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こうふくじ|法相宗大本山

興福寺のお参りの記録一覧
奈良県 近鉄奈良駅

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惣一郎
惣一郎
2021年04月30日(金)1269投稿

興福寺は、奈良県奈良市にある法相宗の大本山の寺院。本尊は中金堂の釈迦如来。南都七大寺の一つ。西国三十三所9番札所で、札所本尊は南円堂の不空羂索観音(ふくうけんさく~/ふくうけんじゃく~)(国宝)。ユネスコの世界遺産に「古都奈良の文化財」の構成資産の1つとして登録されている。また、旧境内(現境内と奈良公園の一部)が<国の史跡>に指定されているほか、建物だと東金堂、五重塔、北円堂、三重塔が国宝、仏像だと東金堂安置、北円堂安置、南円堂安置、国宝館所蔵の多くの仏像が国宝に指定されている。南円堂など、国指定の重要文化財も多数。

飛鳥時代、藤原鎌足が病の折、夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、669年に山背国山階(現・京都府京都市山科区)に私寺として創建した「山階寺」が当社の起源。壬申の乱が起きた672年、山階寺は藤原京に移転、地名から「厩坂寺」と改称。710年の平城京遷都にあたり、鎌足の子、藤原不比等が厩坂寺を現在地に移転し「興福寺」と改称。天皇・皇后、藤原氏によって伽藍が整備され、不比等の死後、「造興福寺仏殿司」という役所が設置され、本来藤原氏の私寺である興福寺の造営が国家により進められることとなった。

当寺の多くの伽藍は、近鉄奈良駅の南東数百mの位置にあり徒歩圏。奈良公園と境界がないため、伽藍の周りにいる人が寺院の参拝者なのか公園に遊びに来た人かは見分けがつかない。現伽藍のエリアだけでもそれなりに広いので、かつての寺院の力を感じるには十分。有料拝観は東金堂と国宝館で、両館同時拝観で割引がある。

参拝時は休日の午後で、当寺境内相当地には多くの人が行き交っていた。

※帰京の時間が決まっていたため、有料拝観はパス。次回要拝観。
※本坊、大湯屋、菩提院大御堂のある東側エリアは参観せず。

興福寺(奈良県)

旧境内南西側、<南円堂>への階段。ここから参拝を始める。

興福寺の手水舎

階段を上がり切った右側に<水屋>。

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からくさ
からくさ
2021年04月17日(土)189投稿

定番の興福寺さんです。国宝館はさすがでした!

興福寺の自然

猿沢池から

興福寺の御朱印

いつ西国三十三所結願できますことやら。のんびり巡りたいと思います!

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湯守りと妖怪
湯守りと妖怪
2021年03月27日(土)41投稿

興福寺の境外を周って観ました。
慶応四(1868)年、いわゆる神仏分離令が出されると、興福寺一山はいち早く復飾願いを出し、春日社の神司となり僧侶がいなくなり主がいなくなりました。
千体仏は束ねられ薪となり、金泥の経巻が金を取るために焼かれ、天平写経古文書は漆器の包み紙となり、仏像仏具は売り払われ海外へ流失、五重塔が五圓あるいは五十圓で売りに出され、相輪等の金属を取るために焼かれそうになったのを、類焼を心配する近所の反対で中止になったとかは有名な話しですね。

興福寺の周辺

東向商店街
近鉄奈良駅を出ると奈良まちへ向かう東向商店街の入り口に。
興福寺にお尻を向けないように東向きに店の入り口を構え、昔は東向きにしか店が無かったと。現在はアーケード下通りの両側に店舗が並んでいますが。

興福寺のその他建物

猿澤池
池には龍が住み、竜宮に通じ、如何なる旱魃にも水は半分以上には減らないとされる。
「澄まず、濁らず、出ず、入らず、蛙わずかに、藻が生えず、魚が七分に水三部」というような説明がありますが。
猿沢池は興福寺の放生池であり神聖な伽藍の一部。
でもなんで❔、猿を池に放り込む❔、まさか。
中国仏教が由来とされているようですが。

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