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ろくはらみつじ|真言宗智山派補陀洛山

六波羅蜜寺の御朱印・御朱印帳
京都府 清水五条駅

通常は6種類の御朱印をいただくことができます。
ご本尊の御朱印には、西国三十三所の1つである「西国十七番」の印など、4つの印が押されます。

御朱印について
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり
参拝時間

8:00〜17:00
宝物館8:30〜17:00 (受付終了16:30)

電話番号

075-561-6980

巡礼

その他の巡礼の情報

西国三十三所観音霊場
第17番
洛陽三十三所観音霊場
第15番
神仏霊場巡拝の道
第118番(京都38番)
都七福神・弁財天
洛陽四十八願地蔵尊第38番(鬘掛地蔵)宝物館所蔵
洛陽二十四地蔵尊第24番(鬘掛地蔵)第23番(夢見地蔵・廃寺)宝物館所蔵

御朱印・御朱印帳の詳細情報

御朱印(4種類)

六波羅蜜寺では、「六波羅蜜寺」と「御詠歌(西国十七番)」、「洛陽三十三観音(十五番)」、「都七福神 弁財天」の4種類の御朱印をいただけます。

六波羅蜜寺の御朱印

六波羅蜜寺の御朱印

300円
直書き
真ん中に六波羅堂、左下に執事と書かれ、右上に西國十七番の印、真ん中に十一面観音の梵字の印、左上に「西国三十三所草創1300年」の印、左下に六波羅堂の印が押されています。
六波羅蜜とは、この世で悟りにいたるまでの六種の修行(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)のことです。
六波羅蜜寺は平安時代に、醍醐天皇の第二皇子・空也上人によって創建されました。
本尊の十一面観音立像は国宝です。

御詠歌の御朱印

御詠歌の御朱印

300円
直書き
六波羅蜜寺の御詠歌「重くとも 五つの罪は よもあらじ 六波羅堂へ 参る身なれば」と書かれ、右上に西國十七番の印、真ん中に十一面観音の梵字の印、左上に「西国三十三所草創1300年」の印、左下に六波羅堂の印が押されています。
御詠歌は「仏教の大罪・五逆罪をおかしても、六波羅蜜の六種の修行をすればその罪は消えていくでしょう」という意味です。

都七福神 弁財天の御朱印

都七福神 弁財天の御朱印

300円
直書き
真ん中に大きく弁財天、左に六波羅と書かれ、右に「都七福神 福徳自在」の印、真ん中に弁財天の持ち物である琵琶のイラストの印、左下に六波羅蜜寺印が押されています。

御朱印帳(4種類)

六波羅蜜寺では、飛天図がモチーフの御朱印帳が色違いで4種類頒布されています。

青色の御朱印帳

六波羅蜜寺の青色の御朱印帳

1,500円
青色の地に、本尊である国宝・十一面観音立像が安置されている厨子の飛天図が見開きで描かれている御朱印帳です。
飛天図とは、仏様を讃えながら空中を舞う天人や天女のことです。

赤色の御朱印帳

六波羅蜜寺の赤色の御朱印帳

1,500円
赤色の地に、本尊である国宝・十一面観音立像が安置されている厨子の飛天図が見開きで描かれている御朱印帳です。
飛天図とは、仏様を讃えながら空中を舞う天人や天女のことです。

紺色の御朱印帳

六波羅蜜寺の紺色の御朱印帳

1,500円
紺色の地に、本尊である国宝・十一面観音立像が安置されている厨子の飛天図が見開きで描かれている御朱印帳です。
飛天図とは、仏様を讃えながら空中を舞う天人や天女のことです。

金色の御朱印帳

六波羅蜜寺の金色の御朱印帳

2,000円
金色の地に、本尊である国宝・十一面観音立像が安置されている厨子の飛天図が見開きで描かれている御朱印帳です。
飛天図とは、仏様を讃えながら空中を舞う天人や天女のことです。
都七福神 弁財天の御朱印

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本堂に入って左手にある納経所でお受けできます。

都七福神 弁財天の御朱印は、本殿正面向かって左側にある御堂でお受けできます。

御朱印の受付時間は8時~17時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

最新の御朱印・御朱印帳の投稿

malice
malice
2026年06月18日(木)874投稿

遥拝です
【六波羅蜜寺】
 当時京都に流行した悪疫退散のため、上人自ら十一面観音像を刻み、御仏を車に安置して市中を曵き回り、青竹を八葉の蓮片の如く割り茶を立て、中へ小梅干と結昆布を入れ仏前に献じた茶を病者に授け、歓喜踊躍しつつ念仏を唱えてついに病魔を鎮められたという。(現在も皇服茶として伝わり、正月三日間授与している)

現存する空也上人の祈願文によると、応和3年8月(963年)諸方の名僧600名を請じ、金字大般若経を浄写、転読し、夜には五大文字を灯じ大萬灯会を行って諸堂の落慶供養を盛大に営んだ。これが当寺の起こりである。
ー六波羅蜜寺HPーより

六波羅蜜寺の御朱印
六波羅蜜寺の授与品その他

☆開山の空也上人☆
 第60代醍醐天皇の皇子で、若くして五畿七道を巡り苦修練行、尾張国分寺で出家し、空也と称す。再び諸国を遍歴し、名山を訪ね、錬行を重ねると共に一切経をひもとき、教義の奥義を極める。天暦2年(948年)叡山座主延勝より大乗戒を授かり光勝の称号を受けた。森羅万象に生命を感じ、ただ南無阿弥陀仏を称え、今日ある事を喜び、歓喜躍踊しつつ念仏を唱えた。上人は常に市民の中にあって伝道に励んだので、人々は親しみを込めて「市の聖」と呼び慣わした。

 上人が鞍馬山に閑居後、常々心の友としてその鳴声を愛した鹿を、定盛なる猟師が射殺したと知り、大変悲しんでその皮と角を請い受け、皮をかわごろもとし、角を杖頭につけて生涯我が身から離さなかったという。定盛も自らの殺生を悔いて上人の弟子となり、瓢をたたき、法曲を唱し、寒い夜もいとわず京中を巡行して衆生の能化につとめた。定盛は上人の遺風を伝えて茶筌を作り、これを世に広め、子孫は有髪の姿に黒衣をまとって踊り、念仏しながら瓢をたたいて市中を徘徊した。これが今六斎念仏として伝わっている。当山の空也踊躍念仏はさらにその源流である。

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