興福寺では5種類の御朱印をいただけます。
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参拝:2018年10月吉日
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参拝:2019年10月吉日
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参拝:2019年09月吉日
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住所 | 奈良市登大路町48 Googleマップで地図を開く |
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エリア | 近鉄奈良駅 |
行き方 | JR 奈良駅 市内循環バス「県庁前」下車すぐ
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近くの駅 | ◼︎近鉄奈良線 ◼︎JR大和路線 ◼︎JR奈良線 ◼︎JR桜井線 ◼︎JR桜井線 |
名称 | 興福寺 |
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読み方 | こうふくじ |
参拝時間 | 9:00~17:00 |
御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
御朱印について | 通常いただける御朱印は5種類です。御詠歌は柔らかい筆跡で、お堂の名前や「興福寺」の寺名のもとになったお経の言葉(令興福力)等が真ん中に力強い筆で書かれています。 |
電話番号 | 0742-22-7755 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.kohfukuji.com/ |
ご本尊 | 不空羂索観音 |
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宗旨・宗派 | 法相宗 |
札所など | 西国四十九薬師第4番札所 |
ご由緒 | 藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。
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巡礼 | |
体験 |
概要 | 興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、法相宗大本山の仏教寺院。南都七大寺の一つ。寺院本尊は中金堂の釈迦如来とする。南円堂(本尊・不空羂索観世音菩薩〈不空羂索観音〉)は西国三十三所第9番札所、東金堂(本尊・薬師如来)は西国薬師四十九霊場第4番、菩提院大御堂(本尊・阿弥陀如来)は大和北部八十八ヵ所霊場第62番となっている。また、境内にある一言観音堂は南都七観音巡拝所の一つである。 札所本尊真言(不空羂索観音):おん はんどま だあぼきゃ じゃやでい そろそろ そわか薬師霊場真言(薬師如来):おん ころころ せんだり まとうぎ そわかご詠歌(南円堂):春の日は 南円堂にかがやきて 三笠の山に 晴るる うす雲ご詠歌(東金堂):猿沢の 池のほとりの寺庭に 瑠璃の光は あまねかりけりご詠歌(一言観音):頼もしく 歩みを選べ一言の 願いも捨てぬ 誓いいませば |
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歴史 | 創建 藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)に山背国山階(現・京都府京都市山科区)で創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。 和銅3年(710年)の平城京への遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年と言える。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。 その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てら...Wikipediaで続きを読む |
アクセス | 近鉄奈良線近鉄奈良駅下車、東へ徒歩7分。 JR奈良駅下車、三条通りを東へ約1.2Km、または奈良交通バスに乗車して県庁前バス停下車。 |
引用元情報 | 「興福寺」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%88%88%E7%A6%8F%E5%AF%BA&oldid=82064516 |
住所 | 奈良市登大路町48 Googleマップで地図を開く |
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エリア | 近鉄奈良駅 |
行き方 | JR 奈良駅 市内循環バス「県庁前」下車すぐ
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近くの駅 | ◼︎近鉄奈良線 ◼︎JR大和路線 ◼︎JR奈良線 ◼︎JR桜井線 ◼︎JR桜井線 |