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ままだはちまんぐう

間々田八幡宮

公式栃木県 間々田駅

午前9時〜午後4時30分

投稿する
0285-45-1280

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

現在の御朱印・御朱印帳

御朱印(1種類)

間々田八幡宮では、「間々田八幡宮」の御朱印をいただけます。
また、季節や行事に合わせたカラフルな御朱印が頒布されています。

間々田八幡宮の御朱印

500円

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右下に「国の重要文化財 間々田のじゃがまいた」のイラスト印、真ん中に間々田八幡宮の印が押されています。
毎年5月5日に行われる「間々田のじゃがまいた」は、田植えの時期を前に五穀豊穣や疫病退散を祈願するお祭りで、子供達が長さ15mを越える龍頭蛇体の巨大な蛇(ジャ)を担ぎ「ジャーガマイタ、ジャガマイタ」のかけ声とともに町中を練り歩きます。

限定御朱印(2種類)

無事かえる像建立記念御朱印

500円
2020年11月26日~

疫病退散、疾病平癒、旅行安全と書かれた「無事かえる」のイラストと水の流れが描かれた御朱印で、右上に「万事無事かえる」の文字、上部に間々田八幡宮の印が押されています。
江戸時代の旅姿をした高さ35センチほどの可愛い「無事かえる像」が2020年11月の新嘗祭にお披露目されました、
江戸時代の旅の道中、病に倒れ助かる見込みのない間々田村の者が、故郷の間々田八幡宮を想い一心に祈願したところ、たちまち平癒し無事帰郷できたというこの神恩を後世に伝えるために建立された芭蕉句碑「古池や 蛙飛こむ 水の音」に倣い、「無事かえる像」が建立されました。

月替わり御朱印(1月) 注連縄とキブナ

500円
2021年1月1日~

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右下に辛丑の印、上部に注連縄のイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、左下にキブナの印が押されています。
キブナとは宇都宮で広く知られる郷土玩具で、無病息災の象徴とされています。

月替わり御朱印(12月) 昭和の暮れ市

700円
2020年12月1日~

昭和の暮れ市の様子が描かれた二面見開きの御朱印で、真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右面は右上に昭和の暮れ市の文字、右下に無病息災の印、左面は7個の達磨が描かれ、左上に師走の印が押されています。
間々田地区で催された暮れ市(だるま市)は、平成の中頃までは年末の風物詩として大変な賑わいを見せていました。

月替わり御朱印(11月) 紅葉の弁天池

700円
2020年11月1日~

紅葉の弁天池と太鼓橋が描かれた二面見開きの御朱印で、真ん中に間々田八幡宮の文字と印が入り、左下に八幡宮の印が押されています。
間々田八幡宮には3つの池があり、弁天池は真ん中の池であったため中溜(なかだめ)と呼ばれ、ジャガマイタの蛇が水呑みの儀を行う池になっています。
弁天池にかかる太鼓橋は、明治時代には観月橋の愛称で親しまれ、月見と蛍の名所として近隣から多くの遊山客が集まったと言われています。

このほか、季節にあわせて特別御朱印が頒布されます。

御朱印帳(1種類)

オリジナル御朱印帳

1,800円
約16×11cm

表面は社殿と夜空に輝く北極星がデザインされ、左上に御朱印帳の文字、裏面は真ん中に左三つ巴紋を中心に八龍神社(八大龍王)の紋章、下部に間々田八幡宮の文字が入っています。
釈迦誕生の時に、八大龍王「難陀(なんだ)、跋難陀(ばつなんだ)、娑羯羅(しゃがら)、和修吉(わしゅうきつ)、徴叉迦(とくしゃか)、阿那婆達多(あなばだつた)、摩那斯(まなし)、優鉢羅(うはつら)の8匹の龍」が龍水を降らせたという故事にちなみ、八龍神社は五穀豊穣や疫病退散を祈願する「じゃがまいた」の祭神として境内西側に鎮座しています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、二の鳥居から拝殿に向かって右側にある弁天池横の社務所でお受けできます。

御朱印の受付時間は9時~16時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

過去の限定御朱印

間々田八幡宮では、季節に合わせてカラフルな限定御朱印をいただけます。
ここからは2020年に頒布された過去の限定御朱印をご紹介します。

月替わり御朱印(8月) 神様とんぼとノカンゾウ

500円
2020年8月1日〜8月31日

真ん中に神様とんぼとノカンゾウが描かれ、右下に葉月の印と「神様とんぼとノカンゾウ」の文字、真ん中に間々田八幡宮の印、左下に八幡宮の印が押されています。

月替わり御朱印(6月) 紫陽花と蝸牛

500円
2020年6月1日〜6月30日

紫陽花とカタツムリが描かれた御朱印で、真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右に水無月の印と「紫陽花と蝸牛」の文字、真ん中に間々田八幡宮の印、左下に八幡宮の印が押されています。

月替わり御朱印(6月) 夏越の祓

700円
2020年6月1日〜6月30日

茅(チガヤ)と茅の輪、人形(ひとがた)が描かれた二面見開きの御朱印で、真ん中に「水無月の夏越しの祓する人は 千歳の命 延ぶというなり」の文字と間々田八幡宮の印、右面は真ん中に夏越の祓の文字、右上にヨゲンノトリの印、左面は左下に八幡宮の印が押されています。
ヨゲンノトリは「暴瀉病流行日記」に登場する白黒2つ頭の鳥で、江戸時代末期にコレラ流行を予言したとされています。

月替わり御朱印(5月) 風薫る端午の節句

500円
2020年5月1日〜5月31日

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右上に疫病退散の印、右に皐月の印と「風薫る端午の節句」の文字、右下に兜のイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、左上に菖蒲のイラスト、左下に八幡宮の印が押されています。

月替わり御朱印(5月)間々田のじゃがまいた

700円
2020年5月1日〜5月31日

じゃがまいた(蛇)が描かれた二面見開きの御朱印で、右面は真ん中に間々田のじゃがまいたの金文字と間々田八幡宮の印、右上に国重要無形民俗文化財の印、左面は上部に疫病退散の印、左下に八幡宮の印が押されています。
毎年5月5日に行われる「間々田のじゃがまいた」は、田植えの時期を前に五穀豊穣や疫病退散を祈願するお祭りで、子供達が長さ15mを越える龍頭蛇体の巨大な蛇(ジャ)を担ぎ「ジャーガマイタ、ジャガマイタ」のかけ声とともに町中を練り歩きます。

月替わり御朱印(4月) 八重桜

500円
2020年4月1日~外出自粛要請期間中郵送対応

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右上に八重桜のイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、左下に八幡宮の印が押されています。

月替わり御朱印(4月)  龍と太鼓橋

700円
2020年4月1日~外出自粛要請期間中郵送対応

藤や桜、水仙などの花が描かれた二面見開きの御朱印で、真ん中に間々田八幡宮の文字と印、右面は真ん中に「上溜池の太鼓橋」のイラスト、下部に卯月の印と「疫祓う龍 神池に春を呼ぶ」の文字、左面は龍のシルエット、左下に八幡宮の印が押されています。
間々田八幡宮には3つの池と2つの太鼓橋があり、最上流部にあるために上溜(うわだめ)と呼ばれる「ひょうたん池」にかかる太鼓橋と弁天池の弁天島にかかる太鼓橋があります。

月替わり御朱印(3月) 桜と息長帯姫命

500円
2020年3月16日~3月31日

息長帯姫命が描かれた御朱印で、真ん中に間々田八幡宮の印、上部に桜と鳥のイラスト、右下に「弥生、桜の花、下」の印と「桜と息長帯姫命」の文字が入っています。
間々田八幡宮の主祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)と息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)で、誉田別命の母神にあたる息長帯姫命は子授け、安産、子育て、学業成就などに大変ご利益があります。

月替わり御朱印(3月) 桜と太鼓橋

500円
2020年3月16日~3月31日

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、上部に桜と鳥のイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、下部に太鼓橋のイラストが描かれています。

月替わり御朱印(3月) 梅と市杵嶋姫命

500円
2020年3月1日~3月15日

市杵嶋姫命が描かれた御朱印で、真ん中に間々田八幡宮の古印、上部に梅と鳥のイラスト、右下に「弥生、桜の花、上」の印と「梅と市杵嶋姫命」の文字、左下に弁天様(厳島神社)の祠のイラストが描かれています。
弁天池の畔に鎮座する厳島神社の御祭神は宗形三女神「田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)」で、水の神様である市杵嶋姫命は、音楽や芸術、美と金運の神としても信仰されています。

月替わり御朱印(3月) 梅と弁天様

500円
2020年3月1日~3月15日

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、上部に梅と鳥のイラスト、真ん中に古印、下部に弁天様(厳島神社)の祠のイラストが描かれています。

月替わり御朱印(2月) 鴨とどんぐり

500円
2020年2月1日~2月29日

下部に鴨、どんぐり、落ち葉が描かれ、真ん中に間々田八幡宮の印、上部に裸木のイラスト、右に如月の印と「森のどんぐりは鴨の冬ごはん」の文字が入っています。

月替わり御朱印(2月) 節分

500円
2020年2月1日~数量限定

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右下に魔除けの柊鰯(ひいらぎいわし)と福絵馬のイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、左上に節分の印が押されています。

月替わり御朱印(2月) 梅のリース

500円
2020年2月1日~2月29日

真ん中に間々田八幡宮と書かれ、右下と左上に紅白の梅のリースのイラスト、真ん中に間々田八幡宮の印、左下に八幡宮の印が押されています。

御朱印をもっと見る|
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最新のお知らせ

和傘飾り、和傘灯りのご案内

現在間々田八幡宮では、境内にて「和傘飾り」(昼)、「和傘灯り」(夜)のイベントを行っております。

開催はイベントの性格上、風の無い土・日・祝日限定となります。
また、毎回宮司の手があいてからの飾り付けとなりますので、午後の方が見られる確率が高いかと思います。
夜は7:30頃にて終了となります。

開催期間はひとまず10月いっぱいとさせていただきますが、紅葉のライトアップが始まる11月下旬頃に、紅葉ライトアップとのコラボで、再開させていただく予定です。

天候次第のイベントとなりますので、当日の展示の有無はツイッターか、インスタグラムのストーリーズにてご確認ください。

和傘飾り、和傘灯りの限定御朱印も頒布中です!

間々田八幡宮の建物その他

和傘飾り(昼)

間々田八幡宮の本殿

和傘灯り(夜)

間々田八幡宮のお祭り

和傘灯り(夜)

間々田八幡宮のお祭り

和傘灯り(夜)

間々田八幡宮の御朱印

限定御朱印「和傘飾り」

間々田八幡宮の御朱印

限定御朱印「和傘灯り」

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御朱印について
御朱印
あり
限定
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり(約60台)

ご利益

間々田八幡宮について

間々田八幡宮は栃木県南部の小山市に鎮座する神社です。その敷地は約2万坪におよび、一部が『間々田八幡公園』として開放され、市民の憩いの場となっています。
境内には鎮守の森に守られるように二つの池があり、たくさんの鯉や水鳥が泳ぎます。また、市の天然記念物に指定されているコナラや杉などが生い茂る森は、タヌキや野ウサギをはじめ、街中では見ることのできない多くの小動物や昆虫たちが生息する生命の森でもあります。
境内の西側には広大な田園地帯が広がり、思川沿いの土手に足をのばせば、那須・日光連峰、赤城山、浅間山、そして遠く富士山までも望むことができます。
こうした風致に富んだ神社周辺の景観は『とちぎのふるさと田園風景百選』にも選定されました。
一方、境内には八幡古墳群とよばれる大小様々な墳丘が点在し、古くからこの地が思川流域に発展した文化圏の一拠点であったことが窺えます。
5月5日に開催される祭り『間々田のじゃがまいた』(蛇まつり)は、平成31年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。15mを越える7匹の蛇が一堂に集う様は圧巻で、新緑香る神社の境内は毎年多くの見物客で賑わいます。

おすすめの投稿

たくまん
2022年05月08日(日)
555投稿

JR宇都宮線間々田駅から徒歩30分くらいのところにおられます。

天平年間(729年~749年)の創建と伝えられています。
平将門の乱の鎮圧にあたった藤原秀衡が戦勝祈願をし
乱平定の後、神饌御料として供田されたことから
飯田(まんまだ)の里と呼ばれたそうです。
その後、江戸から日光の中間地点にあたることから間々田に改称したそうです。

鳥居をくぐると一旦下がってまた上がって社殿があるのですが
最初に下がっていくというその地形が面白いですね。

3組の狛犬もベテランさん揃いでそれぞれ個性的で心つかまれますし
彫刻も見応えありますし、池の周りの雰囲気も良いです。
境内全体を包む木陰が心地よく、時折差し込む木漏れ日もキラキラしていました。

ちなみに日光街道の宿場町ということもあり、
間々田宿の街道印も受けることができます。

間々田八幡宮の本殿

良い雰囲気の社殿です。

間々田八幡宮の建物その他間々田八幡宮の狛犬

拝殿の廓入口には御朱印にもデザインされている狛犬さんがおられます。

間々田八幡宮の狛犬

安政年間(1855~1860年、文字が薄れて何年かまでは読み取れず)のベテランさんです。

間々田八幡宮の狛犬

ゆるい感じの雰囲気がいいですね。

間々田八幡宮の狛犬

たしかガチャガチャでもこのタイプあったような気がする。

間々田八幡宮の狛犬

拝殿前の垣の内側の狛犬さんです。

間々田八幡宮の狛犬

文化10年(1803年)のベテランさん。

間々田八幡宮の狛犬

良い表情をしていますね。

間々田八幡宮の狛犬

口元に特徴がありますね。

間々田八幡宮の狛犬

垣の外側の狛犬さんです。

間々田八幡宮の狛犬

こちらも良い表情ですね。

間々田八幡宮の狛犬

昭和10年とこの中では一番若いですがそれでもかなりのベテランですよね。

間々田八幡宮の狛犬間々田八幡宮の芸術

彫刻も見事です。

間々田八幡宮の芸術

龍も迫力がありますね。

間々田八幡宮の芸術間々田八幡宮の建物その他間々田八幡宮の建物その他

時折風が吹いて鯉も休み休み泳いでいました。

間々田八幡宮の狛犬

無事かえる。このかえるさんの御朱印も可愛かったです。

間々田八幡宮の建物その他

こういう傘を見ると母親がたばこの空き箱で作っていた傘を思い出します。

間々田八幡宮の手水間々田八幡宮の建物その他間々田八幡宮の建物その他間々田八幡宮の建物その他間々田八幡宮の建物その他

参道の木漏れ日具合も良いですね。

間々田八幡宮の鳥居
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オリエント伯爵
2021年08月18日(水)
789投稿

御朱印アルバム Album of "Red Ink Stamps"
https://orientearl.com/

間々田八幡宮さんより、御朱印をいただきました。

また、サイトに「御朱印Diary」のページを新設しました。
続いて、サイトに「御朱印Movie」のページも新設しました。
一人でも多くの方に、サイトを訪れてほしく思っております。
ぜひ、サイトもご覧ください♪♪♪

複数の御朱印をいただいても、一度の投稿では1体のみの投稿といたします。
過去の御朱印や、他にいただいた御朱印に興味と関心のある方は、ぜひ、オリエント伯爵のサイトをご覧ください。装飾や文章は省き、アルバム形式で御朱印を掲載しています。

オリエント伯爵

間々田八幡宮の御朱印
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歴史

間々田八幡宮の創建は大変古く、今から約1300年ほど前の奈良時代中期(天平年間)と伝えられています。
939年頃に起きた平将門の乱に際しては、藤原秀郷が、当八幡宮に戦勝を祈願し、見事乱を平定。このご神徳へのご恩返しとして、神社にご神田を奉納されました。
以降、当八幡宮が鎮座する一帯は、飯田(まんまだ)の里と呼ばれるようになります。
鎌倉幕府成立直前の1189年。奥州藤原氏との合戦に臨んだ源頼朝は、先の藤原秀郷の戦勝祈願を知り、自らも当八幡宮に参拝。境内に松を植えました。
この松は、1905年(明治38年)に枯死するまで『頼朝手植えの松』として、氏子らにより大切に守られていたそうです。

さらに江戸時代に入り、日光街道が幕府の手により整備されると、この地がちょうど日光と江戸の中間点となることから、地名が飯田(まんまだ)から間々田(ままだ)へと改められました。
以降、松尾芭蕉も宿泊するなど、日光街道11番目の宿場町として、間々田宿は大変栄えることとなります。

また、この時代には朝廷が日光東照宮に毎年例幣使を遣わしていましたが、当八幡宮が大変由緒あることを聞き、道中必ず参拝することが習わしとなっていたそうです。
神社は1712年に神階正一位を授位。
しかし、1800年初頭の享和年間に惜しむらくも社殿焼失。郷人たちは、社殿の燃え残った灰を集めてご神霊とし、仮殿を建てて安置しました。

念願の社殿再建が成ったのは、その約50年後の1851年。
この再建工事に関係した職人は、折しも東照宮大修理にあたって各地から集められた宮大工達で、本殿内外の彫刻に、今もその優秀な技術をしのぶことができます。

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間々田八幡宮の基本情報

住所栃木県小山市間々田2330
行き方

・JR宇都宮線 間々田駅から車で5分(徒歩35分)
 ※駅西口よりコミュニティバスあり(間々田四丁目公民館バス停下車 徒歩10分)
・東北道・佐野藤岡ICより約30分
・圏央道・五霞インターより40分

アクセスを詳しく見る
名称間々田八幡宮
読み方ままだはちまんぐう
参拝時間

午前9時〜午後4時30分

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレ相撲土俵脇・相撲棟にあり
御朱印あり

限定御朱印あり
御朱印帳あり
電話番号0285-45-1280
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスinfo@mamada-hachiman.jp
ホームページhttps://www.mamada-hachiman.jp/
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神誉田別命、息長帯姫命
創建時代奈良時代・天平年間(729年~749年頃)
文化財

・間々田のじゃがまいた(国重要無形民俗文化財)
・間々田八幡宮のコナラ(小山市天然記念物)

ご由緒

間々田八幡宮の創建は大変古く、今から約1300年ほど前の奈良時代中期(天平年間)と伝えられています。
939年頃に起きた平将門の乱に際しては、藤原秀郷が、当八幡宮に戦勝を祈願し、見事乱を平定。このご神徳へのご恩返しとして、神社にご神田を奉納されました。
以降、当八幡宮が鎮座する一帯は、飯田(まんまだ)の里と呼ばれるようになります。
鎌倉幕府成立直前の1189年。奥州藤原氏との合戦に臨んだ源頼朝は、先の藤原秀郷の戦勝祈願を知り、自らも当八幡宮に参拝。境内に松を植えました。
この松は、1905年(明治38年)に枯死するまで『頼朝手植えの松』として、氏子らにより大切に守られていたそうです。

さらに江戸時代に入り、日光街道が幕府の手により整備されると、この地がちょうど日光と江戸の中間点となることから、地名が飯田(まんまだ)から間々田(ままだ)へと改められました。
以降、松尾芭蕉も宿泊するなど、日光街道11番目の宿場町として、間々田宿は大変栄えることとなります。

また、この時代には朝廷が日光東照宮に毎年例幣使を遣わしていましたが、当八幡宮が大変由緒あることを聞き、道中必ず参拝することが習わしとなっていたそうです。
神社は1712年に神階正一位を授位。
しかし、1800年初頭の享和年間に惜しむらくも社殿焼失。郷人たちは、社殿の燃え残った灰を集めてご神霊とし、仮殿を建てて安置しました。

念願の社殿再建が成ったのは、その約50年後の1851年。
この再建工事に関係した職人は、折しも東照宮大修理にあたって各地から集められた宮大工達で、本殿内外の彫刻に、今もその優秀な技術をしのぶことができます。

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Wikipediaからの引用

概要
間々田八幡宮(ままだはちまんぐう)は栃木県小山市間々田にある神社。旧社格は村社。
歴史
歴史[編集] 創建は天平年間(729年~749年)と伝えられる。 939年(天慶2年)、平将門討伐の為、藤原秀郷が戦勝を祈願。乱を平定したのち、このご神徳への恩返しとして神田を奉納した。以降、この一帯は飯田(まんまだ)と呼ばれるようになったという。 1189年(文治5年)には、奥州藤原氏討伐に向かう源頼朝が参拝。境内に松を植える。この松は「頼朝手植えの松」として氏子に守られてきたが、1905年(明治39年)に枯死した。 江戸時代には朝廷より日光に遣わされた例幣使が道中必ず参拝する習わしとなっていたという。
引用元情報間々田八幡宮」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%96%93%E3%80%85%E7%94%B0%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE&oldid=91403984

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