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はせでら|真言宗豊山派総本山豊山( ぶさん )

長谷寺
奈良県 長谷寺駅

08:30~17:00 10~3月は09:00~16:30

御朱印(5種類)

長谷寺では、「大悲閣」、「御詠歌」、「慈悲佛」、「大黒天」、「愛染明王」の御朱印をいただけます。

季節や行事に合わせた記念御朱印が頒布されています。

西国三十三所 大悲閣 草創1300年記念印

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御朱印について御朱印
あり

西国三十三所の印が入った「大悲閣」、御詠歌「いくたびも 参る心ははつせ寺 山もちかいも 深き谷川」…

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巡礼

その他の巡礼の情報

真言宗十八本山第16番
神仏霊場巡拝の道第35番(奈良第22番)
西國三十三所観音霊場第8番
奈良大和四寺巡礼札所
大和路秀麗八十八面観音霊場(8ヶ寺のみ)第8番札所
南部倭西国三十三ヶ所観音霊場(一部休止中)第33番札所
日本三大仏霊場第2番札所

長谷寺について

開山1300年記念で様々な催しがあると想定される(令和7年12月後半〜令和8年度にかけて)。

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sasaki3
sasaki3
2026年01月06日(火) 21時50分39秒
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長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

長谷寺の御朱印

長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

長谷寺(奈良県)

長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

長谷寺(奈良県)

長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

長谷寺(奈良県)

長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

長谷寺(奈良県)

長谷寺 西国三十三霊場 重ね印

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歴史

長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半と推定されるが、創建の詳しい時期や事情は不明である。
寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686年)、
僧の道明が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、
続いて神亀4年(727年)、僧の徳道が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って
開山したというが、これらのことについては正史に見えず、伝承の域を出ない。
承和14年(847年)12月21日に定額寺に列せられ、天安2年(858年)5月10日に三綱が
置かれたことが記され、長谷寺もこの時期に官寺と認定されて別当が設置されたとみられている。
なお、貞観12年(870年)に諸寺の別当・三綱は太政官の解由(審査)の対象になることが定められ、
長谷寺も他の官寺とともに朝廷(太政官)の統制下に置かれた。
それを裏付けるように10世紀以後の長谷寺再建に際しては諸国に対しては国宛を、
諸寺に対しては落慶供養参加を命じられるなど、国家的事業として位置づけられている。
長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めた。
万寿元年(1024年)には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めた。
長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺[1] であったが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、
16世紀以降は覚鑁(興教大師)によって興され僧正頼瑜により成道した新義真言宗の流れを
くむ寺院となっている。天正16年(1588年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた
新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成された。
近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めている。
十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ
日本各地に多く240寺程存在する。他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と
呼称することもある。

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名称

長谷寺

読み方

はせでら

通称

初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺

参拝時間

08:30~17:00 10~3月は09:00~16:30

参拝料

大人:500円/中・高校生/500円/小学生:250円 障害者手帳提示:250円 ※同伴者1名に限り障害者料金適応

御朱印あり

西国三十三所の印が入った「大悲閣」、御詠歌「いくたびも 参る心ははつせ寺 山もちかいも 深き谷川」の御朱印を頒布しています。2020年12月末までは中央に「十一観音」と墨書きされている江戸時代の復刻御朱印を拝受できます。

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号0744-47-7001
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.hasedera.or.jp/
お守り

あり

絵馬

あり

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巡礼の詳細情報

真言宗十八本山

第16番

仏さま:十一面観音

神仏霊場巡拝の道

西国三十三所霊場

詳細情報

ご本尊十一面観世音菩薩
山号

豊山( ぶさん )

院号

神楽院(かぐらいん)

宗旨・宗派真言宗豊山派総本山
創建時代

686年(朱鳥元年)

開山・開基

道明上人

文化財

国宝
・本堂
・銅板法華説相図
・法華経(28巻)・観普賢経(1巻)・無量義経(3巻)・阿弥陀経(1巻)・般若心経(1巻)計34巻(附:蒔絵経箱)
重要文化財
・繋廊
・三百餘社
・鐘楼
・登楼5棟(上登廊、繋屋、中登廊、蔵王堂、下登廊)(附:水屋)
・仁王門
・本坊8棟
・絹本著色阿弥陀来迎図
・絹本著色浄土曼荼羅図
・紙本白描高雄曼荼羅図像(胎蔵界巻第一、三、四、五 金剛界巻第一、二 )
・木造十一面観音菩薩立像 附:木造難陀龍王立像及び像内納入品、木造赤精童子立像及び像内納入品
・銅造十一面観世音菩薩立像
・木造地蔵菩薩立像
・木造不動明王坐像
・金鼓
・三鈷柄剣
・赤糸威鎧 大袖付、白糸威鎧 大袖付、鷹羽威鎧 大袖付、三目札鎧(附:脇楯)、藍韋威肩赤大袖
・銅錫杖頭 2柄
・宋版一切経
・僻連抄

ご由緒

長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半と推定されるが、創建の詳しい時期や事情は不明である。
寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686年)、
僧の道明が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、
続いて神亀4年(727年)、僧の徳道が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って
開山したというが、これらのことについては正史に見えず、伝承の域を出ない。
承和14年(847年)12月21日に定額寺に列せられ、天安2年(858年)5月10日に三綱が
置かれたことが記され、長谷寺もこの時期に官寺と認定されて別当が設置されたとみられている。
なお、貞観12年(870年)に諸寺の別当・三綱は太政官の解由(審査)の対象になることが定められ、
長谷寺も他の官寺とともに朝廷(太政官)の統制下に置かれた。
それを裏付けるように10世紀以後の長谷寺再建に際しては諸国に対しては国宛を、
諸寺に対しては落慶供養参加を命じられるなど、国家的事業として位置づけられている。
長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めた。
万寿元年(1024年)には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めた。
長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺[1] であったが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、
16世紀以降は覚鑁(興教大師)によって興され僧正頼瑜により成道した新義真言宗の流れを
くむ寺院となっている。天正16年(1588年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた
新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成された。
近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めている。
十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ
日本各地に多く240寺程存在する。他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と
呼称することもある。

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