御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※飛行神社ではいただけません

ひこうじんじゃ

飛行神社

京都府 石清水八幡宮駅

午前9時から午後4時半

投稿する
075-982-2359

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

社務所地下に3台分の(無料)スペースがございます。
※満車あるいは車高2m以上の車は近隣の駐車場又はコインパーキング等をご利用ください。

ご利益

飛行神社について

飛行機のための神社!?


1915年、飛行機製作者の二宮忠八が自邸に創建した神社がはじまり。空飛ぶ「天磐船」に乗ったという饒速日命を大阪の磐船神社より分霊し、航空業界ゆかりの神社となっています。

おすすめの投稿

まな
2020年05月25日(月)
39投稿

【異色の神社に日本精神の極限を見た】
 古代ギリシャ神殿を模した拝殿を擁し、ジェット機エンジンを展示する異色の神社です。

 しかし、実はこの神社は、日本の精神の可能性が極限まで顕現した神社といえるのではないかと思いました。私はこの神社に参拝して、あらためて日本の精神に感動しました。
 もし、外国人に、日本そして日本人の精神についてプレゼンテーションすることになったとき、一つだけ神社を引き合いに出すことが出来るのであれば、私はこの神社を選ぶかもしれません。
 
 京都府八幡市に鎮座するここ飛行神社は、主祭神として饒速日命(にぎはやひのみこと)を祀り、また薬祖神、そして航空殉難者の霊・航空業功績者を祀る神社です。
 本社は、日本で最初に飛行原理を発見・研究した二宮忠八によって大正4年(1915年)に創建されました。
 彼がどのような生涯を送り、どのような思いでこの神社を創建したかを知ることで、日本の精神を知ることが出来ると思います。

 以下、しばらく二宮忠八の生涯についてお話しします。
 
[少年期]
 慶応2年(1866年)、愛媛県八幡浜市の商人の家に生まれた忠八は、12歳のときに父を亡くし、貧しい家庭を助けるために薬屋などで働き始めました。そのかたわら、彼は物理学や化学に強い興味を抱き、専門書を読み耽り、ときには測量師の手伝いもしていました。そこで得た知見をもとに、彼は自ら凧を考案して作り売ることを始めました。彼の作る独創的で奇抜な凧は評判を呼び、「忠八凧」と呼ばれたそうです。

[青年期]
 明治20年(1887年)、忠八は薬屋で働いていた経験を見込まれ、丸亀の歩兵隊付の看護卒として入隊します。
 明治22年(1889年)、演習の休憩中、彼が昼食をとっていると、残飯を求めて飛ぶ鳥たちが谷を横切りました。彼はその時、羽をはばたかせずに滑空しているカラスの姿に興味を抱き、観察を始めます。このカラスの観察が彼の飛行原理の発見の足掛かりとなったのです。
 研究を重ね、忠八は明治24年(1891年)、ゴム動力を使った「カラス型飛行器」を作成し飛行に成功。
 また、次は明治26年(1893年)に、人が乗ることのできる「玉虫型飛行器」を考案します。しかし制作実験に入ろうとする矢先、日清戦争が勃発。軍用機として自身の考案した飛行器が役に立つであろうと考えた忠八は、設計図を上申書に添え軍に研究開発を願い出ましたが、取り合ってもらえませんでした。
 軍の援助が得られなった忠八は、自力で飛行器開発の資金を調達するため、大阪製薬株式会社に入社します。上質な薬を開発した彼の業績は目覚ましく、最終的に支社長にまで昇進しています。

[壮年期]
 明治33年(1900年)、やっと資金的な目処が立ったため、飛行器開発のための土地を求めていた忠八は、生まれ故郷である八幡浜市と似た名前であることから京都の八幡に惹かれ、そこに工作所を建て移り住み、飛行器の開発に着手しました。
 しかしその矢先、明治36年アメリカのライト兄弟が飛行に成功したという情報が彼の元に届きます。世界初の有人動力飛行という快挙を逃した忠八は大いに嘆き、彼は飛行器の開発を断念することにしたのです。
 もし明治26年、日本軍が忠八の飛行器開発を援助していたら、ライト兄弟ではなく彼が「世界で初めて飛行機を作った人」になっていたかもしれないのです。
 ようやく大正の時代になってから、忠八の研究は軍部より評価されるようになり、彼は多くの表彰や叙勲を受けることになったのです。

[老年期]
 飛行機の時代が到来すると、航空産業の発展のかたわら、世界中で飛行機事故による犠牲者が多く見られるようになりました。それを知った忠八は、同じ大空を志した人間としてこれを見逃すことは出来ないと、その霊を慰めるために私財を投じて大正4年(1915年)に飛行神社を創建し、自身が神職となり、航空安全と航空事業の安全を祈願するようになったのです。

 
 以上をふまえた上で、冒頭に述べた通り、私はこの飛行神社が、日本そして日本人の精神の可能性が極限まで顕現した神社であると考えています。その精神は次のようなものです。
 

[①自己中心的な考えから離れた他者への思いやり、優しさ] 
 飛行機発明以来、航空事故が多発するようになったことに心を痛めた忠八は、事故犠牲者の慰霊が飛行機開発に携わった者としての責任だと感じ、私財を投じてこの神社を創建しました。
 彼はもともと飛行機開発のために精勤し財産を蓄えていたのでしたが、上記の通り、不運にもその使途を絶たれることとなりました。しかし、彼は、その当初の目的には資することのできなくなった私財を、利己的な目的には使わず、飛行機事故犠牲者の慰霊、しかも日本のみならず世界中の飛行機事故犠牲者の慰霊のために使ったのです。
 この忠八の行動に、自己中心的な考えから離れた他者への思いやり、優しさという、日本の精神を感じます。
 

[②死者への敬意、感謝]
 飛行機事故犠牲者は、飛行機、そして航空業界の発展に殉じた英霊であり、彼らの犠牲無しに、飛行機の恩恵に与る今の私たちの便利で豊かな暮らしは実現し得なかったのです。忠八は犠牲者の霊を神として祀ることで、彼らへの敬意と感謝を表したのです。この忠八の行動に、死者への敬意、感謝という、日本の精神を感じます。
 

[③寛容性・多元性]
 世界の航空産業の発展を願い、また航空事故犠牲者の慰霊を主眼とすることから、世界各国の人にお参りしてもらえるために、神社であるにもかかわらず、本社の拝殿は洋風の建築を擁しています。一方で、本殿は、伝統的な神社の建築様式である流造なのです。また、天磐船(あまのいわふね)に乗り天下りしたという神話に重ね合わせることで、主祭神である饒速日命は、現代文明の利器である飛行機の神様として祀られます。この東西・新旧を折衷をし、付会する本社の姿勢に、寛容性・多元性という日本の精神を感じます。

 
殉難者そして先覚者への感謝の気持ちを込めて、
また航空業界の復興への願いを込めてお詣りしてきました。二拍手をすると、涙がこぼれました。
 
 

 

飛行神社の本殿

古代ギリシャ神殿を模した拝殿

飛行神社の鳥居

ステンレス製の鳥居

飛行神社の建物その他

ジェット機エンジン

飛行神社の歴史飛行神社の手水

プロペラを模した神紋

飛行神社の建物その他

零式の機首部

飛行神社の歴史

由緒

もっと読む
オリエント伯爵
2021年08月18日(水)
789投稿

御朱印アルバム Album of "Red Ink Stamps"
https://orientearl.com/

飛行神社さんより、御朱印をいただきました。

また、サイトに「御朱印Diary」のページを新設しました。
続いて、サイトに「御朱印Movie」のページも新設しました。
一人でも多くの方に、サイトを訪れてほしく思っております。
ぜひ、サイトもご覧ください♪♪♪

複数の御朱印をいただいても、一度の投稿では1体のみの投稿といたします。
過去の御朱印や、他にいただいた御朱印に興味と関心のある方は、ぜひ、オリエント伯爵のサイトをご覧ください。装飾や文章は省き、アルバム形式で御朱印を掲載しています。

オリエント伯爵

飛行神社の御朱印
もっと読む
投稿をもっと見る(29件)

歴史

飛行神社を創建したのは、明治24年4月29日香川県丸亀の歩兵第12聯隊練兵場に於いて、日本人として最初のゴム動力によるカラス型飛行器の飛行に成功した愛媛県ハ幡浜出身の二宮忠八です
大正4年に八幡(現在地)の自邸内に私財を投じて飛行神社を創建し、航空安全と航空事業の発展を祈願したのが当神社の起こりである。
 現在の社殿、拝殿、資料館は平成元年飛行原理発見100周年を記念して、二宮忠八翁の次男二宮顕次郎によって建てかえられた。

歴史をもっと見る|
6

飛行神社の基本情報

住所京都府八幡市八幡土井44
行き方

京阪石清水八幡宮駅より南東へ徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称飛行神社
読み方ひこうじんじゃ
参拝時間

午前9時から午後4時半

参拝料

飛行神社資料館   開館時間 午前9時~午後4時(最終受付 午後3時45分)   拝観初穂料 大人           300円 団体(20名以上)    250円 学生(小・中・高生)   200円 団体(20名以上)    150円

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号075-982-2359
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://hikoujinjya.kyoto.jp/
SNS

詳細情報

ご祭神饒速日命
航空殉難者の霊・航空業功績者
薬祖神・金毘羅・白龍神
創建時代1915年(大正18年)
創始者二宮忠八
本殿流造
ご由緒

飛行神社を創建したのは、明治24年4月29日香川県丸亀の歩兵第12聯隊練兵場に於いて、日本人として最初のゴム動力によるカラス型飛行器の飛行に成功した愛媛県ハ幡浜出身の二宮忠八です
大正4年に八幡(現在地)の自邸内に私財を投じて飛行神社を創建し、航空安全と航空事業の発展を祈願したのが当神社の起こりである。
 現在の社殿、拝殿、資料館は平成元年飛行原理発見100周年を記念して、二宮忠八翁の次男二宮顕次郎によって建てかえられた。

体験おみくじ絵馬七五三御朱印お守り花手水

Wikipediaからの引用

概要
飛行神社(ひこうじんじゃ)は京都府八幡市にある神社。飛行機の神饒速日命と航空事故の犠牲者などを祀る。ギリシャ風の拝殿を持っている。日本で最初に飛行原理を研究した二宮忠八が創建した。
アクセス
交通[編集] 京阪電鉄の石清水八幡宮駅から徒歩4分
行事
祭礼[編集] 1月1日:歳旦祭 4月29日:例祭 航空事故殉難者・遭難者・航空業界物故者を合祀する。飛行機からの参拝も実施される。 9月20日:空の日
引用元情報飛行神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=86718551

この神社の神主様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の神社の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
名鉄御朱印めぐりオリジナル御朱印帳発売中