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しながわじんじゃ

品川神社
東京都 新馬場駅

御朱印 (1種類)

品川神社でいただける御朱印は1種類です。

品川神社の御朱印

300円
真ん中に「品川神社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に「元准勅祭 十社之内」の印が押されています。
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御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

その他の巡礼の情報

准勅祭社
東海七福神

品川神社について

社頭に立つ双龍鳥居は見事


第一京浜沿いに立つ鳥居は東京三大鳥居の1つに数えられることもある双龍鳥居です。その名の通り、鳥居の両側に見事な龍が彫刻されています。

おすすめの投稿

PAPRIKA🐾
PAPRIKA🐾
2026年03月30日(月)39投稿

東京十社巡り 第一弾⭐️
①品川神社

友人に誘われ、興味を持ち決行🙌🏻
十社巡り専用の御朱印帳もあるらしくこれもまたワクワク😀
よしゃ‼️コンプリートしましょ💪🏻

「東京十社」とは、明治天皇が万民の平安を祈り、東京を守るために選んだ12社のうち昭和天皇の御即位50年を記念して選ばれた10の神社のこと。なるほど🧐
まずは「品川神社」からGO‼️

⚪︎最初の鳥居⛩️には登り龍と下り龍が形どられている双龍鳥居。
左手には「大黒天」さんが。狛犬も加わりデデーンと凄い迫力‼️

⚪︎目玉❶石段を登ると左手に「富士塚」🗻
この富士塚に登ると本物の富士山に登ったのと同じご利益があるとされているそうです。
鳥居をくぐってすぐ右にある祠は、猿田彦神社。道案内の神様ですね。
結構な急斜面でしたが、登り切ったら爽快感‼️思わず「やったー‼️」と叫んでしまいましたw

⚪︎そして御本殿へのお詣り
【御祭神】
•天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)
 祈願成就・航海安全
•宇賀之売命(うがのめのみこと)
 お稲荷様・農業・商業・産業繁栄
•素盞嗚尊(すさのおのみこと)
 天王様 風水害除け・厄除け・病気除け

⚪︎次は御本殿右手にある鳥居⛩️の先。道がふた手に分かれていて、上社の「阿那稲荷神社」へお詣り。
【御祭神】
•倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
 五穀豊穣、商売繫盛

⚪︎そして阿那稲荷神社 下社へ。
ここには八百萬神社(やおよろずじんじゃ)、大国主恵比寿神社、天王白龍弁財天社が祀られていました。
八百萬は日本の全ての神様。大国主は出雲大社の御祭神で縁結びの神様。恵比寿は大漁祈願と商売繁盛。弁財天は諸芸上達と財運。

品川神社目玉❷「一粒萬倍の御神水」
銭洗弁財天です。
“家門・家業の繁栄を祈り、印鑑・銭にこの水をそそぐが吉
また、持ち帰りて家・店の四隅にそそぎ清き明るき心を持って暮らし商売をするが吉。そそぎし銭の一部は門前・北品川の商家にて使用するが吉“

ペットボトルを持って来ましたよー🙌🏻
小銭とお札をこのお水ですすぎ、ペットボトルにお水をいただいてきました。自宅に帰ってから、家の四隅と仕事用の机をこのお水で拭きました。御利益あるかな??
一粒萬倍の御神水の隣にある小さなお稲荷さんには沢山の可愛らしい🦊置物が飾られていました

⚪︎そして最後に富士塚の裏側に鎮座する「浅間神社」。富士山と言ったら浅間さんですね。(静岡出身なので、「せんげんさん」と呼んでしまいますw)
【御祭神】は木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)。
お社の屋根の裏、壁には千社札が沢山貼られていました。
あーんな高い所、どうやって貼ったんだろ??🤭

⚪︎「ぶじかえる」さんにご挨拶をして終了🙌🏻

見どころたっぷりの神社⛩️でした

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きどっち
きどっち
2025年11月21日(金)1556投稿

東京十社のひとつ、品川神社にあがらせていただきました。

関東方面に行った際にはいつかお参りしたいと思っていたのですが、東京には行くものの品川になかなか足を運ぶ機会がなく、今回ようやくお参りすることができました。 これもきっと何かのご縁があったのでしょうかね。

この日は雨が降ったあとの曇天ではありましたが、そのおかげか参拝者もそこまで多くなく、境内の雰囲気を満喫することができました。
拝殿にてまずはお参りさせていただいた後、社務所にて御朱印を拝受。
その後拝殿向かって右手に赤鳥居が連なっているのが見えて、そちらへ吸い込まれるように向かっていくと、鳥居の先には阿那稲荷神社の上社があるのですが、その手前に右下へと下っていく階段がありものすごく興味を惹かれました。
上社に参拝後、そちらに向かってみると、そこには阿那稲荷神社の下社。
扁額には「一粒萬倍」と書かれているではありませんか!
中に入ると「一粒萬倍の御神水」があり、印鑑やお金にこの御神水そそぐとよいとのこと。
それにしても最近、金運にまつわる神社や銭洗いがあるところなどにとてもご縁があるのはなぜでしょう?😅

最後に境内の東にある富士塚「品川富士」に登頂。
階段で登っていくのですが、意外と急で幅も狭いためよそ見をしていると結構危険かも?
そして頂上まで登り切り、しばし景色を眺めたあと下山(大げさですみません)。

<御祭神>
 天比理乃咩命
 宇賀之売命
 素盞嗚尊

<御由緒>~東京十社会のHPより~
文治三年(1187)、源頼朝が海上交通の安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃咩命を勧請し、品川大明神と称した。元応元年(1319)、北条高時の臣二階堂貞藤(道蘊)が、産業の守護神として、宇賀之売命を勧請し社地を吉端岡と名付けた。文明十年(1478)6月、太田道灌が、風水害、疫病、歌謡の守護神として、素盞雄尊を勧請し6月の天王祭が始まる。東海道北品川宿の鎮守である。

品川神社(東京都)
品川神社(東京都)

社号標と双龍鳥居

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歴史

今からおよそ八百年程前の平安時代末期の文治三年(1187)に、源頼朝公が阿房国の洲崎明神(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。
 やがて、鎌倉時代末期の元応元年(1319)に二階堂道蘊公が、「宇賀之売命(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478)に、太田道灌公が、「素盞嗚尊(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
 慶長五年(1600)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当社へ参拝し戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納されました。
 また、寛永十四年(1637)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修覆所(神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(1694)・嘉永三年(1850)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行われる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
 時代は明治に移り、同元年(1868)十一月には明治天皇様が、新都・東京の安寧と国家の繁栄を御祈願されるために、当社を含んだ都内の神社を「准勅祭神社」と定められ、御勅使が御参拝になられ御祈願をされました。
 大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(1964)氏子各位の御協力により現在の社殿が再建されました。

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品川神社の情報

住所東京都品川区北品川3-7-15
行き方

京浜急行新馬場駅北口より徒歩1分
JR品川駅より徒歩15分

品川神社の基本情報

名称品川神社
読み方しながわじんじゃ
通称北の天王社
参拝時間

授与所:9:00〜17:00

参拝にかかる時間

約15分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳あり
電話番号03-3474-5575

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://shinagawajinja.tokyo
おみくじあり
絵馬あり

巡礼の詳細情報

東海七福神

第3番

ご本尊・ご祭神:大黒天

東京十社

詳細情報

ご祭神天比理乃咩命
素盞雄命
宇賀之売命
創建時代文治三年(1187)
創始者源頼朝
文化財

神輿、石造鳥居(区指定有形文化財)
富士塚(区指定有形民俗文化財)
品川神社太太神楽(都無形民俗文化財)

ご由緒

今からおよそ八百年程前の平安時代末期の文治三年(1187)に、源頼朝公が阿房国の洲崎明神(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。
 やがて、鎌倉時代末期の元応元年(1319)に二階堂道蘊公が、「宇賀之売命(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478)に、太田道灌公が、「素盞嗚尊(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
 慶長五年(1600)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当社へ参拝し戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納されました。
 また、寛永十四年(1637)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修覆所(神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(1694)・嘉永三年(1850)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行われる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
 時代は明治に移り、同元年(1868)十一月には明治天皇様が、新都・東京の安寧と国家の繁栄を御祈願されるために、当社を含んだ都内の神社を「准勅祭神社」と定められ、御勅使が御参拝になられ御祈願をされました。
 大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(1964)氏子各位の御協力により現在の社殿が再建されました。

ご利益
体験
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