御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
慈眼寺めめ大バナー※興福寺ではいただけません

こうふくじ|法相宗

興福寺

奈良県 近鉄奈良駅

投稿する
0742-22-7755

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印 (5種類)

興福寺では5種類の御朱印をいただけます。

  • 中金堂の御朱印
  • 東金堂の御朱印
  • 東金堂の御詠歌の御朱印
  • 令興福力の御朱印
  • 千手観音の御朱印

中金堂の御朱印

300円

真ん中に「中金堂」と力強い筆で墨書きされ、梵字印が重ねられています。
左下に「興福寺」の墨書きに寺印が押されています。

東金堂の御朱印

300円

右上に「西国薬師第四番」の印が「参拝」の墨書きに重ねられ、真ん中に「東金堂」と墨書きされてその下に梵字印が押されています。
左下に「興福寺」に寺印が重ねられています。

東金堂の御詠歌の御朱印

300円

右上に「西国薬師第四番」の印が押され、
「さるさわの いけのほとりの てらにはに るりのひかりは あまねかりけり」
と御詠歌が書かれています。

令興福力の御朱印

300円

右上の「参拝」の文字に「世界文化遺産」の印が重ねられ、真ん中に「令興福力」の墨書きの下に梵字印が押されています。
※令興福力(りょうこうふくりき)とは寺名のもとになったお経の言葉です

千手観音の御朱印

300円

興福寺国宝館に安置されている千手観音の御朱印。
真ん中に大きく「千手観音」と墨書きされています。

御朱印帳 (2種類)

興福寺の御朱印帳は2種類あります。

  • 五重塔と南円堂の御朱印帳
  • 古瓦の御朱印帳

五重塔と南円堂の御朱印帳

1000円

紫の生地一面に花菱の紋が並べられています。
表面には南円堂と五重塔が描かれています。

1000円
18cm×12cm

紺地一面に菊紋が広がっている御朱印帳です。
表面には南円堂と五重塔が描かれています。

※こちらは赤色もあります

古瓦の御朱印

1000円
16cm×11cm

表面に興福寺の古瓦、丸瓦の絵が描かれています。
背面は平瓦が描かれ、寺印が印刷されています。
色は赤・ベージュ・紺の3色です。

授与場所・時間

御朱印と御朱印帳は興福寺勧進所でいただけます。
受付時間は9時~17時(最終受付は16時半)
※南円堂納経所ではこのページ掲載の御朱印は「令興福力」以外の授与はありません

詳細は公式サイトをご確認ください。

御朱印をもっと見る|
372
御朱印について
御朱印
あり

通常いただける御朱印は5種類です。御詠歌は柔らかい筆跡で、お堂の名前や「興福寺」の寺名のもとになったお経の言葉(令興福力)等が真ん中に力強い筆で書かれています。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

神仏霊場巡拝の道
西国四十九薬師第4番札所

興福寺について

世界的に有名な阿修羅立像があるお寺


南円堂は西国三十三カ所第九番札所


東金堂は西国四十九薬師霊場第4番札所

おすすめの投稿

惣一郎
2021年04月30日(金)
915投稿

興福寺は、奈良県奈良市にある法相宗の大本山の寺院。本尊は中金堂の釈迦如来。南都七大寺の一つ。西国三十三所9番札所で、札所本尊は南円堂の不空羂索観音(ふくうけんさく~/ふくうけんじゃく~)(国宝)。ユネスコの世界遺産に「古都奈良の文化財」の構成資産の1つとして登録されている。また、旧境内(現境内と奈良公園の一部)が<国の史跡>に指定されているほか、建物だと東金堂、五重塔、北円堂、三重塔が国宝、仏像だと東金堂安置、北円堂安置、南円堂安置、国宝館所蔵の多くの仏像が国宝に指定されている。南円堂など、国指定の重要文化財も多数。

飛鳥時代、藤原鎌足が病の折、夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、669年に山背国山階(現・京都府京都市山科区)に私寺として創建した「山階寺」が当社の起源。壬申の乱が起きた672年、山階寺は藤原京に移転、地名から「厩坂寺」と改称。710年の平城京遷都にあたり、鎌足の子、藤原不比等が厩坂寺を現在地に移転し「興福寺」と改称。天皇・皇后、藤原氏によって伽藍が整備され、不比等の死後、「造興福寺仏殿司」という役所が設置され、本来藤原氏の私寺である興福寺の造営が国家により進められることとなった。

当寺の多くの伽藍は、近鉄奈良駅の南東数百mの位置にあり徒歩圏。奈良公園と境界がないため、伽藍の周りにいる人が寺院の参拝者なのか公園に遊びに来た人かは見分けがつかない。現伽藍のエリアだけでもそれなりに広いので、かつての寺院の力を感じるには十分。有料拝観は東金堂と国宝館で、両館同時拝観で割引がある。

参拝時は休日の午後で、当寺境内相当地には多くの人が行き交っていた。

※帰京の時間が決まっていたため、有料拝観はパス。次回要拝観。
※本坊、大湯屋、菩提院大御堂のある東側エリアは参観せず。

興福寺(奈良県)

旧境内南西側、<南円堂>への階段。ここから参拝を始める。

興福寺の手水

階段を上がり切った右側に<水屋>。

興福寺(奈良県)

水屋から見た<南円堂>。江戸時代後期の1789年再建で4代目の八角円堂。国指定の重要文化財。

興福寺の建物その他

<南円堂>全景。

興福寺の建物その他

南円堂の正面前にある<不動堂>。不動明王坐像と、西国三十三所観音霊場の札所本尊を模した33体の観音像を祀る。

興福寺の建物その他

<不動堂>正面。

興福寺の建物その他

南円堂の右脇にある<一言観音堂>と<納経所>。御朱印はこちら。

興福寺の建物その他

<一言観音堂>に行くには、藤棚をくぐる。

興福寺(奈良県)

藤棚の藤はほぼ満開~♪

興福寺の建物その他

<一言観音堂>正面。

興福寺の建物その他

東方向に歩いて行くと、北側にある<中金堂>。2018年再建。柵の向こう側すぐの場所は<中門跡>。

興福寺の建物その他

南側にある<南大門跡>。

興福寺の建物その他

さらに東に進むと国宝<五重塔>。室町時代1426年に再建、三間五重塔婆。高さは50.1mあり、現存する日本の木像塔としては2番目に高い(1番は東寺五重塔)。

興福寺(奈良県)

<五重塔>の北側にある国宝<東金堂>。1415年再建、桁行七間梁間四間で屋根一重、寄棟造、本瓦葺。創建時は、奈良時代の726年に聖武天皇が伯母にあたる元正上皇の病気平癒を祈願し薬師三尊像を安置する堂宇であった。
堂内には、重文の薬師如来像・日光菩薩像・月光菩薩像を中心に、国宝<文殊菩薩像>、国宝<維摩居士像>、国宝<四天王像>、国宝<十二神将像>が祀られている。

興福寺の建物その他

国宝<東金堂>と国宝<五重塔>のツーショット。興福寺を代表するカメラアングル。

興福寺の建物その他

<東金堂>の拝観受付。拝観料は300円。

興福寺(奈良県)

上の拝観受付の参道挟んで対面(西側)にある<勧進所・売店>。かつては納経所の役割もあったようだが、現在は南円堂の納経所に集約されているみたい。

興福寺の建物その他

北に向かって歩き、大宮通りにある興福寺入口。境内の境がないので、奈良公園と一体化している。写真の左外にたくさんの鹿たちがいた。

興福寺の建物その他

興福寺境内入口にある<世界遺産認定記念碑>。

興福寺の建物その他

<中金堂>の北側にある<仮講堂>。1975年に薬師寺の旧金堂(室町時代、正面27m、側面16m、寄棟造、本瓦葺)を移築したもの。

興福寺の建物その他

<中金堂>の西側にある国宝<北円堂>。鎌倉時代初期の1210年建立。屋根が一重で本瓦葺の八角円堂。興福寺に現存するもっとも古い建物。

興福寺の庭園

<北円堂>の南側にある<西金堂跡>。鹿が自由に歩き回って草を食んでいる。

興福寺の建物その他

南円堂の南西にある国宝<三重塔>。鎌倉時代前期の再建。高さ19mの三間三重塔婆。

興福寺の建物その他

<三重塔>の近くにある<摩利支天石>。

興福寺の末社

境内南西部の興福寺会館、三重塔の南側にある<手力雄神社>。

もっと読む
garu
2017年07月06日(木)
614投稿

興福寺の前身は山階寺といい、藤原鎌足夫人が夫の病気平癒を願って建てられたお寺でした。
その後藤原京時代に一時「厩坂寺(うまやさかでら)」という名で藤原京に移されたが、藤原不比等の時代、平城京遷都に伴い現在の場所に移され「興福寺」という名になり、絶大な権力を持った藤原氏の氏寺となって奈良一国を治めるほどの権力を興福寺は持っていました。
その当時は100ケ寺ほどの塔頭を置く大伽藍だったそうですが、明治維新の廃仏毀釈の折、行き過ぎた政策によって廃寺同然まで追いやられ、当時五重塔はたった250円で売却されてしまったのだそうです。
ウィキペディアでは
「買主は塔自体は燃やして金目の金具類だけを取り出そうとしたが、延焼を心配する近隣住民の反対で火を付けるのは取りやめになったという。ただし、五重塔が焼かれなかった理由はそれだけでなく、塔を残しておいた方が観光客の誘致に有利だという意見もあったという」と書かれてありました。

1881年(明治14年)、ようやく興福寺の再興が許可されたのですが、文化財保護法も整備され、やっと難を逃れた状態となったとの事です。

いずれにせよ今大人気の阿修羅像も、もしかして売却されていたかもしれませんし、日本になかった可能性もあったわけで、廃仏毀釈にはほとほと呆れます。この時にずいぶん海外に流れたんですよね~、貴重な文化財が・・・。

国宝館はただいま耐震メンテで休館中です。平成30年に再開。それまで阿修羅像は巡業が無ければ仮講堂に鎮座されていらっしゃるはずです。
そして来年(2017年現在)、中金堂が再建されお披露目されるとの事です。

興福寺の塔

東金堂と五重塔

興福寺の建物その他

仮講堂

興福寺の建物その他

北円堂

興福寺の建物その他

南円堂

興福寺の建物その他

国宝館

興福寺の建物その他

本坊

興福寺の建物その他

大湯屋

興福寺の塔

五重塔

興福寺の塔

三重塔

もっと読む
投稿をもっと見る(214件)

歴史

藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。
和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。
その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てられ整備が進められた。不比等が没した養老4年(720年)には「造興福寺仏殿司」という役所が設けられ、元来、藤原氏の私寺である興福寺の造営は国家の手で進められるようになった。

歴史をもっと見る|
19

興福寺の基本情報

住所奈良県奈良市登大路町48
行き方

JR 奈良駅 市内循環バス「県庁前」下車すぐ
  近鉄 奈良駅 徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称興福寺
読み方こうふくじ
参拝時間

9:00~17:00

御朱印あり

通常いただける御朱印は5種類です。御詠歌は柔らかい筆跡で、お堂の名前や「興福寺」の寺名のもとになったお経の言葉(令興福力)等が真ん中に力強い筆で書かれています。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0742-22-7755
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.kohfukuji.com/
絵馬あり

詳細情報

ご本尊不空羂索観音
宗旨・宗派法相宗
札所など

西国四十九薬師第4番札所

ご由緒

藤原鎌足夫人の鏡大王が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)山背国山階(現京都府京都市山科区)に創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。
和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。
その後も、天皇や皇后、また藤原家によって堂塔が建てられ整備が進められた。不比等が没した養老4年(720年)には「造興福寺仏殿司」という役所が設けられ、元来、藤原氏の私寺である興福寺の造営は国家の手で進められるようになった。

体験仏像世界遺産国宝重要文化財札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある法相宗の大本山の寺院。山号はなし。本尊は中金堂の釈迦如来。南都七大寺の一つ。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。 南円堂(本尊・不空羂索観音)は西国三十三所第9番札所、東金堂(本尊・薬師如来)は西国薬師四十九霊場第4番札所、菩提院大御堂(本尊・阿弥陀如来)は大和北部八十八ヶ所霊場第62番札所となっている。また、境内にある一言観音堂は南都七観音巡拝所の一つである。
歴史
歴史[編集] 創建[編集] 藤原鎌足夫人の鏡王女が夫の病気平癒を願い、鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として、天智天皇8年(669年)に山背国山階(現・京都府京都市山科区)で創建した山階寺(やましなでら)が当寺の起源である。壬申の乱のあった天武天皇元年(672年)、山階寺は藤原京に移り、地名の高市郡厩坂をとって厩坂寺(うまやさかでら)と称した。 和銅3年(710年)の平城京への遷都に際し、鎌足の子不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた[注 1]。この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。中金堂の建築は平城遷都後まもなく開始されたものと見られる。 その後も、天皇や皇...Wikipediaで続きを読む
アクセス
アクセス[編集] 近鉄奈良駅より東へ徒歩7分。 奈良駅(JR西日本)より三条通りを東へ約1.2Km、または奈良交通バスに乗車して県庁前バス停下車。
引用元情報興福寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%88%88%E7%A6%8F%E5%AF%BA&oldid=90943288

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
慈眼寺リリー小バナー2