つるがおかはちまんぐう
鶴岡八幡宮神奈川県 鎌倉駅
参拝/5:00~21:00(4月~9月)、6:00~21:00(10月~3月)
授与所・社務所/5:30~20:30(4月~9月)、6:30~20:30(10月~3月)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方つるがおかはちまんぐう
参拝/5:00~21:00(4月~9月)、6:00~21:00(10月~3月)
授与所・社務所/5:30~20:30(4月~9月)、6:30~20:30(10月~3月)
鶴岡八幡宮では、「鶴岡八幡宮」、末社「旗上弁財天社」の2種類の御朱印をいただけます。

神奈川県 鎌倉市 雪ノ下に鎮座する 鶴岡八幡宮(つるがおか はちまんぐう)相模国 一之宮、として有名、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます 2024 に鎌倉江の島七福神巡礼、一之宮巡りで参拝致しました、どの様な神社か引用を用いて調べて見ました、主祭神は 応神天皇、比売神、神功皇后、社格等は 旧国幣中社、別表神社、創建は康平6年(1063年)別名は 鎌倉八幡宮、鎌倉江の島七福神(弁財天)西山国師遺跡霊場客番、例祭は 9月15日、鎌倉八幡宮とも呼ばれる。11世紀後半に、源氏の守り神として創建された。以後、鎌倉武士の守護神となる。河内国(大阪府羽曳野市)を本拠地とする河内源氏2代目の源頼義は、長元9年(1036年)に相模守に任じられた時期に、平直方の女婿となり、鎌倉の大蔵にあった邸宅や所領、桓武平氏嫡流伝来の郎党を譲り受けた。
1063年 8月に源頼義が、前九年の役に際して戦勝を祈願した京都の石清水八幡宮護国寺(あるいは河内源氏氏神の壺井八幡宮)を鎌倉の由比郷鶴岡(現・材木座1丁目)に鶴岡若宮寺として勧請した。1081年2月に河内源氏3代目の源義家(八幡太郎義家)が修復を加えた。これが鶴岡八幡宮の始まりとなった。
1180年10月、平家打倒の兵を挙げ鎌倉に入った河内源氏後裔の源頼朝は、12日に宮を現在の地である小林郷北山に遷す。以後社殿を中心にして、幕府の中枢となる施設を整備していった。1191年に、社殿の焼損を機に、上宮(本宮)と下宮(若宮)の体制とし、あらためて石清水八幡宮護国寺を勧請した。1208年には神宮寺が創建される。
源頼朝が鎌倉幕府を開いた後は、源頼義・義家が勧請した経緯もあり、武家の崇敬を集めた。鎌倉幕府衰退後は、25の僧坊の数も減少し、一時衰退する。戦国時代には里見氏により焼き討ちにあうものの(鶴岡八幡宮の戦い)、北条氏綱が再建を果たす。江戸時代に入ると江戸幕府の庇護を受け大規模化が進み、仁王門、護摩堂、輪蔵、神楽殿、愛染堂、六角堂、観音堂 法華堂、弁天堂などを建築し、徳川家光の治世に薬師堂、鐘楼、楼門なども建てられた。また、境内には方五間の多宝大塔や、東照宮も存在した。
江戸幕府崩壊後、1868年3月13日に「神主を兼帯していた僧侶に対して還俗する旨の通達」が明治政府から出され、また1870年に大教宣布[3]がなされると、鶴岡八幡宮寺においてもいわゆる廃仏毀釈の動きが始まった。同年中に多宝大塔などの仏堂は破壊され、仏像、仏具、什宝、経典なども破壊・焼却処分されるか散佚した。ただし一部は現存し、鎌倉寿福寺、浅草の社僧が中心となって行った。また、一部残存していた仏堂も、その後真が残されている。名称も鶴岡八幡宮寺より鶴岡八幡宮に改められた。
明治の近代社格制度では県社に列し、1882年に国幣中社に昇格。戦後は神社本庁の別表神社に列している。近年は全国一の宮会に加盟しており、相模国の一宮と扱われることもある(ただし歴史的には一宮は寒川神社である)

康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、材木座に源氏の氏神として八幡宮をお祀りしたのがはじまりです。
その後、源源頼朝公はが鎌倉に入るや直ちに現在の地に遷し祀り、 建久2年(1191)には上下両宮の現在の姿に整えられました。鶴岡八幡宮は関東の守護、国家鎮護の神社となり、全国から崇敬を集め、各地に八幡宮(八幡神社)がお祀りされるようになりました。
現在の建物は、文政11年(1828)造営で流権現造りの代表的な江戸建築です。若宮(下宮)は、寛永元年(1624)に修復したもので、上宮とともに国の重要文化財に指定されています。
御本殿をはじめ、静御前が舞をおさめた若宮廻廊跡に建つ舞殿、そして源平池等、境内の様々な史跡が800年を超える長い歴史を語りかけてくれるかのようです。表参道である段葛、若宮大路から眺める八幡宮は、漆の朱と山の緑と空の青、更に遠近を考慮した色調と高低とを見事に演出させており、その美しさには驚嘆するばかりです。
| 住所 | 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31 |
|---|---|
| 行き方 | 鉄道:江ノ島電鉄線またはJR横須賀線「鎌倉駅」東口下車 徒歩10~15分
|
| 名称 | 鶴岡八幡宮 |
|---|---|
| 読み方 | つるがおかはちまんぐう |
| 通称 | 八幡さま |
| 参拝時間 | 参拝/5:00~21:00(4月~9月)、6:00~21:00(10月~3月)
|
| 参拝にかかる時間 | 1時間 |
| 参拝料 | 宝物殿:大人200円、子ども100円 |
| トイレ | ’ 流鏑馬馬場道(やぶさめばばみち) ’ 西側 と ’ 柳原神池 ’ 周辺にあり ( 「鎌倉宝物館」は有料ですが、外からもトイレへ入れます。/ 嘗て在った源氏池テラスのトイレは廃止されました) |
| 御朱印 | あり 真ん中に鶴岡八幡宮と書かれ、右上に相州鎌倉鎮座、真ん中に社印が押された御朱印です。
|
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0467-22-0315 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.hachimangu.or.jp/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| 西山国師遺跡霊場 客番 | 仏さま:応神天皇・神功皇后 御詠歌: たたら踏む 鋳物師が鋳型 土なれど 中にこがねの 仏こそあれ |
|---|---|
| 鎌倉江の島七福神 第2番 | 仏さま:幡上弁財天 御真言: おん そらそばていえい そわか |
| 日本全国の一宮まとめ |
| ご祭神 | 現在の祭神は以下の3柱 「八幡神」と総称される ・応神天皇 (おうじんてんのう) 第15代天皇 ・比売神 (ひめがみ) ・神功皇后 (じんぐうこうごう) 第14代仲哀天皇の妃、応神天皇の母 |
|---|---|
| 創建時代 | 康平6年(1063) |
| 創始者 | 源頼義 |
| 本殿 | 流権現造 |
| 文化財 | 袿 白小葵地鳳凰文二重織(国宝)
|
| ご由緒 | 康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、材木座に源氏の氏神として八幡宮をお祀りしたのがはじまりです。
|
| ご利益 | |
| 体験 | |
| 供養 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ