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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※建仁寺ではいただけません

けんにんじ|臨済宗建仁寺派

建仁寺

京都府 祇園四条駅

・3月1日~10月31日 午前10時~午後4時30分(午後5時閉門) ・11月1日~2月28日 午前10時~午後4時(午後4時30分閉門)年末拝観休止 12月28日~12月31日

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075-561-0190

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(1種類)

建仁寺では、「建仁寺の御朱印」がいただけます。

建仁寺の御朱印

300円
直書き

真ん中に拈華堂、左上に東山 左下に建仁寺と書かれ、右上に扶桑最初禅窟の印、真ん中に仏法僧宝の印、左下に大本山建仁寺の印が押されています。

御朱印帳(4種類)

国宝の風神雷神図屏風や重要文化財の雲龍図がモチーフの御朱印帳など4種類があります。

風神雷神御朱印帳

1,500円
18×12cm

江戸l時代に俵屋宗達が描いた、国宝の風神雷神図屏風がモチーフの御朱印帳です。
風神雷神図屏風は元々建仁寺の所蔵でしたが、今は国立京都博物館に寄託されています。

雲龍図御朱印帳

1,500円
18×12cm

安土桃山時代に海北友松が描いた、重要文化財「建仁寺方丈障壁画 雲龍図襖」がモチーフの御朱印帳です。
雲龍図は元々建仁寺の所蔵でしたが、今は国立京都博物館に寄託されています。

こぼんさん御朱印帳

1,500円
18×12cm

白地に、表面の真ん中にこぼんさんのお顔のイラストと、大本山建仁寺の文字、裏面の左上に建仁寺の寺紋、右下にほうきを持つこぼんさんのイラストが入っています。

双龍図御朱印帳

1,500円
横開き仕様

小泉淳作画伯による法堂の天井画・双龍図をモチーフした御朱印帳です。
双龍図は平成14年の建仁寺創建800年を記念して制作されました。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本坊に入って左手にある納経所でお受けできます。

御朱印の受付時間は下記の通りです。3月〜10月:10時~16時半。11月〜2月:10時~16時。

12月28日〜12月31日の拝観休止期間中は、御朱印の受付もされておりません。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

建仁寺について

教科書で絶対見たことがある風神雷神があるお寺


2枚の屏風全面に金箔が押され、右に風神、左に雷神が描かれている俵屋宗達晩年の最高傑作である『風神雷神図屏風』があることで有名なお寺です。
中では写真が撮り放題なので屏風や庭園など写真を撮りゆっくり楽しみながら参拝ができます。

おすすめの投稿

隼シューター
2022年03月09日(水)
688投稿

建仁寺にて御朱印帳を頂きました。
雲龍図がデザインされています。
風神雷神も欲しかったですがこちらを頂きました。御朱印帳のカバーも雲龍と書かれています。
御朱印帳を頂くと最初の頁には「大哉心乎」と書かれています。
建仁寺にて「拈華堂」の御朱印を頂きました。
拈華堂(ねんげどう)とは法堂のことです。

建仁寺の勅使門は重要文化財で鎌倉時代末期の建立と言われています。
建仁寺は臨済宗建仁寺派の大本山で開基は源頼家、開山は栄西です。
京都五山第3位で京都最初の禅寺です。
三門をくぐると法堂があり、
ご本尊の釈迦如来が安置されています。
また、天井画の双龍図があります。
建仁寺の本坊です。ここから拝観します。
ちなみに堂内の撮影はOKです。
次に方丈に入り〇△□乃庭です。
〇は木(水)、△は庭の隅(火)、□は井戸(地)で禅宗の四大思想を
現れていると言われています。
潮音庭は大書院、小書院に挟まれた枯山水の庭です。
襖絵「船出」 青が鮮やかです。
襖絵「凪」 すごい落ち着いた墨絵です。
屏風「風神雷神図」 俵屋宗達作
本物は京都国立博物館にあります(国宝です。)
金の屏風の両端に風神様(右)と雷神様が描かれており
俵屋宗達の代表的な作品です。
襖絵「花鳥図」 海北友松作(高精細複製品)は孔雀が描かれています。
襖絵「琴棋書画図」海北友松作 (高精細複製品)は水墨画で淡墨で水景や滝や楼閣が描かれています。
襖絵「雲龍図」海北友松作 (高精細複製品)は御朱印帳にもデザインされていますが
ダイナミックな龍が雲を纏い睨みを効かせています。
以上のものの本物は掛軸にされ京都国立博物館にあります(重要文化財です。)

方丈庭園 大雄苑です。枯山水庭園です。
建仁寺の方丈です。
安芸の安国寺から移設して
代表的な禅宗の方丈建物です(重要文化財)
方丈と法堂は繋がれており
法堂に向かうと天井画 「双竜図」 小泉淳作画伯作
建仁寺800年を記念して作られた大作です。
素晴らしく見入ってしまいました。この日は涅槃会で涅槃図も設置されていました。
それにしても二匹の龍、迫力があります。
#建仁寺
#京都府
#京都市
#○△□乃庭
#御朱印帳
#御朱印

建仁寺(京都府)

御朱印帳

建仁寺(京都府)

御朱印帳のカバー

建仁寺(京都府)

御朱印帳を頂くと最初の頁には「大哉心乎」と書かれています。

建仁寺の御朱印

御朱印「拈華堂」

建仁寺の御朱印

拈華堂の説明

建仁寺の御朱印

由緒書

建仁寺(京都府)

勅使門

建仁寺の山門

三門

建仁寺の建物その他

法堂

建仁寺の建物その他

庫裏

建仁寺の庭園

〇△□乃庭

建仁寺の庭園

潮音庭

建仁寺の芸術

襖絵「船出」

建仁寺(京都府)

襖絵「凪」

建仁寺(京都府)

風神雷神図

建仁寺(京都府)

襖絵「花鳥図」

建仁寺の芸術

襖絵「琴棋書画図」

建仁寺の芸術

襖絵「雲龍図」海北友松作 

建仁寺の庭園

方丈庭園 大雄苑

建仁寺(京都府)

方丈

建仁寺の芸術

天井画 「双竜図」

建仁寺(京都府)

天井画 「双竜図」

建仁寺(京都府)

涅槃図

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てまぽん
2022年09月13日(火)
128投稿

ご縁がありまして、「ご遙拝」させて頂いたと言うところなのか・・・。
ワタシの知らないうちに、「代理参拝された」と言うべきなのか・・・。
つい先日、親戚の「おぢさま(お年を召してます)」と会いました。
「遅い盆休みを取って、京都に行って来たんだー」と言う話です。
ふーん、たぶんこれから、「長いおみやげ話」でもするの?
やおら「おみやげ、あるよー」と言って、カバンから「包み」を取り出し、ワタシに渡してくるのです。
「建仁寺にも行って来たよー。お前、「禅寺」が好きだろー? ちゃんとお前の事も願かけて来たからー」だって。
えっ!? どうしてその事を? 「お詣り」まで?
「包み」を開けてみると、中には、建仁寺さまの「集印帳」と「御印」が・・・。
「おぢさま自身」の「趣味」じゃないの? いい「お年頃」だし。
さて、一体どうしたらいいのでしょう?
謹んで「ご遙拝」をし、「拝受」させて頂いたのですが・・・。
続いて「般若心経」と「延命句観音経」の「写経」を、建仁寺さまへ、謹んで納めなければならないの?
「お・ぢ・さ・まー」、少しは考えてくれよー。後々こっちは大変なんだからー。
おいそれと、「大本山さま」へ「それ」をするのには、すごくハードルが高いんですけど・・・。

「禅寺」へ直接お詣りするという事は、非常に敷居が高いように思っています。
しかも、建仁寺さまにおかれましては、臨済宗建仁寺派の大本山です。
やたらに「お詣り」など、出来るものなのやら・・・。
建仁寺塔頭・摩利支天堂さまは、令和4年3月、初めての「仏閣」との事で、直接お詣りさせて頂きました。
その時は、「案外、間口は広いものだなぁ」と思っていたのですが・・・。
実際の「禅寺」は、とても厳しいものですよ。
たった3、4日で、広い「関西・中部地方」をまわるのには、いかんせん、時間は短すぎました。
「大本山・建仁寺さま」は行けず、「六道珍皇寺さま」も行けず、「鎮護」の「京都ゑびす神社さま」も行けず。
他の建仁寺派・塔頭寺院は、通常「非公開」で拝観出来ない事も知らず、京都を後にした事がとても悔やまれます。
その時、京都をまわった時間は、たった「1日」さえ無いのですから・・・。

建仁寺の御朱印

拈華堂 御朱印

建仁寺(京都府)

集印帳

建仁寺(京都府)

パンフレット・拝観券

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歴史

日本に臨済宗を正式に伝えたのは栄西がはじめとされている。栄西は永治元年(1141年)、備中国(岡山県)に生まれた。13歳で比叡山に上り翌年得度(出家)。仁安3年(1168年)と文治3年(1187年)の2回、南宋に渡航した。1度目の渡宋はわずか半年であったが、2度目の渡宋の際、臨済宗黄龍派(おうりょうは)の虚庵懐敞(きあんえじょう)に参禅した。建久2年(1191年)、虚庵から印可(師匠の法を嗣いだという証明)を得て、帰国する。当時、京都では比叡山(延暦寺)の勢力が強大で、禅寺を開くことは困難であった。栄西ははじめ九州博多に聖福寺を建て、のち鎌倉に移り、北条政子の援助で正治2年(1200年)に建立された寿福寺の開山となる。
その2年後の建仁2年(1202年)、鎌倉幕府2代将軍・源頼家の援助を得て、元号を寺号として、京都における臨済宗の拠点として建立されたのが建仁寺である。伽藍は宋の百丈山に擬して造営された。
創建当時の建仁寺は天台、真言、禅の3宗並立であった。これは当時の京都では真言、天台の既存宗派の勢力が強大だったことが背景にある。創建から半世紀以上経た正元元年(1259年)には宋僧の蘭渓道隆が11世住職として入寺し、この頃から純粋禅の寺院となる。
建仁寺は、応仁の乱による焼失のほか、応永4年(1397年)、文明13年(1481年)などたびたび火災にあっており、創建当時の建物は残っていない。

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建仁寺の基本情報

住所京都府京都市東山区大和大路四条下る四丁目小松町584
行き方

・ 京阪電車「祇園四条駅」より 徒歩 7分
・ 阪急電車「京都河原町駅」より 徒歩10分
・JR京都駅より 市バス 206系統・100系統
・市バス「東山安井」より 徒歩5分
・市バス「南座前」より 徒歩7分
・市バス「祇園」より 徒歩10分
・「清水道」より 徒歩10分

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名称建仁寺
読み方けんにんじ
参拝時間

・3月1日~10月31日 午前10時~午後4時30分(午後5時閉門) ・11月1日~2月28日 午前10時~午後4時(午後4時30分閉門)年末拝観休止 12月28日~12月31日

参拝料

500円、中高生300円、小学生200円

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号075-561-0190
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://kenninji.jp/
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊釈迦如来
宗旨・宗派臨済宗建仁寺派
ご由緒

日本に臨済宗を正式に伝えたのは栄西がはじめとされている。栄西は永治元年(1141年)、備中国(岡山県)に生まれた。13歳で比叡山に上り翌年得度(出家)。仁安3年(1168年)と文治3年(1187年)の2回、南宋に渡航した。1度目の渡宋はわずか半年であったが、2度目の渡宋の際、臨済宗黄龍派(おうりょうは)の虚庵懐敞(きあんえじょう)に参禅した。建久2年(1191年)、虚庵から印可(師匠の法を嗣いだという証明)を得て、帰国する。当時、京都では比叡山(延暦寺)の勢力が強大で、禅寺を開くことは困難であった。栄西ははじめ九州博多に聖福寺を建て、のち鎌倉に移り、北条政子の援助で正治2年(1200年)に建立された寿福寺の開山となる。
その2年後の建仁2年(1202年)、鎌倉幕府2代将軍・源頼家の援助を得て、元号を寺号として、京都における臨済宗の拠点として建立されたのが建仁寺である。伽藍は宋の百丈山に擬して造営された。
創建当時の建仁寺は天台、真言、禅の3宗並立であった。これは当時の京都では真言、天台の既存宗派の勢力が強大だったことが背景にある。創建から半世紀以上経た正元元年(1259年)には宋僧の蘭渓道隆が11世住職として入寺し、この頃から純粋禅の寺院となる。
建仁寺は、応仁の乱による焼失のほか、応永4年(1397年)、文明13年(1481年)などたびたび火災にあっており、創建当時の建物は残っていない。

体験坐禅(座禅)写経・写仏御朱印国宝重要文化財

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