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陸奥國一宮 鹽竈神社へ参拝にあがりました👏 これまでも鹽竈神社の知られざるスポット✨をたびたび紹介していますが、今回は『萬多奈能岡(亦無岡、またなのおか)』をご紹介したいと思います😊
鹽竈神社・志波彦神社の志波彦神社を背にした向かいの木の茂みの中にひっそりと佇んでいる石碑があります。それが『萬多奈能岡(亦無岡,またなのおか)の碑』です。
明治天皇が東北行幸の際、明治9年6月29日に鹽竈神社に親拝され、その際、ここから松島の景色を御覧になり、この良い景色に感嘆されて『またとない良い景色だ』とおっしゃったそうです。
この石碑にまつわるエピソードは、この場所の持つ特別な意味を際立たせています。単に美しい景色を眺める場所というだけでなく、明治天皇が感動されたその瞬間を今に伝える、歴史の証人とも言えるでしょう。
また、この出来事に際して侍従番長の高崎正風が詠んだ和歌は、当時の情景や人々の心情をさらに深く感じさせてくれます。天皇の感動を身近で感じた者が、その思いを和歌という形で永遠に残そうとしたのでしょうね。
『萬多奈能岡』を訪れる際は、ただ景色を眺めるだけでなく、明治天皇や高崎正風がこの場所で何を感じたのか、思いを馳せてみると、その体験はより豊かなものになるはずです。歴史と自然が織りなす、この特別な場所の奥深さを感じられるのではないでしょうか😊
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🛳️🌊塩竈みなとまつり(後編)🛳️🌊
前編では、塩竈の夏を彩る「塩竈神社みなとまつり」船団で繰り広げられる勇壮な『海上渡御』についてご紹介させていただきました😊 後編では、まつりのクライマックスを飾る 神輿の表参道202段の石段昇御(お還り) についてご紹介したいと思います。
海上渡御を終えた神輿は、陸に上がりいよいよ塩竈神社の表参道へと向かいます。この表参道は、神社のシンボルともいえる 202段の急峻な石段で構成されており、普通に歩いて登りきるにも一苦労する道のりです💦 しかし、この日ばかりは担ぎ手の皆さんの気迫が違います。1トンもある神輿を、威勢の良い掛け声とともに、一段ずつ確実に運び上げていきます。石段脇の沿道に詰めかけた人々は、その一挙手一投足に声援を送り、中には感動のあまり涙ぐむ人の姿も見られます。(私も感動でウルウル🥺)
特に印象的なのは、神輿の担ぎ手と観衆との一体感です。担ぎ手は汗だく💦になりながらも、その表情には充実感と達成感が満ち溢れています。観衆は、彼らの労をねぎらうかのように拍手を送り、大きな声援で後押しします。この石段昇御は、単なる神事ではなく、塩竈の人々が代々受け継いできた信仰心と、祭りに懸ける情熱が凝縮された、生きた伝統の姿そのものです。子供から大人まで、誰もがこの光景を目の当たりにし、ふるさとの誇り、そして未来へと繋がる絆を再認識する瞬間と言えます。
そして、ついに神輿が202段の石段を登り切り、塩竈神社の境内にたどり着いた時、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれます👏 担ぎ手の皆さんの表情には、大きな達成感と安堵の表情が浮かび、観衆もまた、その壮絶な道のりを共に乗り越えたかのような感動を分かち合います。塩竈神社みなとまつりのクライマックス、神輿の石段昇御は、その勇壮さ、そして人々の情熱が織りなす感動的な情景として、訪れる人々の心に深く刻まれること間違いなしです✨
塩竈の夏の夜空に響き渡るお囃子の音とともに、来年への期待を抱かせながら、祭りの幕は閉じられました😊

🛳️🌊塩竈みなとまつり(前編)🛳️🌊
7月21日『塩竈みなとまつり』を訪れ、その壮大な海上渡御(かいじょうとぎょ)を間近で体験しました👏『日本三大船まつり』の一つに数えられるこの伝統的な祭りは、その歴史と文化の深さを感じさせる、まさに圧巻の光景でしたぁ💦💦
今回は、お供船に乗船させていただき、海上から、鹽竈さま(しおがまさま)と志波彦さま(しわひこさま)の神輿を乗せた御座船「鳳凰丸(ほうおうまる)」と「龍鳳丸(りゅうほうまる)」が、多くの供奉船(ぐぶせん)を従え、松島湾内を進む様子を見ることができました。きらびやかに飾られた御座船が波間を進む姿は、まるで絵巻物から飛び出してきたかのようで、神聖さと華やかさが一体となったその光景は、忘れられない感動を与えてくれます😊
◯塩竈みなとまつりの歴史と伝統
塩竈みなとまつりは、戦後の復興を願い、昭和23年(1948年)に始まりました。塩竈の海の恩恵と港の発展に感謝し、その繁栄を祈る祭りとして、今日まで大切に受け継がれています。この祭りの最大の見どころである海上渡御は、鹽竈神社の例大祭の一環として行われます。鹽竈神社は、古くから東北鎮護の神として信仰を集めてきた神社であり、その祭神である鹽土老翁神(しおつちおじのかみ)は、航海の安全や漁業の守護神として尊崇されています。
◯神輿巡行から海上渡御へ
海上渡御に先立ち、1トンある神輿は、塩竈神社の202段の急な石段を下り、塩竈市内を巡行します。これは「陸上渡御」と呼ばれ、神輿が塩竈の街中を練り歩き、市民の安全と繁栄を祈願します。
陸上渡御を終えた神輿は、塩竈港に設けられた特設の桟橋へと向かいます。そこで、大勢の観衆が見守る中、神聖な儀式のもと、『鳳凰丸(しおがまさま)』と「龍鳳丸(しわひこさま)」の二艘の御座船にそれぞれ慎重に乗せられます。この瞬間は祭りのハイライトの一つであり、陸から海へと神の座が移される厳かな光景は、多くの人々の心を打ちます。
神輿が御座船に乗せられると、いよいよ海上渡御が始まります。御座船は、色とりどりの大漁旗をなびかせた約百隻の供奉船を従え、松島湾内へと船出します。湾内を巡る間、海上には多くの観覧船も繰り出し、その壮大な光景を一目見ようと集まります。これは、神々が海を渡り、海からの恵みを授けてくださるという信仰に基づいています。陸と海、両方で神輿が渡御する祭りは全国的にも珍しく、塩竈みなとまつりならではの特色と言えます。また、御座船に続く供奉船の多くは、地元漁業関係者の方々の漁船が美しく飾り付けられたもので、これは地域の人々が一体となって祭りを盛り上げている証でもあります。海上を彩る船のパレードは、海の男たちの心意気と、塩竈の豊かな漁業文化を象徴するものでもあります。
塩竈みなとまつりは単なるお祭りではなく、塩竈の歴史、信仰、そして地域コミュニティの結びつきが凝縮された、生きた文化遺産なのです。来年もこの素晴らしい祭りに参加し、その感動を再び味わいたいと心から思いました😊
さて、祭りのもう一つのハイライトは、海上渡御を終え、陸に戻った約1トンもある神輿が、18時30分から鹽竈神社の表参道、その長い202段もの石段を威勢よく担ぎ上げてお戻りになる光景です✨この壮絶かつ感動的な瞬間については、次回の投稿で詳しくご紹介します。お楽しみに😊
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仙台で徹宵でのシステム切り替え対応があり、少し早めに東京を出て、
塩竃まで足を延ばし、志波彦神社・鹽竈神社をお参りしました。
雨が降ったり止んだりの不安定な天候で、止むと猛烈の少し手前くらいの日差しがあり、
「汗ばむ」を超えて汗だくだく状態になります。
神社に向かう道は登り坂で「おいおい…」と言いたくなるくらいに坂道が続きます。
やっとの思いで駐車場に。
平日なので混雑はしてませんが、結構広い!!
なので、沢山の参拝者がいても点在しているようにしか感じません。
志波彦神社、鹽竈神社の順でお参りしました。
鹽竈神社では、地元の高校生の4~5名がグループになり、鹽竈神社の
由緒や、見どころやなどを他のグループメンバーに説明するイベントを行っていて、気づかれない
ように後ろについて、お話しを拝聴しました。
【がんばれ!! 若い子達よ!!】


前回は塩釜市にある小室ケ崎稲荷神社に行ってお参りをしました
お次の目的地は私が仙台に行った時は欠かさず行っている志波彦神社・鹽竈神社です
去年はここで雨降りに遭ってしまいましたが、今年の旅では雨に降られたのはこの時は
東京にいた時だけなんて思っていたのですが・・・

塩釜市には魅力的な神社が多々ありますが、その多くを見て周ってしまうと時間的には
半日くらいでも足りないかんじでしょうかね。この時も御釜神社は時間的な都合で立ち寄る
ことは出来ませんでした

小室ケ崎稲荷神社から次にやって来たのは志波彦神社です
そういえば志波彦神社・鹽竈神社へのアプローチの方法は3種類ありますが、最後に体力を
残す意味でも私は毎年緩い坂道を利用しています

宮城県塩釜市にある神社です。
陸奥国一宮ということで 今回の旅では絶対にお参りしたい神社でした。
仙台駅近辺で昼食をとり 昨日と同様JR仙石線に乗りました。
40分ぐらいだったかな ほとんど松島の近くまで行きました。
昨日お参りできていればラッキーだったのですが 時間配分が下手くそでした。
本塩釜駅から歩いて10分かかりませんでした。親戚がガイドしてくれたので助かりました。
本殿までは 男坂と女坂の2通りの上がり方があるとのことでしたが おススメの女坂上り 男坂下りにしました。
こちら 鹽竈神社・志波彦神社の併記ですが 二社が同一境内に鎮座しています。
もともとは鹽竈神社があるこの地に志波彦神社が遷座してきました。
どちらも立派な社殿をおもちです。
まずは志波彦神社をお参り。
続いて鹽竈神社をお参り。
塩釜神社には 別宮もあり こちらでご祈祷が行われるそうです。
本殿は 向かって右に左宮 左に右宮があります。
向きが逆になっているのは 神様から見てということで 御所などと同じですね。
お参りがすんでから 帰りは男坂を通って。
いやぁすごい急な石段です。こちらを上るのはかなりきついでしょうね。良いコース取りでした。
奥州一宮をお参りできたことはとても嬉しかったです。
次のお参りのため 今度は仙石東北ラインの塩釜駅まで歩きました。こちらは約15分ほどでした。
ネット情報です。
鹽竈神社は 全国にある鹽竈(鹽竃・塩竈・塩竃・塩釜・塩釡)神社の総本社である。
武甕槌命・経津主神が東北を平定した際に両神を先導した塩土老翁神がこの地に留まり 現地の人々に製塩を教えたことに始まると伝えられる。
弘仁11年(820年)に撰進された『弘仁式』の『主税式』では「鹽竈神を祭る料壹萬束」と記載され これが正史における鹽竈神社の初見と言われている。
中世においては歴代の領主から崇敬された。
前九年の役および後三年の役を経て藤原清衡が陸奥押領使に任ぜられると 陸奥国の支配権は奥州藤原氏のものとなった。
鹽竈神社に対し奥州藤原氏が影響力と崇敬をよせていた。
また 奥州藤原氏が文治5年(1189年)に滅亡した後 鎌倉幕府の文書には「一宮塩竈社」の記述があり 鎌倉幕府から鹽竈神社が一宮と認識されていたことがわかる。
加えて 奥州下向の将兵に鹽竈以下の神領において狼藉をしないよう命令が出されていることからも 鎌倉幕府が鹽竈神社を重く見ていたことが覗える。
近世に入り仙台藩伊達家がよせた崇敬は特に厚く 伊達氏が当地を治めた江戸時代以降から明治時代に至るまで 歴代仙台藩主は「大神主」として祭事を司ると共に社領・太刀・神馬などを寄進した。
初代藩主政宗は岩出山から仙台に居城を移すと 領内寺社の整備に取り掛かる。
鹽竈神社へは元和5年(1619年)に社領24貫336文を寄進 慶長12年(1607年)に社殿造営を行った。
志波彦神社は冠川(七北田川の別名)河畔に降臨されたとする志波彦神を祭る神社である。
中世までの詳細な所在地は不明だが 東山道から多賀城へ通じる交通の要所で 軍事的にも岩切城などの重要な城がおかれた 宮城郡岩切村(現在の仙台市宮城野区岩切)の冠川左岸に位置していたと見られる。
中世以降は衰微して行く。
元禄8年の縁起によれば 社地は百姓の耕作によって侵され 天正年間には火災により神具や縁起などの資料を失い 延宝3年(1675年)の再建時には小さな社殿となって岩切村の牛頭天王社(現・八坂神社)に合祀された。
明治時代 (1871年)に国幣中社に列せられたことを機に大きな社殿を造営する機運が生じたが 現・八坂神社境内では社地が狭かったため鹽竈神社境内に遷宮した。

⭐️知られざるパワースポット②⭐️
『陸奥國一之宮 鹽竈神社』の境内社に『神龍社』があります。参拝者も素通りされる方々がほとんどなのですが、実は鹽竈神社自体が東北最強の龍神社とも言われています。
また、私の不思議体験(過去に投稿あり)も写真でご紹介したいと思います😊
鹽竈神社の神秘【龍穴に息づく力】
龍穴とは、陰陽道や古代道教、風水術において、繁栄するとされる土地のことです。龍脈が流れ込む先、つまり大地の気の流れが集中する場所とされています。また、龍穴は「龍の棲む処」や「大地の気が吹き上げる場所」とも表現されます。
鹽竈神社の龍穴は、具体的にどこを指すのかについてはいくつかの説がありますが、一般的には鹽竈神社の境内全体が強いエネルギーを持つ龍穴であるとも言われています。
この地が龍穴とされる理由は、その地形や自然環境にあると考えられます。背後に広がる緑豊かな山々、そして目の前に広がる雄大な海(塩竈湾)これらの自然の配置が、大地のエネルギーの流れを生み出し、境内に集めているのかもしれません。
訪れる人々は、この龍穴に立つことで、心身が清められ、活力が湧いてくるのを感じると言われています。鹽竈神社に参拝に上がった際には、神龍社へも参拝に上がっていただき、境内の静かな空気を感じながら、この龍穴に思いを巡らせてみてください。目には見えない大地のエネルギーが、皆さんに何かを感じさせてくれると思います😊

⭐️知られざるパワースポット①⭐️
『陸奥國一之宮 鹽竈神社』参拝に訪れた98%の方々が見逃しているであろう、知られざる神秘的なパワースポットをご紹介したいと思います😊
賑やかな鹽竈神社の参道から一歩奥へ足を踏み入れると、そこには別世界のような静寂が広がります。鹽竈神社と志波彦神社の間にひっそりと佇む祓場。そこからさらに奥へと続く道を進むと、まるで神域に迷い込んだかのような幽玄な雰囲気に包まれます💦
その奥に、鹽竈神社の別宮にもたれかかるように悠然と横たわる巨木こそ、地元の人々ですら知る人の少ない、秘かに語り継がれるパワースポット『いぼ神様』と呼ばれる大欅です。その姿は、単なる古木というにはあまりにも神秘的✨✨まるで龍神が臥しているかのような、圧倒的な存在感を放っています。
木の根元には、決して清らかとは言えない水が溜まっています。しかし、この水こそが『いぼ』に霊験あらたかと伝えられ、割り箸につけて塗るといぼが取れるという言い伝えがあるのです。見事!いぼが取れた際には、感謝の気持ちを込めて、倍の数の割り箸をお礼参りとして奉納するのが習わし。
観光客の喧騒とは無縁の静かで神聖な空気に満ちたこの場所ですが、かつては鹽竈神社の本来の斎場であったのかもしれません。自然の神秘に神を感じた古代の人々の息吹が今もこの杜には息づいているようです。
鹽竈神社の歴史は古く、奥州藤原氏や鎌倉幕府、そして仙台藩伊達家といった有力者たちの篤い崇敬を受けてきました。しかし、この大欅の存在は、そうした歴史の表舞台とは異なる、より根源的な信仰の形を今に伝えている気がします。喧騒を離れ、静かに自然の力を感じたい。そう願うならば、ぜひ鹽竈神社の知られざるパワースポット、この神秘的な『大欅(いぼ神様)』を訪れてみてください。忘れかけていた何かを感じ取ることができるかもしれません😊
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