興開山の慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)のご生誕1200年を記念して、平成6(1994)年に建立されました。
影向とは、神仏が人間の世界に姿を現すこと。
浅草寺では、ご本尊の聖観世音菩薩の教えを守り協力されている仏さまを影向衆と呼び、影向堂でおまつりしています。
お堂のなかは内陣と外陣に分かれ、
内陣の須弥壇中央では聖観世音菩薩、左右に千手観音、虚空蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩、勢至菩薩、大日如来、不動明王、阿弥陀如来が、
外陣では浅草名所七福神の大黒天がおまつりされています。
また、影向堂は浅草寺の朱印所でもあり、参拝の証として「聖観世音菩薩」と「大黒天」の御朱印をいただけます。

仲見世(なかみせ)

浅草寺の参道であり、雷門から宝蔵門までの約250mの道の両側に、合わせて89の商店が立ち並びます。
朱塗りと電飾看板で統一された店舗には四季に合わせた装飾がほどこされ、国内外からの参拝者で賑わいます。
仲見世は日本で最も古い商店街のひとつです。
江戸時代前期、江戸の人口増加にともなって、浅草寺境内の掃除をしていた近隣の人々に参道上に出店する特権が与えられ、商店街ができました。

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行事

【1月】
12月31日~1月6日:修正会
1~7日:新年大祈禱会
5日:牛玉加持会
12~18日:温座秘法陀羅尼会
28日:正五九大護摩

【2月】
節分:節分会
8日:針供養会
15日:涅槃会
23日:天皇御誕生奉祝会

【3月】
10日:戦災殉難者追悼法会
18日:本尊示現会(金龍の舞)
春分の日:春季彼岸会

【4月】
8日:仏生会(花まつり)
第二日曜日:白鷺の舞
13日を中心とした毎日:十三参り加持
19日:駒形堂大祭

【5月】
5日:宝の舞
28日:正五九大護摩

【6月】
18日:楊枝浄水加持会・百味供養会
30日:華講会

【7月】
7日:守本尊九尊仏法楽会
9・10日:四万六千日(ほおずき市)
15日:盂蘭盆施餓鬼会

【8月】
15日:万霊燈籠供養会

【9月】
秋分:秋季彼岸会
28日:正五九大護摩

【10月】
17日:十夜会
18日:菊供養会、金龍の舞
29日:写経供養会(十種供養)

【11月】
3日:白鷺の舞
15日を中心とした毎日:七五三加持会

【12月】
8日:成道会
12日・13日:御宮殿御煤払・御宮殿開扉法要
18日:納めの観音ご縁日
17・18・19日:羽子板市
冬至:星供養会(星まつり)
31日:除夜の鐘(点打供養会)

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歴史

浅草寺はおよそ1400年前、観音像をおまつりしたことからはじまりました。
長い歴史のなかで源頼朝や足利尊氏、徳川家康をはじめとするときの権力者たちの庇護を受け、いまなお多くの崇敬を集めています。

【飛鳥時代】浅草寺の創建

漁師の兄弟のもとに観音像現る

推古天皇36(628)年3月18日、漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり)と竹成(たけなり)の兄弟が隅田川で漁をしていると、網に一躰の像がかかりました。
仏像のことがよくわからなかった兄弟は水中に像を投じますが、何度も仏像が網にかかります。
不思議に思った2人は像を持ち帰り、土地の有力者であった土師中知(はじのなかとも)に相談します。
するとこの仏像が聖観世音菩薩の仏像(観音像)であることがわかり、草でお堂をつくり観音像をおまつりすることになりました。
観音像に祈ると多くの魚が獲れたと伝わります。

やがて土師中知は出家し、自宅をお寺に変え、観音さまに帰依、生涯を人々への布教に捧げました。

浅草寺縁起の伝説

浅草寺に伝わる伝説によると、
「観音像が網にかかった日は一晩で周辺に1000株ほどの松が生え、3日目には金の鱗を持つ龍が天から松林に降りてきた」
とされます。
この伝説がもととなって浅草寺の山号が金龍山になりました。

夢のお告げによって観音像が絶対秘仏に

大化元(645)年には旅の僧侶であった勝海上人(しょうかいしょうにん)が観音堂を建立しました。
勝海上人の夢に出てきた観音さまのお告げによって、本尊はお堂の奥深くに安置されるようになり、以後は絶対秘仏として開帳を禁じられています。

【平安~安土桃山時代】御前立の奉安と将軍家の庇護

中興開山

天安元(857)年、天台宗の開祖・最澄のもとで修行を積んだ僧侶・慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が訪れ、御前立(おまえだち)を彫って奉安します。
御前立とは、秘仏であるご本尊の前に安置する仏像のことで、現在は秘仏となっていますが年に一度12月13日のみ御開帳されます。
御前立本尊を奉安したことから、円仁は浅草寺の中興開山(中興の祖)とされています。

武士の台頭と崇敬

平安時代中期に建物が焼失します。その後、平公雅(たいらのきみまさ)が、浅草寺の観音さまに武蔵守(むさしのかみ)になれるようにと願をかけました。
やがて公雅が武蔵守に任命されると、祈願成就に感謝して浅草寺に立派な伽藍(お寺の建物)と寺領数百町を寄進しました。
浅草寺は東国随一の寺院となり、多くの崇敬を集めます。

平安時代後期になると、大地震や火災の被害が相次ぎ、荒廃のたびに僧侶の尽力によって再建されました。

平安時代末期には、源頼朝が平家討伐や奥州藤原氏征伐の祈願を浅草寺で行い、鎌倉幕府成立以降もあつい庇護を受けるようになります。

以後、より多くの武将から信仰されるようになり、足利尊氏をはじめとする権力者たちから、建物や土地が寄進され、浅草寺は興隆していきました。

【江戸時代】江戸城の鬼門を守る寺として繁栄

徳川家康は、関ヶ原の戦いの戦勝祈願を浅草寺で行い、見事勝利を納めます。
浅草寺は江戸城の鬼門(北東)の方角に位置し、源頼朝をはじめとする多くの武将に篤く信仰されたお寺であったことから、徳川家康は浅草寺を幕府の祈願所に定めました。
浅草寺には寺領500石が与えられます。

江戸時代には庶民の信仰を集め、江戸随一の観光名所となりました。
浅草寺周辺には参詣者を楽しませる水茶屋や見世物小屋が建てられ、賑わいを見せました。

【明治時代~現代】戦災と復興、現在の浅草寺へ

明治政府は新しい時代をつくろうと廃仏毀釈をすすめ、浅草寺の寺領は東京府が管理する浅草公園となりました。
公園は1区から7区に分割され、特に6区には映画館などの娯楽施設が建てられました。

第二次世界大戦によって、境内の大部分が焼失しますが、戦後の復興に尽力し本堂や雷門を再建。

仲見世通りや6区の賑わいも取り戻し、現在では浅草寺に年間3000万人以上の人が参拝します。

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浅草寺の基本情報

住所東京都台東区浅草2-3-1
行き方

東武スカイツリーライン:浅草駅より徒歩5分
東京メトロ銀座線:浅草駅より徒歩5分
つくばエクスプレス:浅草駅より徒歩5分
都営地下鉄浅草線:浅草駅A4出口より徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称浅草寺
読み方せんそうじ
参拝時間

6~17時(10~3月は6時半に開堂)

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレ宝蔵門横、五重塔横、本堂裏手
御朱印あり

ご本尊である「聖観世音菩薩」の御朱印と、浅草七福神めぐりの「大黒天」の御朱印をいただけます。

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり

御朱印の郵送対応なし

御朱印帳あり
電話番号03-3842-0181
ホームページhttp://www.senso-ji.jp/
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩(秘仏)
山号金龍山
宗旨・宗派聖観音宗
創建時代628年(推古天皇36年)
開山・開基開基:勝海上人 中興開山:慈覚大師円仁
本堂和様三手先 入母屋造り
札所など

坂東三十三観音霊場13番
江戸三十三観音霊場1番
浅草名所七福神大黒天

文化財

法華経10巻(国宝)
二天門(重要文化財)
浅草寺伝法院(重要文化財)
元版一切経(重要文化財)
六角堂(東京都指定有形文化財)
伝法院庭園(国指定名勝)

ご由緒

628年(推古天皇36年)の早朝、漁師の檜前浜成・竹成兄弟が網にかかった仏像を発見した。
兄弟が地域の有力者の土師中知に仏像を見せたところ、聖観世音菩薩像であるとわかり、お堂をつくりおまつりしたことが浅草寺のはじまりである。

体験写経・写仏祈祷おみくじ七五三仏像御朱印お守り重要文化財祭り武将・サムライ花の名所札所・七福神巡り伝説法話
感染症対策内容

最新情報は浅草寺の「新型コロナウイルス感染症予防対策による行事変更等のお知らせ」ペ
ージをご覧ください。
https://www.senso-ji.jp/news/COVID-19.html

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