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はやまじんじゃ

早馬神社
公式宮城県 気仙沼駅

開門時間:6:00~17:00
授与所・御朱印:9:00~16:30

氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について
御朱印
あり

右には梶原氏の家紋「丸に並び矢」と伊達家の家紋「九曜紋」が、左には左馬(ひだりうま)が配されています。

限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり

■お書き入れ
 ・通常御朱印

■書き置きのみ
 ・季節限定御朱印 
 ・梶原景時公武将印

郵送対応
-
ありません
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり 40台(無料)

ご利益

早馬神社について

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の1人である梶原景時公ゆかりの早馬神社。梶原景時公の兄である梶原景実(専光房)により創建され、以来、連綿と梶原氏直系子孫が宮司を務めています。

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歴史

建保5年(1217年)、鎌倉若宮(鶴岡八幡宮)の臨時別当であった梶原景実《かじわらかげざね…鎌倉武将 梶原景時公の兄》は、源頼朝公の死亡、梶原一族の没落、又、和田氏、畠山氏が滅んで行くのを見て、世を憂い鎌倉を離れ、蝦夷千島を目指して下り、その途中である藤原高衡ゆかりの本吉荘、気仙沼市唐桑町石浜にたどりつきました。            
 家の脇に社を建て、源頼朝公《鎌倉幕府初代将軍》、梶原景時公《頼朝公の一の郎党(家来)・鎌倉幕府十三人の合議制の一人》、梶原景季公《かげすえ…景時公の子》の御影を安置し、一族の冥福を祈り梶原神社を建立しました。             
 2年後、一族の梶原景茂 《かげもち…梶原景時公の3男》の子である大和守景永(やまとのかみ けいえい)は、景実の所在を尋ねこの地に至り、景実の猶子(ゆうし)となりました。景永は神職となり、景実と共に早馬山頂に早馬神社(奥宮)を建立しました。以来、連綿と梶原氏直系子孫が宮司を務めております。
 石浜の里宮・居宅は慶長16年(1611年)の慶長三陸地震の大津波により流失し、明戸へ移った後、約350年前に現拝殿が鎮座する宿浦へ遷座しました。
 中世には本山派修験として『良厳院』(りょうごいん)の院号を授かり、仙台藩時代には伊達家の祈祷師として仕え、九曜紋を授かりました。

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早馬神社の基本情報

住所宮城県気仙沼市唐桑町宿浦75
行き方

三陸自動車道唐桑半島ICから約10分

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名称早馬神社
読み方はやまじんじゃ
通称早馬さん
参拝時間

開門時間:6:00~17:00
授与所・御朱印:9:00~16:30

参拝にかかる時間

20分

参拝料

なし

トイレあり 2ケ所
御朱印あり

右には梶原氏の家紋「丸に並び矢」と伊達家の家紋「九曜紋」が、左には左馬(ひだりうま)が配されています。

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり

■お書き入れ
 ・通常御朱印

■書き置きのみ
 ・季節限定御朱印 
 ・梶原景時公武将印

御朱印の郵送対応なし

御朱印帳あり
電話番号0226-32-2321
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスhayama@jinja.jp
ホームページhttps://hayama.jinja.jp
おみくじあり
お守りあり
絵馬あり
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詳細情報

ご祭神《主》倉稲魂命
創建時代1217年
創始者梶原景実(専光房良暹)
ご由緒

建保5年(1217年)、鎌倉若宮(鶴岡八幡宮)の臨時別当であった梶原景実《かじわらかげざね…鎌倉武将 梶原景時公の兄》は、源頼朝公の死亡、梶原一族の没落、又、和田氏、畠山氏が滅んで行くのを見て、世を憂い鎌倉を離れ、蝦夷千島を目指して下り、その途中である藤原高衡ゆかりの本吉荘、気仙沼市唐桑町石浜にたどりつきました。            
 家の脇に社を建て、源頼朝公《鎌倉幕府初代将軍》、梶原景時公《頼朝公の一の郎党(家来)・鎌倉幕府十三人の合議制の一人》、梶原景季公《かげすえ…景時公の子》の御影を安置し、一族の冥福を祈り梶原神社を建立しました。             
 2年後、一族の梶原景茂 《かげもち…梶原景時公の3男》の子である大和守景永(やまとのかみ けいえい)は、景実の所在を尋ねこの地に至り、景実の猶子(ゆうし)となりました。景永は神職となり、景実と共に早馬山頂に早馬神社(奥宮)を建立しました。以来、連綿と梶原氏直系子孫が宮司を務めております。
 石浜の里宮・居宅は慶長16年(1611年)の慶長三陸地震の大津波により流失し、明戸へ移った後、約350年前に現拝殿が鎮座する宿浦へ遷座しました。
 中世には本山派修験として『良厳院』(りょうごいん)の院号を授かり、仙台藩時代には伊達家の祈祷師として仕え、九曜紋を授かりました。

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Wikipediaからの引用

概要
早馬神社(はやまじんじゃ)は、宮城県気仙沼市唐桑町宿地区にある神社である。鎌倉幕府御家人梶原景時の兄、梶原景実(専光房良暹)が創建、代々梶原氏が祭祀を司る。
歴史
歴史[編集] 建保5年(1217年)、鶴岡八幡宮の臨時別当であった梶原景実(専光房良暹)は、源頼朝の死去、それを追うかのような梶原一族の没落、また和田氏、畠山氏が滅んでいくのを見て、世を憂い鎌倉を離れ、蝦夷千島を目指して下り、藤原高衡(本吉四郎高衡)ゆかりの地である石浜(気仙沼市唐桑町)にたどり着いた。家の脇に社を建て、源頼朝、梶原景時、梶原景季の御影を安置し、一族の冥福を祈り梶原神社を建立した。 2年後、一族の梶原景茂(景時の三男)の子である大和守景永(やまとのかみ けいえい)は、景実の所在を尋ねこの地に至り、景実の猶子となった。景永は神職となり、景実と共に早馬山頂に早馬神社を建立し、...Wikipediaで続きを読む
引用元情報早馬神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%97%A9%E9%A6%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=99440218

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