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しゃないん|真言宗豊山派勝軍山

舎那院のお参りの記録一覧
滋賀県 長浜駅

naochinclub
naochinclub
2025年11月29日(土) 20時59分26秒
238投稿

びわ湖百八霊場の巡礼の途中に立ち寄りました。

舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)

落ち葉を集めて、ハート形に。

舎那院(滋賀県)

御朱印は書き置きが準備されています。

舎那院(滋賀県)
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花散里
花散里
2025年12月14日(日) 23時44分58秒
828投稿

秋の滋賀・ご褒美1人旅⑩
長濱八幡宮参拝のあと、お隣りの舎那院さんにお参りしました。
樹々におおわれ、心洗われる感じの素敵なお寺さんです☺️

舎那院(滋賀県)

八幡宮の奥まった所に「舎那院➡️」の札があり、木をかき分けるように進むと石の地蔵さんが迎えてくれました。

舎那院(滋賀県)

紅葉🍁きれいですねぇ…
お地蔵さまと目が合った瞬間、陽がさしてきました❣️

舎那院(滋賀県)

我ながら、待ち受けにしたいような写真が撮れた。

舎那院(滋賀県)

御本堂
弘仁五年(814年)弘法大師のご開基

舎那院(滋賀県)

境内を小川がさらさら流れています。
奥にみえるのは護摩堂

舎那院(滋賀県)

勝軍山新放生寺舎那院
勇ましいお名前ですねー。
源義経が都落ちの折、源氏ゆかりの八幡宮別当寺であるこの舎那院に逃れてきた。が、既に長浜は危険だから、ここじゃなく木之本の浄信寺に急ぎなさいヨ❗️と住職が進言し、義経主従はそれにしたがったと。
実はこの後、木之本地蔵院さんにお参りする予定だったので、
興味深くのお話をききました。

舎那院(滋賀県)

御本尊は愛染明王様と阿弥陀如来様
他にもたくさんの仏様がおられるようです。

舎那院(滋賀県)

お帽子や前掛けを付けた、シャレオツなお賓頭盧さん

舎那院(滋賀県)

護摩堂(不動堂)

舎那院(滋賀県)

こちらは庫裡かな

舎那院(滋賀県)

お留守みたい。
お玄関先にきれいなお花が飾られていました。

舎那院(滋賀県)

瓢箪に龍の絵が描いてある。
ミニネコチャン、可愛い🩷
ネコ好きなお寺さんかな。

舎那院(滋賀県)

書置きの御朱印はコチラからいただけるのでつね。

舎那院(滋賀県)

ネコの涅槃図、おもしろいな〜😄
泥棒猫だの猫ババだの、何かと悪く言われて可哀想だったけど、近年はそこいらじゅうで客寄せになるほどの愛されキャラだネ🥰

舎那院(滋賀県)

庫裡の玄関から本堂を見たところ✨

舎那院(滋賀県)

観音堂、かな

舎那院(滋賀県)

こちらは太子堂

舎那院(滋賀県)

山門です。

舎那院(滋賀県)

鐘楼
袴腰式という様式なんだそうです。
浄林寺さんの太鼓楼といい、長浜の建築物は趣きがあっていいな☺️

舎那院(滋賀県)

紅葉🍁がよく似合います。

舎那院(滋賀県)

御本尊様の御朱印

舎那院(滋賀県)

阿弥陀様の御朱印。
コチラにもネコチャン

舎那院(滋賀県)

冬の寝床にはこんなふうにネコどもが寄ってきます。
トテモアッタケーンダヨ😄

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sasaki3
sasaki3
2024年11月30日(土) 10時01分31秒
2594投稿

舎那院 長浜八幡宮のとなり

舎那院の御朱印

舎那院 長浜八幡宮のとなり

舎那院(滋賀県)

舎那院 長浜八幡宮のとなり

舎那院(滋賀県)

舎那院 長浜八幡宮のとなり

舎那院(滋賀県)

舎那院 長浜八幡宮のとなり

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年08月26日(月) 21時10分27秒
3004投稿

長濱八幡宮をお参りしたところ 境内にお隣のお寺に通じる道を示す看板がありましたのでお参りしました。
神社の隣にお寺となると どうしても神宮寺や廃仏毀釈や神仏分離令という言葉が思い浮かびます。
調べたところ こちらの舎那院さんは 平安時代より長濱八幡宮境内にあった別当寺である新放生寺の子院でした。
この日は運悪くなのか 御朱印は拝受できませんでした。

山号は勝軍山 宗旨宗派は真言宗豊山派 ご本尊は愛染明王 創建年は伝・弘仁5年(814年) 開基は伝・空海、及雅(開山)です。

由緒については
平安時代初期の弘仁5年(814年) 空海を開基として創建したと伝わる古刹。
寺号は新放生寺といい 山号の勝軍山は学頭別当職に就いた源義家による中興の時代(11世紀後半)に後三条天皇より賜ったものである。
16世紀後半の度重なる兵火を受けて堂宇を焼失したが 豊臣秀吉によって再興された。
新放生寺は平安時代より長浜八幡宮の学習院であり別当寺を務ていたが 明治時代初期の神仏分離令により子院の一つである舎那院以外は廃された。
舎那院には廃された寺院の仏像等が集められ 現在に至っている。
とありました。

舎那院(滋賀県)

道案内

舎那院(滋賀県)

山門

舎那院(滋賀県)

大師堂

舎那院(滋賀県)

観音堂

舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)

庫裏かな

舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)

本堂

舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)

扁額 木組みと彫刻がきれい

舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)

護摩堂

舎那院(滋賀県)
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かおり
かおり
2023年03月11日(土) 19時15分50秒
1683投稿

すぐ隣は長浜八幡宮だ。
滋賀県は、昭和20年7月に現在の大津、昭和20年5月に彦根と米軍による空襲があったが、ここ長浜は戦火を免れたようだ。
だから、安土桃山時代の建物が残り、境内の樹々も素晴らしい。

ここで私は思うのだった。
神社の中には、御朱印帳をお寺を一緒にするのは嫌だと言う人がかなりいるのだ。(もちろん、しないが)
御朱印巡りの本やWebなどでも、御朱印帳は別にするのが常識と書かれている。
本当にそうなのだろうか?
それって、明治維新の保守の考えですよね?と私は言いたい。
元々は、奈良、平安時代から、神仏習合で同じ敷地で仲良くしてきたのだ。
お寺に行くと普通に鳥居があり、比叡山の修行では日吉大社参拝も含まれている。
徳川家康、徳川幕府は、神社もお寺も大事にしたのだ。
芝増上寺内には東照宮もある。
こちらの御朱印であるが、お寺の玄関に抽斗が置かれ、
「お金と一緒にご自由にお持ちください」
となっている。
これも日本の良さなのだ。参拝する人を信じるという。
現在の日本を観ると、神社の賽銭泥棒やら、SNSでのふざけた動画やら、何か変わってしまったと感じる。

この猫のモデルは、ここの庭に住み着いた白黒猫で、滅多に会えないが会えたら幸せなのだと言う。。。残念ながら会えなかった。

舎那院の御朱印
舎那院(滋賀県)
舎那院(滋賀県)
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舎那院のその他建物
舎那院(滋賀県)
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