御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※品川神社ではいただけません

しながわじんじゃ

品川神社

東京都 新馬場駅

投稿する
03-3474-5575

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印 (1種類)

品川神社でいただける御朱印は1種類です。

品川神社の御朱印

300円

真ん中に「品川神社」と墨書きされ、神社印が重ねられています。
右下に「元准勅祭 十社之内」の印が押されています。

限定御朱印(1種類)

大黒天の御朱印

300円
毎年1月1日~15日

右上に「東海七福神」の墨書きされ、小槌の形の中に「品川神社」の文字が入っている印が押されています。
真ん中に「大黒天」と大きく墨書きされています。
墨書きに重ねて、
左側に三つ巴紋
上部に葵紋
真ん中に大黒天の姿と「北品川 天王山 品川神社」「東海七福神」「大黒天」の文字
これらが打ち出の小槌の形の中に入った印が押されています。
左側に日付と「品川神社」の墨書きと神社印が押されています。

授与場所・時間

御朱印は社務所でいただけます。
受付時間は9時~17時
詳しくは公式サイトをご確認ください。

御朱印をもっと見る|
169
御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
-

巡礼

東京十社
東京十社
東海七福神・大黒天

品川神社について

社頭に立つ双龍鳥居は見事


第一京浜沿いに立つ鳥居は東京三大鳥居の1つに数えられることもある双龍鳥居です。その名の通り、鳥居の両側に見事な龍が彫刻されています。

おすすめの投稿

Gclef
2020年09月14日(月)
128投稿

東京十社自転車めぐり~⑧品川神社~
(芝大神宮)--5.1km--(品川神社)--6.0km--(赤坂氷川神社)

八社目は品川神社にお参りしました。
東京十社の中では少し南に離れたところにあります。
芝大神宮からは第一京浜を通ってサイクリングしたのですが、
トラックなどの交通量がかなり多く走りにくいですね…

品川神社は1187年、源頼朝が安房国一之宮洲崎神社から
天比理乃咩命を勧請して祀ったのが始まりだそうです。

現在は社殿が工事中で見ることはできませんでした…
来年の完成を待ってもう一度訪れたいところです。

境内には都内最大の高さ、15mの富士塚がそびえています。
岩場はとても本格的で、臨場感があります。
山頂からの景色は絶景なので、立ち寄ることをおすすめします。

次の東京十社は赤坂氷川神社へと向かいます。
いよいよ結願も見えてきたところなので
自転車をこぐペダルにも力が入ります。

*****************************************************
東京十社とは「元准勅祭社」にあった十社の総称で、
①王子神社②白山神社③根津神社④神田神社⑤亀戸天神社
⑥富岡八幡宮⑦芝大神宮⑧品川神社⑨赤坂氷川神社⑩日枝神社
の各社になります。
いずれも都内ではエース級の規模を誇る有力社です。

准勅祭社とは1868年に東京鎮護を願って定められた十二社で、
明治天皇からの幣帛もあったほど重要視されていました。
(十二社は東京十社に六所神社・鷲宮神社の二社を加える)
ただ当時の社格でいうと十二社中に式内社はなく、
また官国幣社もないということになります。
(その後1882年に日枝神社が官幣社に指定)
「准」とつくのは、勅祭社はそれはそれで制定しており、
それに併せて指定された経緯があるようです。
ただ准勅祭社の制度は早くも1870年には廃止になってしまいました。

その後1975年に昭和天皇の即位50年を記念して十社巡礼が企画され、
今では観光的な意味合いで広く知られるにいたっています。
*****************************************************

品川神社の御朱印

御朱印。御朱印紙のみの対応でした。

品川神社の鳥居

鳥居と狛犬。鳥居から社殿に向かって急な階段がのびています。

品川神社の建物その他

社号標。

品川神社の景色

参道階段より第一京浜をのぞむ。結構急で長い階段が続きます。脇に伸びる階段は富士塚へとつづきます。ここは後回しにしてとりあえず社殿を目指します。

品川神社の建物その他

残念ながら御社殿は工事中で目にすることは叶わず…仮拝所での参拝になりました。令和二年十二月には完工予定とのことです。

品川神社の建物その他

仮拝所。これはこれで味があります。太古の昔、神社建築の始まりはこんな感じの小屋だったかもしれないなんてことを考えました。

品川神社の狛犬

狛犬。江戸後期文政十三年につくられた備前焼の狛犬です。こういった狛犬はあまり見かけないので、思わずカメラに収めました。

品川神社の鳥居

無事参拝を済ませ御朱印をもらったところで、参道脇から富士塚に向かいます。

品川神社の建物その他

結構本格的な岩場の階段になっています。

品川神社の建物その他

階段途中には「○合目」という標識もあり本格的です。6合目付近からは急に険しくなり、鎖のガイドも設置されています。

品川神社の景色

富士塚山頂からは旧東海道の方向を眺めることができます。標高は15メートルですが、かなり遠くまで見渡せます。目の前を走るのは京急線です。

もっと読む
アルネ
2019年07月20日(土)
313投稿

この日のラストは東京十社の一つ、品川神社。田町駅から品川乗り換えで、北品川駅下車。お稲荷様や富士浅間神社などの摂社末社、包丁塚などがありました。境内で、本殿前の狛犬を見ようと近付いていくと、目の前を小さなトカゲが横切っていきました。その後、他の参拝客の流れを見て参拝したのですが…お賽銭を入れ、二礼二拍手、祝詞をあげてご挨拶をして、二拍手一礼したところ、最後の一礼で賽銭箱に頭をゴンと打ち付けてしまいました。金属製だったので「あいてっ」とつい言ってしまうくらい痛かったです。トカゲを追いかけて写真を撮ったのが悪かったのでしょうか…。知らずに何か粗相をしてしまったのか、単純に自分が馬鹿だっただけではありますが、何か叱られたのかもしれないと、ちょっと不安です。

---
追記
帰宅して、そういえば今日はマンションの管理人さんに、我が家のインターホンが故障しているので状態を見に来てもらうという約束をしていたことをすっかり忘れていたのを思い出したのでした。悪気はなかったとはいえ、人との約束を違えてしまっていたのです。約束を破って、管理人さんに迷惑をかけてしまいました。叱られたのだとすれば、きっとこのことなのだろうと思います。

---
追記2
後になってこの時のトカゲについて調べたところ、古来から神の使い、スピリチュアル的に縁起の良い吉兆とされるらしく、特に神社で出会った場合は「神聖なものとの縁を結んだサイン」「神社でトカゲを見かけるという事は、神様に招かれたという事でとても縁起の良いこととされている」のだそうです!歓迎されなかった、嫌われたりしたわけではないとわかり、安心しました。優しい神様に感謝です。とっても嬉しいです。いつかまた会いにいきたいと思います。

品川神社の景色

京急電鉄の北品川駅から参拝しました。

品川神社の鳥居

私が着いたとき、入口の目の前にはとバスが停まっていました。着いたのは16時頃でしたが、それより早かったらバスツアー客でいっぱいだったのかもしれません。

品川神社の鳥居

急な階段を登るとまた鳥居があります。

品川神社の狛犬

境内の参道の、明るい笑顔の阿の狛犬です。

品川神社の狛犬

吽の狛犬です。優しいお顔です。

品川神社の動物

手水舎そばの敷石あたりを走っていく小さなトカゲ。尻尾が鮮やかなブルーです。

品川神社の狛犬

入口の狛犬です。

品川神社の狛犬

参道の狛犬より威厳のあるお顔です。

品川神社の像

入口左手に狛犬と並んで大黒さまがおられます。歩道に面していますので、通りすがりや車の中からでも会えます。写真で見ると、改めて素敵な笑顔です。

品川神社の建物その他

ご近所にお住いの方らしいおばあちゃま。私と同じタイミングで来て、同じタイミングで去っていきました。摂社末社にも丁寧に手を合わせてご挨拶していらっしゃいました。品川神社のご加護を受けてらっしゃるのだな、と思いました。

品川神社の周辺

帰りは品川駅まで歩いたのですが、品川駅高輪方面に鳥居を見つけました。お賽銭が尽きていたことや、体力と時間の都合から、今日はスルーにしました。

もっと読む
投稿をもっと見る(153件)

歴史

今からおよそ八百年程前の平安時代末期の文治三年(1187)に、源頼朝公が阿房国の洲崎明神(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。
 やがて、鎌倉時代末期の元応元年(1319)に二階堂道蘊公が、「宇賀之売命(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478)に、太田道灌公が、「素盞嗚尊(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
 慶長五年(1600)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当社へ参拝し戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納されました。
 また、寛永十四年(1637)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修覆所(神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(1694)・嘉永三年(1850)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行われる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
 時代は明治に移り、同元年(1868)十一月には明治天皇様が、新都・東京の安寧と国家の繁栄を御祈願されるために、当社を含んだ都内の神社を「准勅祭神社」と定められ、御勅使が御参拝になられ御祈願をされました。
 大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(1964)氏子各位の御協力により現在の社殿が再建されました。

歴史をもっと見る|
40

品川神社の基本情報

住所東京都品川区北品川3-7-15
行き方

京浜急行新馬場駅北口より徒歩1分
JR品川駅より徒歩15分

アクセスを詳しく見る
名称品川神社
読み方しながわじんじゃ
通称北の天王社
参拝時間

9:00〜17:00

御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号03-3474-5575
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://shinagawajinja.tokyo
絵馬あり

詳細情報

ご祭神《主》天比理乃咩命,素盞雄命,宇賀之売命
創建時代文治三年(1187)
創始者源頼朝
札所など

東京十社
東海七福神・大黒天

文化財

神輿、石造鳥居(区指定有形文化財)
富士塚(区指定有形民俗文化財)
品川神社太太神楽(都無形民俗文化財)

ご由緒

今からおよそ八百年程前の平安時代末期の文治三年(1187)に、源頼朝公が阿房国の洲崎明神(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。
 やがて、鎌倉時代末期の元応元年(1319)に二階堂道蘊公が、「宇賀之売命(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478)に、太田道灌公が、「素盞嗚尊(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
 慶長五年(1600)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当社へ参拝し戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御礼として仮面(天下一嘗の面)・神輿(葵神輿)などを奉納されました。
 また、寛永十四年(1637)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修覆所(神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(1694)・嘉永三年(1850)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行われる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
 時代は明治に移り、同元年(1868)十一月には明治天皇様が、新都・東京の安寧と国家の繁栄を御祈願されるために、当社を含んだ都内の神社を「准勅祭神社」と定められ、御勅使が御参拝になられ御祈願をされました。
 大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(1964)氏子各位の御協力により現在の社殿が再建されました。

体験祈祷結婚式七五三博物館祭り札所・七福神巡り

この神社の神主様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の神社の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印小バナー2022年10月