ぞうじょうじ|浄土宗| 三縁山
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楽しみ方増上寺のお参りの記録一覧
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【東京編⑦】
宝珠院様から芝東照宮へお参りして5社4寺目は増上寺様へ行きました🙏🏻
増上寺様では4/4〜7まで『御忌大会』とゆうのが行われていました。
御忌(ぎょき)とは、浄土宗の元祖、法然上人の忌日法要のことです。増上寺では毎年この「御忌」法要を盛大に執り行っております。 法然上人は、建暦2年(1212年)1月25日80歳で亡くなられました。

三解脱門(三門)の横に立っていました。

☆参道から大殿と東京タワー🗼☆
参道の両側には屋台がたくさんありました😊
【大殿】
昭和49年(1974年)、大本山の念仏の根本道場として、あらゆる儀式法要が行えるよう斬新な設計と意匠で、戦災に遭い焼失した本堂が再建されました。首都圏では最大級の御堂で、石段を登りつめた二階に本堂、三階に道場、一階に檀信徒控室、地下に増上寺宝物展示室があります。
本堂のご本尊阿弥陀如来(室町期製作)は、両脇壇に高祖善導大師と宗祖法然上人の御像が祀られ、参拝される方々の厚い信仰をあつめています。



家康の遺言で葬儀を行った場所。
久能山、日光、大樹寺、そして増上寺。遺言コンプリート達成。
如何にも東照宮な門。その壮麗さに圧倒されるが、そこは台徳院霊廟惣門と言う代物。増上寺手前。
隣の門は渋めだが威厳がある。が、これは黒門と言う脇の門。
その隣の馬鹿デカい門が入り口。三解脱門。
全体を見るには、一度信号を渡る必要がある。
脇の建物からハシゴが掛かっている。大樹寺もそうだった。
この門を眺めているだけで楽しい。
中には石碑やら墓やらが満載。
隅々まで散策した者しか発見出来ない宝の山。
熊野神社や千体地蔵もあれば、聖鋏観音や四菩薩像などもある。
大殿は本殿に当たるが、名の通りデカい。中に入って良いのかダメなのか曖昧。
地下が宝物殿だが、火曜定休日。
悔しいので、翌日も来た。
無料コーナーは、仏舎利。
有料コーナーは、絵と模型。
量より質。
絵は、500羅漢図。なかなか濃い目のキャラクター。
模型は、台徳院本殿。
仏舎利は、釈迦の遺灰と言う貴重さに加えて、仏壇が芸術。
イチオシは模型。10分の1スケールでかなり大きい上に、細かく再現されている。
隣の安国殿は、家康を祀っている。細かい所まで見事な装飾。
ここに社務所が含まれる。
おみくじ、御守り、御朱印などはこちら。
裏が徳川将軍家墓所。ここも火曜定休日。
2代、6代、7代、9代、12代、14代。古本屋の漫画みたいな揃い方。
皇女和宮と合祀塔も一緒に並んでいる。
秀忠、家宣、和宮の墓が印象に残った。
大納骨堂や茶室など、周りの建造物も見る価値あり。
来るべき素晴らしい寺。
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限定御朱印がいただけるようだったので、宝珠院様から芝東照宮様でお参りをして増上寺様へやって来ました😊閉所時間が近かったので、さっとお詣りをすませ御朱印を拝受してから、あらためてゆっくりお詣りしました😄 本日はここまで5社5寺お詣りさせていただきました。

☆三解脱門(三門)☆
増上寺の表の顔として、東京都内有数の古い建造物であり東日本最大級を誇るこの門は、当山の中門にあたり(表門は大門)、正式名称を三解脱門といいます。煩悩から解脱した覚りを開くための三種の修行「空門」「無相門」「無願門」の三門を三解脱門といい、またこれを通称「三門」ともいいます。慶長16年(1611年)徳川幕府の助成により、幕府大工頭•中井正清とその配下により建立。元和7年(1621年)強風により倒壊するも、元和8年(1622年)に再建。増上寺が江戸の初期に大造営された当時の面影を残す唯一の建造物で、国の重要文化財に指定されています。 三解脱門とは三つの煩悩「むさぼり、いかり、おろかさ」を解脱する門のことです。建築様式は三戸二階二重門、入母屋造、朱漆塗。唐様を中心とした建物に、和様の勾欄などが加味され、美しさを見せています。二階内部(非公開)には、釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されています。この門をくぐると、念仏を称えて阿弥陀様と親しく近しい縁を結び、「むさぼり、いかり、おろかさ」といった煩悩から解脱した安らぎの世界「極楽浄土」への往生を願う空間が広がっています。

☆聖観世音菩薩☆
東京都のおすすめ🎌
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