あまなわしんめいじんじゃ(あまなわしんめいぐう)
甘縄神明神社(甘縄神明宮)神奈川県 長谷駅
いつでも参拝可能です。
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方・ 鎌倉最古とされる神社です。
・ 管理元神社は、「大町 八雲神社」鎌倉市大町1-11-20 です。
・ 昭和7年に「甘縄神明神社」と改称されました。
神奈川県神社庁Webサイトでは改称経緯が書かれていますが、
神社庁でのタイトル表示は定着した通称 ” 甘縄神明宮 ” で
流通している地図や紹介記事でも通称 ” 甘縄神明宮 ” が多いです。

甘縄神明神社へ参拝🙏
祭神は天照大神。710年行基が草創し、豪族の染屋時忠が建立した、鎌倉で一番古い神社といわれており、長谷の鎮守です。このことから、前に海、後ろは山という長谷あたりが、鎌倉では早くから開けたところだと考えられます。甘縄の「甘」は海女のこと、「縄」は漁をする時の縄の意味だろうという説もあります。源頼義がこの神社に祈願をして、義家が生まれたと伝えられており、後に義家が社殿を修復し、頼朝も社殿を修理し荒垣や鳥居を建てたといわれており、源氏と関係の深い神社だったと考えられています。また、北条政子や源朝、実朝も参詣したと伝えられています。石段の下には、北条時宗が産湯につかったといわれる、「北条時宗公産湯の井」があります。社殿は石段を上った高台にあり、拝殿を背に由比ガ浜と長谷の町が一望できます。拝殿とその奥に本殿があり、拝殿の屋根は青銅で美しく、「かつお木」という鰹節のような木が5本あり、「千木」という交差して空に突き出た木がついています。境内には五社明神と、拝殿右の苔むした階段を上ると、秋葉社という社があります。境内にある大きなタブの木は「鎌倉と三浦半島古木・名木50選」に指定されています。近くには川端康成の邸宅があり、小説「山の音」に登場する神社として描かれていることでも知られています。9月初旬の例大祭は、神輿や山車が出て賑わい、縁日も開かれます。長谷の人々が大切に守り続けている行事です。
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< 神奈川県神社庁Webサイトからの引用
_ https://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=396&cd=1205009 >
.
和銅三年(七一〇)八月行基の草創により
染谷太郎時忠が山上に神明宮、麓に神輿山円徳寺を建立、
後に寺号を甘縄院と名付けたことに始まるという。
また源頼義公が当社に祈願して八幡太郎義家を当地に生み、
康平六年(一〇六三)には当社を修復、
永保元年(一〇八一)には八幡太郎義家公が当社を修復したという。
「吾妻鏡」によれば、伊勢別宮として源頼朝公が崇敬し、
文治三年(一一八六)十月、社殿を修理し、四面に荒垣及び鳥居を建てている。
また建久五年(一一九四)までに頼朝公は三度、政子の方は二度、
実朝公は一度参詣している。
「相模風土記」には「神明宮、里俗甘縄明神と唱う」「別当臨済宗甘縄院」とある。
明治維新の神仏分離により、
別当甘縄院は廃絶し、神明宮は明治六年村社に列格された。
明治二十年五月、五社明神社を合祀し、明治四十年四月神饌幣帛料供進神社に指定された。
昭和七年社号を甘縄神明神社と改称した。
常には里人慣習で甘縄神明社宮と呼称している。
| 住所 | 神奈川県鎌倉市長谷1-12-1 |
|---|---|
| 行き方 | ・ (例えば、JR横須賀線「鎌倉駅」から)江ノ電にて「長谷駅」下車、徒歩約6分。
|
| 名称 | 甘縄神明神社(甘縄神明宮) |
|---|---|
| 読み方 | あまなわしんめいじんじゃ(あまなわしんめいぐう) |
| 通称 | 神明様 |
| 参拝時間 | いつでも参拝可能です。 |
| 参拝にかかる時間 | 15分ほど |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし(ヒント:長谷地区ではトイレに不自由するが、余裕があれば「長谷寺」の外トイレ借用が可能。) |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 0467-22-3347(ただし、管理元神社「大町 八雲神社」鎌倉市大町1-11-20 の電話番号) お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ご祭神 | 主祭神:天照大御神
. 配祀神:倉稲魂命、 伊邪那美命、 武甕槌命、 菅原道真 |
|---|---|
| 創建時代 | 和銅三年(710) |
| 創始者 | 伝、草創:行基、 創建:染谷太郎時忠 |
| ご由緒 | < 神奈川県神社庁Webサイトからの引用
また源頼義公が当社に祈願して八幡太郎義家を当地に生み、
「吾妻鏡」によれば、伊勢別宮として源頼朝公が崇敬し、
「相模風土記」には「神明宮、里俗甘縄明神と唱う」「別当臨済宗甘縄院」とある。 明治維新の神仏分離により、
昭和七年社号を甘縄神明神社と改称した。
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