なんぜんじ|臨済宗南禅寺派
南禅寺京都府 蹴上駅
12月1日~2月28日 午前8時40分~午後4時30分 3月1日~11月30日 午前8時40分~午後5時
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楽しみ方南禅寺でいただける御朱印は2種類です。


夏の京都④
深緑の臨済宗『南禅寺』🌿
三門の上からの眺めは壮観!
国宝の方丈で滝を見ながら御抹茶でいっぷく (*´∀`*)
龍の天井画、美しい障壁画の数々も堪能~素晴らしい参拝でした♪
琵琶湖疏水の水路橋に圧倒されながらめぐる境内は猛暑でも涼しげ💠
暑さの象徴のように響く蝉の声、、
豊かな緑に囲まれた夏の南禅寺をしっかり感じられ良かったです╭( ・ㅂ・)و ̑̑
重要文化財の三門
楼上内陣の宝冠釈迦如来坐像も素晴らしい
✨上から見る京都の町並みと境内も素敵!
方丈でお抹茶をいただきました
たしか茶菓が付いて500円😊
滝を見ながら贅沢なひととき🎵

南禅寺は今から710年あまり昔の正応4年(1291年)、亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)を開山に迎えて開創されました。正応2年(1289年)、上皇は離宮禅林寺殿で落飾(出家)され、法皇になられました。諱(法名)を金剛眼と申されます。「文応皇帝外紀」によれば、まもなく離宮に妖怪な事が起こりましたが、無関禅師は雲衲(修行僧)と共に離宮に留まり、坐禅・掃除・勤行と、禅堂そのままの生活を送られただけで妖怪な事は終息してしまいました。 法皇は禅師の徳をたたえて深く帰依され、正応4年離宮を禅寺とされました。禅寺といっても、離宮には伽藍として機能するものは一つもありませんでした。従ってその建立が規庵禅師に課せられたわけですが、入寺からおよそ15年の歳月を費やし、暫くその完成をみるに到ったのでした。規庵禅師が創建開山と呼ばれる理由です。伽藍のほぼ完成した嘉元3年(1305)9月15日、亀山法皇は嵯峨の亀山殿で御歳57歳をもって崩御されました。御陵は亀山殿の跡地に建立された天龍寺境内にあります。
| 住所 | 京都府京都市左京区南禅寺福地町 |
|---|---|
| 行き方 | 地下鉄で起こしになる場合は東西線をご利用ください。蹴上駅下車、徒歩10分です。「ねじりまんぽ」と呼ばれる隧道を抜けると境内への近道です。
|
| 名称 | 南禅寺 |
|---|---|
| 読み方 | なんぜんじ |
| 参拝時間 | 12月1日~2月28日 午前8時40分~午後4時30分 3月1日~11月30日 午前8時40分~午後5時 |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-771-0365 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://nanzen.net/ |
| SNS |
| ご本尊 | 釈迦牟尼仏・観世音菩薩等 |
|---|---|
| 宗旨・宗派 | 臨済宗南禅寺派 |
| ご由緒 | 南禅寺は今から710年あまり昔の正応4年(1291年)、亀山法皇が無関普門禅師(大明国師)を開山に迎えて開創されました。正応2年(1289年)、上皇は離宮禅林寺殿で落飾(出家)され、法皇になられました。諱(法名)を金剛眼と申されます。「文応皇帝外紀」によれば、まもなく離宮に妖怪な事が起こりましたが、無関禅師は雲衲(修行僧)と共に離宮に留まり、坐禅・掃除・勤行と、禅堂そのままの生活を送られただけで妖怪な事は終息してしまいました。 法皇は禅師の徳をたたえて深く帰依され、正応4年離宮を禅寺とされました。禅寺といっても、離宮には伽藍として機能するものは一つもありませんでした。従ってその建立が規庵禅師に課せられたわけですが、入寺からおよそ15年の歳月を費やし、暫くその完成をみるに到ったのでした。規庵禅師が創建開山と呼ばれる理由です。伽藍のほぼ完成した嘉元3年(1305)9月15日、亀山法皇は嵯峨の亀山殿で御歳57歳をもって崩御されました。御陵は亀山殿の跡地に建立された天龍寺境内にあります。 |
| 体験 |
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