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かんのんしょうじ|単立繖山(きぬがさざん)

観音正寺のお参りの記録一覧
公式滋賀県 安土駅

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沙羅双樹の花
沙羅双樹の花
2024年09月08日(日)602投稿

 今までお参りした中で、今日が一番くっきりと
お堂が見えました。琵琶湖が近いからでしょうか。結構霞がかっている日が多く、それはそれで幻想的で素敵なのですが、なんだか違うお寺さんに来たようでした。😄

 西国三十三所観音霊場 第32番札所
   山号:繖山(きぬがさやま)
   宗派:天台宗系単立
  御本尊:千手観音坐像
   創建:伝605年(推古天皇13年)

 聖徳太子とのご縁の話が残されているお寺さん。
聖徳太子が琵琶湖に赴いた際、湖の辺りである人魚に呼び止められます。人魚曰く、「私は前世は漁師殺生を生業にしていたため、こんな姿にされ今では魚に苦しめられています。どうか、成仏させてください。」と。
 聖徳太子は、その願いを受け自ら千手観音を彫りお寺を建立し弔われたそうです。

 ご本堂は、1993年(平成5年)焼失。山の上にあるため、消火活動もままならなかったそうです。新たに御本尊が造立されたのが、2004年(平成16年)。平成の大仏師と言われる松本明慶の作です。白檀を手に入れるのに住職は大変ご苦労されたそうです。
(白檀は、輸出禁止でしたから。インド)

観音正寺(滋賀県)

山門はありませんが、仁王像がお寺さんを守っています。🙏躍動感溢れるその姿。頼もしいです!

観音正寺(滋賀県)

人魚が観音さまに手を合わせています。

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年08月29日(木)3550投稿

西国三十三所巡りで訪れました。
こちらもまあまあな山道を進むことになりました。
町の外れに駐車場があるのですが ここはスルーして 山道を「対向車来ないで~」と願いながら進みます。
少し行くとまた駐車場。そこは観音正寺専用の林道の料金所になっています。
こちらに車を停めて登山される方もいらっしゃるそうですが 車で進みます。
すれ違える場所が何か所もあるのですが やはり「対向車来ないで~」に変わりはありません。
2kmほど冷や冷やしながら車を進めると ようやく裏参道山上駐車場に着きます。
表参道もあって表参道駐車場もあるのですが こちらに停めると後が大変です。いわゆる道がマップにありません。
裏 裏にしましょう。
車を停めて 徒歩で10分ほどで到着です。その道すがら お言葉の書かれた道案内の看板がありますので 10分があまり気になりませんでした。途中見える麓の景色も美しい。
いよいよ境内に入ると まずは鐘楼が目を引きました。
古くないとは思うのですが 山寺ですから木の傷み具合が何とも言えません。(好)
仁王様の前を通り 書院 護摩堂 大師堂 本堂 と拝観しました。
ご本尊も拝顔でき 幸せな気分に ふと振り向くと 近江平野が広がる素敵な景色を眺められました。
やっぱり私は山寺が好きです。

山号は繖山 宗旨は天台宗 宗派は単立 ご本尊は千手観音坐像 創建年は伝・推古天皇13年(605年) 開基は伝・聖徳太子です。

由緒については
創建時期については不明であるが 遅くとも11世紀の平安時代には既に存在していた。
また 元弘3年(1333年)に 足利高氏に攻められた六波羅探題北方北条仲時が後伏見上皇・花園上皇および光厳天皇を連れて東国に下ろうとした際に 両院(上皇)や天皇の宿舎に充てられたとする伝承がある。
その場所は現本堂の地であり 禁裏屋敷と呼ばれていたという。
観音正寺が位置する繖山には 鎌倉時代以来近江国南半部を支配する佐々木六角氏の居城である観音寺城があったが 六角高頼が観音寺城を居城として以来 寺は六角氏の庇護を得て大いに栄えた。
寺伝によると最盛期には72坊3院の子院を数えたとされる。
1993年(平成5年)本堂が失火により焼失。
新たに造立された本尊千手観音坐像は仏師松本明慶の作。
旧本尊が1メートル足らずの立像であったのに対し 像高3.56メートル 光背を含めた総高6.3メートルの巨大な坐像である。
観音像はインドから輸入した23トンもの白檀で作られている。
とありました。

観音正寺(滋賀県)

駐車場の石柱

観音正寺(滋賀県)

山道を歩きます

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nomuten
nomuten
2024年07月19日(金)1548投稿

滋賀県寺院巡りの3寺目は、1、2寺目と同じく近江八幡市に在る繖山 観音正寺です。
西国三十三所観音霊場 第32番札所。
天台宗で、本尊は千手観音。

前回は2022年11月に参拝しておりますので、1年半ちょい振りの参拝になります。(前回分は投稿済みですので宜しかったら見てやって下さい。)

伝えによれば、605年に聖徳太子がこの地を訪れ、自ら彫った千手観音を祀ったのが始まり。残念な事に1993年失火により本堂を焼失、国の重文指定されていた本尊も焼失した。2004年に本堂を再建、新たにインドから白檀を輸入し本尊も再製しました。

今回も裏参道ルートで行きました(林道整備料として600円)。駐車場から境内までは砂利道ですが、大した坂や石段が無くて楽チン。途中に奥之院への鳥居があります。手前に奥之院?と思いますが、こちらは裏参道ですから。少し行くと広い所に出ます。右手に鐘楼、正面に水神舎、左前方には表参道からの石段です。参道は右側で、山門は無く仁王像があり、その間を行くと左側に拝観受付で、入山料(500円)を納めて境内へ。右側に弁財天、茶所、書院と並んでいます。猫ちゃんと目が合い、見てたらこちらに寄って来て、本堂に向かってちょこんと。道案内してくれた?
先の左側に可愛らしい一願地蔵、右側に礼堂、護摩堂、地蔵堂が並び正面に本堂です。再建されて日が浅いためまだまだ綺麗です。
本堂へは右側に廻り込んで靴を脱いで上がらせて頂きます。正面側に来て外陣から手を合わせました。外陣左側に納経所がありますので御朱印を頂きました。
境内に入ったあたりからポツポツ雨が降り出し、本堂に上がったとたんに土砂降りとなりました。止まないかなあと少し待っていましたが止む気配無し。折り畳み傘をさして下山しました。帰りも猫ちゃんが見送ってくれました。
先の長命寺もそうでしたが、平日の昼過ぎは参拝客はとても少なく、静かで良いです。

観音正寺の御朱印

御朱印(軸装納経帳)

観音正寺(滋賀県)
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sasaki3
sasaki3
2024年05月15日(水)3364投稿

観音正寺 西国三十三所霊場

観音正寺(滋賀県)

観音正寺 『札うち』 西国三十三所巡礼で札所を『打つ』と言う言葉は、参拝して そのお寺の柱に木札を打った事に由来するとの事らしい。

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沙羅双樹の花
沙羅双樹の花
2023年08月23日(水)602投稿

 聖徳太子開基のお寺さん。
"聖徳太子1400年御遠忌大法会"が行なわれています。(2020.5.22〜2025.12.18)記念スタンプいただけます。

 開基については、"人魚伝説"があります。
聖徳太子が、繖山(きぬがさやま)で、一人の人魚に出会います。その人魚曰く、「私は前世で魚を取って生計を立てていました。ただ、殺生を重ねてきましたので、こんな姿に変えられ、今度は自分が追われる身となりました。どうか堂を立て、観音さまを祀ってください。そうすれば、成仏できます。」。この願いを受け、太子は自ら千手観音を刻み堂を立てました。これが観音正寺さんだということです。

 ただ、私は今までこの話に疑問がありました。🤔なぜなら、こんな山中でどうやって出会えたのだろう?ということです。今日、この疑問が解けました。
 繖山のふもとは、ずっと昔、琵琶湖が広がっていたそうです。それなら、太子が人魚に会えても不思議じゃないです。🤭

 22日は、聖徳太子の月命日。ご縁です。😌

 ご本堂御本尊は、1993年(H5年)火災により焼失。2004年(H16年)新しいお堂完成。御本尊さまも白檀でできた立派なお姿。私が初めてお参りしたのが2014年ですから、今のお堂しか知りません。

  西国三十三所観音霊場 第32番札所
    山号:繖山
    宗派:単立
   御本尊:千手観世音菩薩
    創建:605年(推古天皇13年)

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