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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※長谷寺ではいただけません

はせでら|真言宗豊山派豊山( ぶさん )

長谷寺

奈良県 長谷寺駅

08:30~17:00 10~3月は09:00~16:30

投稿する
0744-47-7001

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(5種類)

長谷寺では、「大悲閣」、「御詠歌」、「慈悲佛」、「大黒天」、「愛染明王」の御朱印をいただけます。

季節や行事に合わせた記念御朱印が頒布されています。

西国三十三所 大悲閣 草創1300年記念印

300円

真ん中に大悲閣と書かれ、右上に西國第八番の印、真ん中に御宝印、左上に西国三十三所草創1300年記念印、左下に長谷寺の文字と長谷寺本堂印が押されています。
大悲閣は、長谷寺の御本尊(観音様)を安置する仏堂を意味しています。
西国三十三所草創1300年記念印には、長谷寺のシンボルである「登廊(重要文化財)」と牡丹の花がデザインされています。

西国三十三所 御詠歌 草創1300年記念印

300円

西国三十三所第八番札所御詠歌「いくたびも 参る心は 初瀬寺 山も誓いも ふかき谷川」と書かれ、右上に西國第八番の印、真ん中に御宝印、左上に西国三十三所草創1300年記念印、左下に長谷寺本堂印が押されています。
御詠歌の意味は、「何度お参りしても初めて訪れたような気がする初瀬寺(長谷寺の古称)。 観音様の衆生済度のお誓いは、周囲を取り巻く山や谷川のようにとても深いものです」。

奈良大和四寺巡礼 慈悲佛

300円

真ん中に慈悲佛と書かれ、右上に十一面観音の印、真ん中に御宝印、左上に十一面観世音菩薩立像の印、左下に長谷寺の文字、奈良大和四寺巡礼の印が押されています。
奈良大和四寺巡礼とは、日本国発祥の地といわれる奈良県中央部に創建され1200年以上の歴史を持つ、長谷寺、室生寺、岡寺、安倍文殊院の四寺をめぐり、美しい自然や慈悲深い仏様と出会うことができる、安らぎと祈りの巡礼です。

大和七福八宝めぐり 大黒天

300円

真ん中に大黒天と書かれ、右上に大黒天の印、真ん中に梵字の印、右下に長谷寺の文字、長谷寺印が押されています。
大和七福八宝めぐりは、神様が宿る山「三輪山」を中心に七福神をお祀りする大和八社寺を参拝し御朱印を頂くものです。
長谷寺の大黒堂には、四尺五寸の大黒さまが祀られています。

愛染明王の御朱印

300円

真ん中に愛染明王と書かれ、真ん中に御宝印、左下に長谷寺の文字と長谷寺本堂印が押されています。
長谷寺にある愛染堂は、1588年に観海上人が建立したと言われ、愛染明王を本尊として祀っています。

限定御朱印(1種類)

十一面観音の復刻御朱印

300円

真ん中に十一面観音と書かれ、右上に奉納経の文字と西國第八番の印、真ん中に御宝印、左下に和州長谷寺の文字と長谷寺本堂印が押されています。
西国三十三所草創1300年記念として、江戸時代の御朱印を再現した復刻御朱印です。

このほか、季節や行事にあわせて記念御朱印が頒布されます。

御朱印帳(1種類)

牡丹画帖カラー朱印帳

1,500円
約16×11cm

浅黄色の地に、表面は3つの牡丹のイラスト、左上に集印帳の文字、下部に大和國長谷寺の文字、裏面は牡丹の線画が描かれています。
長谷寺の牡丹は、唐の皇妃、馬頭夫人が観音様の霊験を得たお礼に牡丹を献木したのがその始まりと伝えられ、現在では約150種・7000株にも及び、見頃を迎えると見事に咲き競います。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本堂向かいの御朱印所でお受けできます。

御朱印の受付時間
4月~9月……8時30分~17時
10月~11月及び3月……9時~17時
12月~2月……9時~16時30分
牡丹まつり期間等時間延長あり

詳しくは公式サイトをご確認ください。

過去の限定御朱印

長谷寺では、季節や行事に合わせて記念御朱印をいただけます。 
ここからは2020年に頒布された過去の限定御朱印をご紹介します。

本尊 御影限定御朱印

上部に本尊大観音像(十一面観世音菩薩立像)の印、右上に本尊大観音の印、左下に長谷寺の文字と長谷寺本堂印が押されています。

阿弥陀如来限定御朱印

真ん中に阿弥陀佛と書かれ、上下に雌雄の鶴が描かれ、右上に小池坊の印、真ん中に梵字の印、左下に長谷寺大講堂の文字と印が押されています。

本尊 御影限定御朱印

真ん中に本尊大観音像(十一面観世音菩薩立像)の印、右上に本尊大観音の印、左下に長谷寺の文字と長谷寺本堂印が押されています。

大黒天限定御朱印

真ん中に大黒様の印、右上に長谷大黒天と米俵の印、右下に干支であるネズミの印、左下に長谷寺の文字と長谷寺印が押されています。

過去の御朱印帳

観音大画軸御朱印帳

1,300円
2018年3月1日~5月31日

表面は長谷寺式十一面観音菩薩三尊像(部分)が描かれ、左上に御集印帳の文字、裏面は蓮の花とHasederaの文字が入っています。
長谷寺式十一面観音菩薩三尊像は、本尊十一面観音菩薩立像が原寸大に画かれたもので、江戸時代に日本最大の大画軸に仕立て上げられました。

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御朱印について
御朱印
あり

西国三十三所の印が入った「大悲閣」、御詠歌「いくたびも 参る心ははつせ寺 山もちかいも 深き谷川」の御朱印を頒布しています。2020年12月末までは中央に「十一観音」と墨書きされている江戸時代の復刻御朱印を拝受できます。

限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

長谷寺について

西国三十三カ所第八番札所

おすすめの投稿

nomuten
2021年04月05日(月)
458投稿

天理市の長岳寺の次は、今回の奈良寺巡りの最後となる天理市の南隣の桜井市に在る名刹の長谷寺です。正式には豊山 神楽院 長谷寺で、本尊は十一面観音。西国三十三所観音霊場 第8番、真言宗豊山派の総本山です。私としても今回で4~5回目の参拝でしょうか。
流石、関西では超有名な長谷寺、寺の駐車場は満車、近くの民間駐車場も満車で、少し空くのを待っていました。(こんなんは初めて)
写真に殆ど人が写っていないので空いている様に見えますが、実際は結構な人出で(割と密?)、人が居なくなるのを待って撮っています。
創建は8世紀前半頃であろうが詳細な時期等はわかっていない。が、いずれにしてもかなりの古刹であることは間違いない。
細々した事は皆さんが投稿されているので省略するとして、春の時期は本尊の特別拝観があります。本尊は10mを超える巨大な木造の十一面観音で重文指定、何度も焼失しており現在のは1538年製作のもの。右手に地蔵菩薩の様に錫杖を持っており、このスタイルを「長谷寺式」と読んでいます。(覚えておいても損はないと思います。)この本尊の足元に入れてお御足に触れる事ができます。
また、寺宝を収蔵してある「宗宝蔵」も春と秋に拝観できるのですが、残念ながらコロナ禍で昨年春から拝観不可です。
更にこの春は本坊大講堂の特別拝観があり、本尊の大画軸(レプリカ)、長谷寺縁起絵巻(結構長い)や仏間の本尊である阿弥陀如来を観ることができます。
それと、恐らく殆どの方は、仁王門が目に入ってしまうと脇目も振らずに仁王門へ一直線に石段を上ってしまうと思いますが、仁王門手前の右側に子院(塔頭)である普門院があります。その左隣に普門院不動堂があり、重文の不動明王像が観れます。しかも無料で。興味がある方は寄ってみたら如何でしょうか。(写真を載せておきました。)
他に、土産物を売っている参道の途中に西国三十三所観音霊場 番外札所の法起院もあります。

長谷寺の御朱印

御朱印(真言宗18本山)

長谷寺の御朱印

御朱印(八十八面観音巡礼)

長谷寺の建物その他

石柱

長谷寺の山門

仁王門

長谷寺の建物その他

登廊(振り返って上から撮影)

長谷寺の手水

手水

長谷寺の建物その他

蔵王堂

長谷寺の建物その他長谷寺の本殿

本堂

長谷寺の末社

大黒殿

長谷寺の建物その他

弘法大師御影堂

長谷寺の建物その他

一切経堂

長谷寺の塔

五重塔

長谷寺(奈良県)

六角堂(写経殿)

長谷寺の山門

本坊の山門

長谷寺の本殿

本坊

長谷寺の建物その他長谷寺の建物その他

普門院不動堂

長谷寺の本殿長谷寺の歴史
もっと読む
湯守りと妖怪
2021年09月02日(木)
35投稿

長谷寺と名の付く寺院は二百数十箇所あり、真言宗豊山派の寺院は全国に三千・僧侶数は五千人・檀家信徒数は二百万と称しする観光寺院でもあり、年間を通じて種々の花が楽しめる花の寺です

「長谷寺縁起文」では、この地に長谷寺の基を創ったのは道明だという。
朱鳥1(686)年、道明は天武天皇のために「銅板法華説相図」を初瀬山の西の岡(現在の五重塔近く)の石室に安置し三重塔を建立し一寺を開いた。
後の神亀4(727)年、聖武天皇の勑を奉じて徳道が東の岡(現在の本堂がある場所)に伽藍を造営、衆生救済の為に十一面観音を祀った。
こうして成立した長谷寺では、西の岡を「本長谷寺」、東の岡を「後長谷寺」と称し、「開創道明上人」・開山徳道上人」としています。

建立当初、長谷寺の法務は東大寺が執り、国家的祈願が行われ、やがて藤原北家からの摂関期には、興福寺の末寺となる。
時の権力者の参詣により、平安貴族はこぞって長谷詣に訪れ現世利益を祈願。

鎌倉・室町・戦国時代には、武家や僧侶も多く参詣、遊行の聖も多く出入りすることに。
遊行僧は火災に見舞われる度に復興勧進をし、長谷観音の来歴や霊験を伝えながら帰依・参詣を人々に勧めた。
こうして長谷詣でへの憧れは、諸国の庶民に深く浸透することに。

平安時代以降、度重なる火災により創建時の本尊は失われ、現在の十一面観音は戦国末期・東大寺の仏師らが製作した尊像。
庶民信仰の底力で本尊復興は成し遂げた、堂塔の再建まで至らず仮堂で凌いでいた。
この窮状を救ったのが、豊臣秀長と秀吉によって焼き討ちにあった根来寺の高僧・専誉であった。

案内パンフレットに沿って観光参拝してみました。

長谷寺の仏像

石観音
見落としがちですが、境内入り口の右側にあります。

長谷寺(奈良県)

石標

長谷寺(奈良県)

総受付内の火事除け「秋葉観音・三尺坊大権現」

長谷寺の建物その他

普門院不動堂

長谷寺の山門

仁王門
参拝時には本尊御開帳の案内掲示、中世の長谷寺は興福寺大乗院の末寺として、その門跡の支配下にありました。
その為に中世に及んでは、大乗院への多くの公事物貢物の義務を負わされ、多額の用銭を課せられるのが常であったと。
十一面観音の開帳に際しては、開帳銭として多額を大乗院に進納しなければならなかったと。
時代は変われど、本山への上納は変わらないようですね。

長谷寺の建物その他

登廊より仁王門を臨みます。

長谷寺の建物その他

道明上人御廟塔

長谷寺の建物その他

宗宝蔵
長谷寺六坊の一つ、清浄院跡地に建ちます。
歓喜院・梅心院・慈眼院・金蓮院・清浄院、残り一坊は確認しておりません。

長谷寺の自然

二本の杉
源氏物語において長谷寺が重要な舞台となるのは「玉鬘」です。
登場する二本(ふたもと)の杉、玉鬘がここで右近と巡り合い、母の死を知ったと。二本の杉は下の根の部分でつながっています。

長谷寺は特に女性の信仰が厚く、「枕草子・源氏物語・更級日記」等の多くの古典文学に記述が見られます。

長谷寺の山門

慈眼院

長谷寺の建物その他

月輪院

長谷寺の建物その他

登廊
現在のものは本堂と同時期に建てられたが、明治の火災に遭い再建されたもの。

長谷寺の建物その他

繋屋より仁王門方向登廊を観ます。

長谷寺の建物その他

金蓮院

長谷寺の末社

三部権現社

長谷寺の自然

繋屋横の天狗杉

長谷寺(奈良県)

蔵王堂

長谷寺の自然

紀貫之故里の梅

長谷寺(奈良県)

馬頭夫人社(左)

長谷寺(奈良県)

三百余社

長谷寺の建物その他

鐘楼

長谷寺の建物その他

能満院

長谷寺の建物その他

日限地蔵尊

長谷寺の末社

三社権現
奥の院として崇敬される旧地主神の瀧蔵権現、長谷寺の北方5km、桜井市瀧蔵神社の創始は遠く神代と伝わる。
詳しい記録は残らないが、熊野権現を勧請したらしく、伊弉諾命、伊弉冉命、速玉命の三神を祀る。
長谷寺の創建は、この瀧蔵権現から神領を譲渡されたものという。
さらに、この瀧蔵権現が初瀬に訪れた菅原道真の霊に「ここはよき地なり」と告げて社地を譲ったとされ、與喜天満神社が鎮座します。

徳道上人は初瀬谷の鎮守社として崇敬されていた瀧蔵神社の三神を勧請し本堂脇に祀った。
西社・新宮権現 中社・瀧蔵権現 東社・石蔵権現

長谷寺の末社

稲荷社

長谷寺の建物その他

本堂東側の愛染堂甍

長谷寺の本殿

本堂
創建以来七度の火災焼失しているが、最後は室町時代天文5年(1536)であり、天正16年(1588)に豊臣秀長により再建されている。
その後、江戸時代初期に徳川家光により再建されている。慶安3年(1650)に竣工、現在の本堂です。
秀長により再建された本堂が、60年足らずで建て替え新築されています。
もっとらしい建て替え理由が付けられていますが、豊臣家がそんな貧相なものを建てる訳がなく、よほど排除したかったのでしょうね。
現在の本堂が建立された際には、本尊を移動せず厨子で覆いさらにそれを囲むように正堂が建てられいます。
そのため長谷寺本堂は、内陣の中にさらに内々陣(厨子)があるという複雑な構造になっています。

長谷寺(奈良県)

観光写真でお馴染みの賓頭盧様

長谷寺の建物その他

本堂大悲閣前の懸造り舞台

長谷寺の建物その他

本堂より臨む五重塔

長谷寺の建物その他

大国堂

長谷寺の建物その他

徳道上人を祀る開山堂

長谷寺の建物その他

弘法大師御影堂

長谷寺の建物その他

本長谷寺
明治8年に焼失したため、廃寺となった與喜寺本堂を移設。

長谷寺(奈良県)

五重塔
昭和29年建立 戦後の日本で初めて建てられた五重塔。

長谷寺(奈良県)

三重塔跡
明治8年の火災で焼失、9年との資料もあり。

長谷寺の建物その他

立派な納骨堂

長谷寺の建物その他

菩提院陀羅尼堂

長谷寺の庭園

本坊内の庭園
本坊は寛文七年徳川将軍よりの寄進で建立されたが、明治44年炎上、現在の堂宇は大正十三年の再建。

長谷寺の建物その他

六坊の一つ 梅心院

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歴史

長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半と推定されるが、創建の詳しい時期や事情は不明である。寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686年)、僧の道明が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、続いて神亀4年(727年)、僧の徳道が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って開山したというが、これらのことについては正史に見えず、伝承の域を出ない。承和14年(847年)12月21日に定額寺に列せられ、天安2年(858年)5月10日に三綱が置かれたことが記され、長谷寺もこの時期に官寺と認定されて別当が設置されたとみられている。なお、貞観12年(870年)に諸寺の別当・三綱は太政官の解由(審査)の対象になることが定められ、長谷寺も他の官寺とともに朝廷(太政官)の統制下に置かれた。それを裏付けるように10世紀以後の長谷寺再建に際しては諸国に対しては国宛を、諸寺に対しては落慶供養参加を命じられるなど、国家的事業として位置づけられている。
長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めた。万寿元年(1024年)には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めた。
長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺[1] であったが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、16世紀以降は覚鑁(興教大師)によって興され僧正頼瑜により成道した新義真言宗の流れをくむ寺院となっている。天正16年(1588年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成された。近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めている。
十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ日本各地に多く240寺程存在する。他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と呼称することもある。

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長谷寺の基本情報

住所奈良県桜井市初瀬731-1
行き方

近鉄 長谷寺駅 徒歩15分

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名称長谷寺
読み方はせでら
参拝時間

08:30~17:00 10~3月は09:00~16:30

御朱印あり

西国三十三所の印が入った「大悲閣」、御詠歌「いくたびも 参る心ははつせ寺 山もちかいも 深き谷川」の御朱印を頒布しています。2020年12月末までは中央に「十一観音」と墨書きされている江戸時代の復刻御朱印を拝受できます。

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号0744-47-7001
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.hasedera.or.jp/
お守りあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご本尊十一面観世音菩薩
山号豊山( ぶさん )
院号神楽院(かぐらいん)
宗旨・宗派真言宗豊山派
札所など

西国三十三所観音霊場

文化財

本堂(国宝)、十一面観音菩薩立像(重文)、雨宝童子立像(重文)、難陀龍王立像(重文)、銅造十一面観世音菩薩立像(重文)、地蔵菩薩立像(重文)、不動明王坐像(重文)

ご由緒

長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半と推定されるが、創建の詳しい時期や事情は不明である。寺伝によれば、天武朝の朱鳥元年(686年)、僧の道明が初瀬山の西の丘(現在、本長谷寺と呼ばれている場所)に三重塔を建立、続いて神亀4年(727年)、僧の徳道が東の丘(現在の本堂の地)に本尊十一面観音像を祀って開山したというが、これらのことについては正史に見えず、伝承の域を出ない。承和14年(847年)12月21日に定額寺に列せられ、天安2年(858年)5月10日に三綱が置かれたことが記され、長谷寺もこの時期に官寺と認定されて別当が設置されたとみられている。なお、貞観12年(870年)に諸寺の別当・三綱は太政官の解由(審査)の対象になることが定められ、長谷寺も他の官寺とともに朝廷(太政官)の統制下に置かれた。それを裏付けるように10世紀以後の長谷寺再建に際しては諸国に対しては国宛を、諸寺に対しては落慶供養参加を命じられるなど、国家的事業として位置づけられている。
長谷寺は平安時代中期以降、観音霊場として貴族の信仰を集めた。万寿元年(1024年)には藤原道長が参詣しており、中世以降は武士や庶民にも信仰を広めた。
長谷寺は東大寺(華厳宗)の末寺[1] であったが、平安時代中期には興福寺(法相宗)の末寺となり、16世紀以降は覚鑁(興教大師)によって興され僧正頼瑜により成道した新義真言宗の流れをくむ寺院となっている。天正16年(1588年)、豊臣秀吉により根来山(根来寺)を追われた新義真言宗門徒が入山し、同派の僧正専誉により現在の真言宗豊山派が大成された。近年は、子弟教育・僧侶(教師)の育成に力を入れており、学問寺としての性格を強めている。
十一面観音を本尊とし「長谷寺」を名乗る寺院は鎌倉の長谷寺をはじめ日本各地に多く240寺程存在する。他と区別するため「大和国長谷寺」「総本山長谷寺」等と呼称することもある。

体験札所・七福神巡り
Youtube

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