ちとせじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方千歳神社のお参りの記録一覧
絞り込み





久しぶりに千歳神社を参拝しました。
千歳神社を参拝したのは、平成21年(2009年)の千歳JAL国際マラソンに参加したとき以来です。
この前年から御朱印をいただくようになっていたので、大会前日に参拝して御朱印をいただきました。
ところがその後はタイミングが合わなかったり御朱印帳の持参を忘れたりし、だんだん「御朱印熱」が覚めてしまいます。
平成28年に増毛厳島神社の御朱印をいただくまで、7年の空白が生じることとなりました。
そんな12年前の参拝のこと、もうすっかり忘れています。
実質的には初めて参拝したようなものです。
社務所前の駐車場に車を置き、石段を上って拝殿に向かいます。
途中には狛狐の姿がありました。
神社の由緒を確認すると、万治元年(1658年)に弁天堂が建立されたのち、享和3年(1803年)に京都伏見より稲荷大明神を勧請したとありました。
そのご縁なのでしょうか。
道内の地方の神社には珍しい神門を通っていくと、茅の輪が設置されていました。
今年はコロナ禍のため、夏越大祓は一般の参列を取りやめて神職のみで斎行するということです。
そのためでしょうか、まだ夏越大祓まで半月ちょっとありますが、この日から茅の輪を設置して、茅の輪くぐりをできるようになっていました。
茅の輪くぐりをしたのち、拝殿に進んで参拝をしました。
参拝後、授与所に行って御朱印を拝受しました。
御朱印はコロナ感染対策のため書置きでしたが、さらに可愛い手作りの栞を拝受しました。
それから夏越大祓のために人形を納めました。
そして夏越大祓神符と茅の輪守りを拝受しました。
最後に社務所の横にある幸井の水に行きました。
こちらの水を飲み、コロナウイルスに負けないよう体に力をつけて、千歳神社を後にしました。

前回行きそびれた摂末社の山神社目当ての参拝です。鳥を見に林東公園に行く友人にくっついて行き、帰りに一人で寄ろう、と思っていたら、友人が隣の青葉公園内を歩きたいと言うので、思いがけず2人で徒歩で向かうことになりました。
神社から林東公園に戻って来たら、着いた時は待ってもなかなか現れなかった鳥がわらわらと。往復1時間歩いてお参りに行ったご褒美かな?と思いながら堪能させていただきました。

3キロコースの半分を往復。看板のある大木も四つ確認したり、エゾリスが一目散にこちらに駆けてくるのに出会ったり、公園も神社山の一部と言えるのかな?を散策させていただきました。

せっかくならと友人が写真を撮ってくれたので、神様の前でちょっと緊張して直立不動気味(笑)

今日は初めてのタイプのお仕事を千歳でいただき、せっかくならば御神水もいただきに朔日詣してきました。
社務所の立派さに見惚れながら、まずは石段を登って参拝。下に戻ってきて御朱印をいただこうと授与所に近づいたら、冠をつけた神主さんが横の玄関から出てきて「車は向こうにつけてください。」私「?」。どうやら車祓いの方と間違えられたようです。お水をいただいて帰る時に丁度お祓いが始まってました。車祓所の祠?(後に鹿島香取神社であることを知りました。失礼しました)があるのは石段を登る前に気付いてましたが、どうりで、神職の方が幣を置いたりして準備しているのを目撃した訳です。
実は今日は誕生日でした。仕事の出来も満足いくものだったし、旧暦の元旦も重なって、新たな一年のいいスタートが切れました。








万治元年(1658年)弁財天小社が建立される。
享和3年(1803年)弁財天小社の傍に伏見稲荷より勧請をうけ「思古津稲荷大明神」が建立される。
二年後の文化2年(1805年)シコツは「死骨」に通じて縁起が悪いとして、この地に生息していた丹頂鶴から「鶴は千年、亀は万年」という事で「千歳」という地名に変わる。
明治における神仏分離令を避けるため、弁財天社を厳島社とし、祭神が弁財天から伊智伎志摩比売命(市杵島姫命)とされる。
大正6年(1917年)思古津稲荷神社より千歳神社へ改称、この際に主祭神が稲荷大神から豊宇気比売大神となったと思われる(大気都比売神、保食神とおなじく稲荷大神も豊宇気比売大神と同一神という見解もある)
境内にエゾリスやゴジュウカラが居てめんこかったです。
もっと読む最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


























































