くらまでら|鞍馬弘教|鞍馬山
鞍馬寺京都府 鞍馬駅
9:00 ~ 16:30
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楽しみ方鞍馬寺の御朱印は1種類です。


京都市左京区にあるお寺です。
諸先輩方の投稿を拝見して 気になっていたのですが ようやくお参りできました。
あまりに暑すぎるので 車+ケーブルカー=少しだけ楽 歩いている方に申し訳ない。
山号は鞍馬山
宗旨宗派は鞍馬弘教
寺格は総本山
ご本尊は尊天(毘沙門天王・千手観世音菩薩・護法魔王尊)
です。
開山が鑑真の高弟・鑑禎(がんてい)ということで とても歴史のあるお寺です。
鞍馬寺は何度か焼失し衰退したことがありますが その度に復興されています。
鎌倉時代には青蓮院の末寺となったり 江戸時代には青蓮院の他 日光輪王寺の末寺ともなった歴史があります。
昭和期には 信楽香雲が鞍馬弘教を開宗し 1949年には天台宗から独立して鞍馬弘教の総本山となりました。
京都の奥にある鞍馬山は山岳信仰 山伏による密教も盛んでした。
そのため山の精霊である天狗もまた鞍馬に住むと言われます。
鞍馬に住む大天狗は僧正坊と呼ばれる最高位のもので 鞍馬山は天狗にとって最高位の山のひとつであるとされます。
源義経が修行をしたことでも知られ 牛若丸の守り本尊が川上地蔵堂に祀られていたり 供養塔が建てられたれたりしています。
思っていたより外国の方が多かったので驚きでした。
往復する自信がなく 奥の院へはお参りできませんでした。
由岐神社さんへもお参りすべく 下りは徒歩にしました。
人は少なめでしたが 見どころはたくさんありました。

『鞍馬蓋寺縁起』によれば、奈良時代末期の宝亀元年(770) 奈良・唐招提寺の鑑真和上(688~763年)の高弟・鑑禎上人は、正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山、鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられ、毘沙門天を祀る草庵を結びました。桓武天皇が長岡京から平安京に遷都してから2年後の延暦15年 (796) 造東寺長官、藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を念願し、夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には、鑑禎上人の草庵があって毘沙門天が安置されていました。そこで、「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえ、毘沙門天を奉安、 後に千手観音を造像して併せ祀りました。
| 住所 | 京都府京都市左京区鞍馬本町1074 |
|---|---|
| 行き方 | 叡山電鉄鞍馬船「鞍馬駅」より徒歩 |
| 名称 | 鞍馬寺 |
|---|---|
| 読み方 | くらまでら |
| 参拝時間 | 9:00 ~ 16:30 |
| 参拝料 | 愛山費:300円、霊宝殿200円 |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-741-2003 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.kuramadera.or.jp/ |
| 絵馬 | あり |
| ご本尊 | 尊天(千手観音菩薩,毘沙門天王,護法魔王尊) |
|---|---|
| 山号 | 鞍馬山 |
| 宗旨・宗派 | 鞍馬弘教 |
| 創建時代 | 宝亀元年(770) |
| 開山・開基 | 鑑禎上人 |
| 文化財 | 毘沙門天三尊立像(国宝)
|
| ご由緒 | 『鞍馬蓋寺縁起』によれば、奈良時代末期の宝亀元年(770) 奈良・唐招提寺の鑑真和上(688~763年)の高弟・鑑禎上人は、正月4日寅の夜の夢告と白馬の導きで鞍馬山に登山、鬼女に襲われたところを毘沙門天に助けられ、毘沙門天を祀る草庵を結びました。桓武天皇が長岡京から平安京に遷都してから2年後の延暦15年 (796) 造東寺長官、藤原伊勢人が観世音を奉安する一宇の建立を念願し、夢告と白馬の援けを得て登った鞍馬山には、鑑禎上人の草庵があって毘沙門天が安置されていました。そこで、「毘沙門天も観世音も根本は一体のものである」という夢告が再びあったので、伽藍をととのえ、毘沙門天を奉安、 後に千手観音を造像して併せ祀りました。 |
| ご利益 | |
| 体験 |
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