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おおすかんのん (きたのさんしんぷくじほうしょいん)|真言宗智山派北野山

大須観音 (北野山真福寺宝生院)

愛知県 大須観音駅

投稿する
052-231-6525

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(4種類)

大須観音では「大須観音」「不動明王」、「布袋尊」、「弘法大師」の4種類の御朱印をいただけます。

大須観音の御朱印


300円

真ん中に梵字、大悲殿と書かれ、右上に真言宗智山派別格本山の印、真ん中に梵字の印、左下に大須観音寶生殷の殷が押されています。
大須観音は浅草観音(東京都)と津観音(三重県津市)とともに、日本三大観音といわれています。

不動尊の御朱印

300円

真ん中に梵字、不動尊と書かれ、右上と左上に「東海三十六不動尊恋情第十番」の印、真ん中に梵字の印、左下に大須観音寶生殷の殷が押されています。

布袋尊の御朱印


300円

真ん中に布袋尊、左に大須観音と書かれ、右上に「なごや七福神 布袋尊霊場」の印、真ん中に諸縁吉祥の文字が入った扇形の印、左下に大須観音寶生殷の殷が押されています。
扇は布袋様の持ち物です。
諸縁吉祥とは色々な願いがうまくいくこと。

弘法大師の御朱印

300円

真ん中に本尊聖観世音菩薩、左に弘法大師、大須観音寳生院と書かれ、右上に「尾張三十三観音廿一大師第一番札所」の印、真ん中に梵字の印、左下に大須観音寶生殷の殷が押されています。

御朱印帳

大須観音の御朱印帳

1,500円
18×12cm

紺色の地に、表面の左には朱印帳の文字が入り、本堂と仁王門が描かれ、裏面の右上に大須観音の文字が入り、境内と鳩と参拝者が描かれています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本堂の横にある御朱印所でお受けできます。御朱印所が無人の場合は本堂の横にある階段を降りた寺務所ででお受けできます。

御朱印の受付時間は9時~17時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり

真ん中に梵字、大悲殿と書かれ、右上に真言宗智山派別格本山の印、真ん中に梵字の印、左下に社印が押されています。
不動明王、布袋尊、弘法大師の御朱印もいただけます。
社殿が描かれた御朱印帳があります。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

近隣にコインパーキング・民間駐車場あり。

巡礼

東海三十六不動尊霊場
日本三大観音
東海三十六不動尊 第10番
尾張三十三観音 第1番
なごや七福神 布袋尊
名古屋廿一大師 第1番
大名古屋十二支(統括)

ご利益

大須観音 (北野山真福寺宝生院)について

ラクダブーム到来!?
文政4年(1826)オランダから渡来したラクダが大須観音に見せ物としてお目見えした。当時、異国の動物には不思議な力があると考えられていたようで、ラクダの絵が疱瘡や麻疹に効くともてはやされたほか、夫婦仲がむつまじいラクダを一度見れば家が繁栄するといわれるなど、空前のラクダブームが巻き起こった。
また、医療用の摩擦起電器「エレキテル」の見せ物電気ショックを初体験。江戸時代の大須観音は刺激満載の寺院だった。
(名古屋時代MAPより)

名古屋・大須のシンボル的な存在です。
「なごや七福神」の布袋尊(ほていそん)霊場です。

おすすめの投稿

惣一郎
2022年02月06日(日)
1058投稿

【愛知県 人気寺社仏閣巡り】

大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派の寺院。山号は北野山、寺号は真福寺、院号は寶生院(ほうしょういん)、宗教法人公称は「宝生院」。日本三大観音の一つと言われる。

当院は、建久年間(1190年~1199年)に尾張国中島郡長庄大須(現・岐阜県羽島市桑原町大須)に建立された中島観音が発祥とされる。1324年に後醍醐天皇によりその地に北野天満宮が創建され、1333年に同社の別当寺として真福寺と、その塔頭・宝生院が創建され、摂津国の四天王寺の観世音菩薩を移して本尊としたとされる。のちに後村上天皇により伽藍が建立され勅願寺となり、3代目住職の任瑜法親王の時には寺領1万石、伊勢・美濃・尾張・三河・遠江・信濃6か国の真言宗寺院を末寺とした。戦国時代には、織田信長から寺領500石が寄進された。
江戸時代に入り、1612年に徳川家康の命を受けた犬山城主・成瀬正成が宝生院を大須郷から現在地に移転した。1815年には五重塔が建立され、本堂、仁王門とともに伽藍を形成したが、明治時代の1892年に大火で焼失、その後再建するも、昭和戦前の米軍による名古屋大空襲で2度目の焼失。戦後すぐの再建が期待されたが資金難で遅れ、1970年に鉄筋コンクリート造りで再建された。

当院は、名古屋市営地下鉄鶴舞線・大須観音駅の南東50mちょっとの市街地にある。境内の西側に国道22号線(伏見通り)が南北に延び、東側にはアーケード屋根付き商店街の大須観音通りと大須仁王門通りが伸びる。境内は都会の寺院にしては相当広い方で、なんといっても中心には非常に大きな本殿が構えているのが特徴。本堂は大きな階段を登った上にあって、いかにも大きな寺院に参拝したという感覚を味わえる。

今回は、旅行情報サイト「じゃらん」で、愛知県で人気のある寺社仏閣として参拝することに。参拝時は平日の午前中で、8:00過ぎに到着したが、お寺の方に寺務所の開始が9:00と言われ、1時間ゆっくり見て廻った。さすがに平日の早朝ということで、参拝者はまばらだった。

※旅行情報サイト「じゃらん」での、愛知県で人気のある寺社仏閣ランキングは、①熱田神宮、②豊川稲荷、③大須観音の順。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の山門

境内南端東寄り入口にある<仁王門>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の山門

<寺号標>は仁王門の右側、少し離れたところにある。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の像

仁王門左側の<吽形仁王像>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の像

仁王門右側の<阿形仁王像>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

仁王門をくぐった所から<本堂>を望む。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の手水

仁王門をくぐって、すぐ右側にある<手水舎(浄水)>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

手水舎の左隣にある<鐘楼>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

鐘楼前には、昭和レトロの香りがプンプンする<ハトのエサ>ボックス。(o^―^o)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

参道を進んで<本堂>に向かう。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

階段の下から<本堂>を見上げる。境内図によると、2階は本堂、1階はホール兼展示場、地下は大ホールとのこと。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

<本堂>入口に立つ。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

<本堂>入口にある<大提灯>を見上げる。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

<本堂>内部。時間が早く人が少ないのでゆっくりお参りできる。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

<本堂>正面。厳かな雰囲気に息をのむ。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

境内西端の伏見通りから見た当院。目印に看板が立っている。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

伏見通り沿いにあるのは<自動車祈祷殿>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

自動車祈祷殿の脇を進むと<西門>がある。自分が実際に最初に入ったのはこちら。(^_^;)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

西門をくぐって、すぐ右側にある<大正琴発祥之地>の石碑。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の像

境内南端西寄りにある<弘法大師修行像>。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

本堂左側の<普門殿>。案内図には<十二支まいり>とも<念持仏祈願>とも書いてある。プレハブはおそらく臨時の授与所。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

<普門殿>入口。自分の干支のところにある仏像にお参り。(o^―^o)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

紫雲殿の南側の出口を出ると<大須観音通り>商店街。それにしても、大阪顔負けのド派手な装飾がインパクト大...(^_^;)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)(愛知県)

境内の東側は関係者専用の駐車場だが、そこに建っている<徳川宗春のからくり人形小屋>。上映が11時以降のためパス。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

最後に本殿と紫雲殿の間を抜けた本殿側1階にある<寺務所>へ。参拝は8:30過ぎに終わったが、寺務所のオープンが9:00ということで、時間まで待ってから御朱印を拝受。(^▽^)/

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ますみん
2021年09月21日(火)
778投稿

(日本三大観音)
(東海三十六不動10番札所)
(尾張三十三観音1番札所)
(名古屋二十一大師1番札所)
(なごや七福神 布袋尊)

前から行きたかった大須観音へ。
名古屋といえば大須観音ですね。
そもそもは1190年に建立された尾張国中島郡長庄大須にあった中島観音が発祥であるといいます。
 1324年に後醍醐天皇によりその地に北野天満宮が創建され、1333年に同社の別当寺とする真福寺とその塔頭宝生院が大須観音のはじまりだといわれています。そして、摂津国四天王寺の観世音菩薩を移して本尊とし、その後、後村上天皇により伽藍が建立され、勅願寺となったのだそうです。
 戦国時代には、織田信長により寺領500石が寄進されています。
 1612年、徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正成によって宝生院は本尊や真福寺文庫と共に大須郷から現在地に移転ました。
 明治25年の境内にあった芝居小屋裏手からの出火(大須の大火)と、昭和20年の名古屋大空襲で2度も焼失にあいました。
 現在は鉄筋コンクリートの本堂が再建されています。
大須商店街の入口にあり、多くの方がお参りに来ていました。
境内にはたくさんの鳩がいて、参詣の方の癒しになっていました。

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の御朱印

御朱印 日本三大観音 尾張三十三観音1番

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の御朱印

御朱印 東海三十六不動10番

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の御朱印

御朱印 名古屋二十一大師1番

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の御朱印

御朱印 なごや七福神 布袋尊

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の仏像

石仏

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

寺号標

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の像

金剛力士像(阿形)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の像

金剛力士像(吽形)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の歴史

縁起

大須観音 (北野山真福寺宝生院)(愛知県)

鐘楼

大須観音 (北野山真福寺宝生院)(愛知県)

鐘楼について

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

宗春爛漫(からくり時計)

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

大須文庫入口

大須観音 (北野山真福寺宝生院)(愛知県)

大須文庫について

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

客殿

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の建物その他

寺務所

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の本殿

本堂

大須観音 (北野山真福寺宝生院)の仏像

石仏

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歴史

元は現在の岐阜県羽島市にあった大須観音。御開山は能信上人です。真言宗智山派の別格本山で、ご本尊は弘法大師作聖観世音菩薩。寺号は「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と言いますが、大須観音と呼ばれ広く親しまれています。そして、国宝の『古事記』の最古写本「真福寺本古事記」をはじめ、貴重な古典籍を多数所蔵しています。慶長17年(1612)、清州越しの一環として、家康が名古屋への移転を決めた理由にこれら古典籍を水害から守るという目的があったとされています。

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大須観音 (北野山真福寺宝生院)の基本情報

住所愛知県名古屋市中区大須2-21-47
行き方

名古屋市営地下鉄 鶴舞線「大須観音駅」2番出口より出て徒歩3分
名古屋市営地下鉄 鶴舞線・名城線「上前津(かみまえづ)駅」8番出口から徒歩6分
名鉄バス「白川公園前バス停」下車、徒歩約5〜6分。
名鉄バス「矢場町バス停」下車 徒歩7〜8分。

アクセスを詳しく見る
名称大須観音 (北野山真福寺宝生院)
読み方おおすかんのん (きたのさんしんぷくじほうしょいん)
通称大須観音
参拝時間

9:00〜1700

参拝料

なし

トイレ南門の近く
御朱印あり

真ん中に梵字、大悲殿と書かれ、右上に真言宗智山派別格本山の印、真ん中に梵字の印、左下に社印が押されています。
不動明王、布袋尊、弘法大師の御朱印もいただけます。
社殿が描かれた御朱印帳があります。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号052-231-6525
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://osu-kannon.jp

詳細情報

ご本尊聖観世音菩薩
山号北野山
院号寳生院
宗旨・宗派真言宗智山派
創建時代元弘3年(1333)
開山・開基能信上人
札所など

日本三大観音
東海三十六不動尊 第10番
尾張三十三観音 第1番
なごや七福神 布袋尊
名古屋廿一大師 第1番
大名古屋十二支(統括)

文化財

南北朝時代現存最古の古事記写本(国宝)

ご由緒

元は現在の岐阜県羽島市にあった大須観音。御開山は能信上人です。真言宗智山派の別格本山で、ご本尊は弘法大師作聖観世音菩薩。寺号は「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と言いますが、大須観音と呼ばれ広く親しまれています。そして、国宝の『古事記』の最古写本「真福寺本古事記」をはじめ、貴重な古典籍を多数所蔵しています。慶長17年(1612)、清州越しの一環として、家康が名古屋への移転を決めた理由にこれら古典籍を水害から守るという目的があったとされています。

体験写経・写仏おみくじ御朱印お守り国宝札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派の別格本山の寺院。山号は北野山。本尊は聖観音。寺号は北野山真福寺宝生院である。宗教法人としての公称は「宝生院」(ほうしょういん)だが、一般には「大須観音」の名で知られる。日本三大観音の1つともいわれる観音霊場。なごや七福神の一である布袋像を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。
歴史
歴史[編集] そもそもは建久年間(1190年 - 1199年)に建立された尾張国中島郡長庄大須(現・岐阜県羽島市桑原町大須)にあった中島観音が発祥であるという[1]。 元亨4年(1324年)に後醍醐天皇によりその地に北野天満宮が創建される。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺とその塔頭宝生院が当寺の始まりである。そして、摂津国四天王寺の観世音菩薩を移して本尊としたとする[WEB 1]。その後、後村上天皇により伽藍が建立され、勅願寺となっている。 3代目住職である任瑜法親王の時には寺領1万石となり、伊勢・美濃・尾張・三河・遠江・信濃6か国の真言宗寺院を末寺として...Wikipediaで続きを読む
引用元情報大須観音」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A7%E9%A0%88%E8%A6%B3%E9%9F%B3&oldid=92698098

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