たがたいしゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方多賀大社のお参りの記録一覧
絞り込み

この日の最後のお参りは こちら多賀大社さん。
観音正寺さんからはけっこうかかります。車で40分ぐらいかな。
多賀大社さんは 関西ではとても有名な神社です。
過去には 万灯祭でお参りしたこともあります。
その時は境内の様子が分からないほどの人出で もみくちゃになりながらお参りしました。
御朱印も拝受するために並んでいたので諦めたほどでした。
今回は昼。それも万灯祭も終わってから。
もちろん参拝者はいらっしゃいますが 何より空いています。
境内末社が多く ぐるっと見て回るだけでも30分は下りません。
もちろん丁寧にお参りしていきますから 1時間コースですね。
全部説明を書ききれませんので 写真で見てください。とにかく多いです。
主祭神は伊邪那岐命と伊邪那美命です。
同じ境内なのですが 日向神社は末社なのか摂社なのかわかりませんが 立派な鳥居と狛犬もあり こちら日向神社だけで単体扱いできるものだと思いました。
由緒については
和銅5年(712年)編纂の『古事記』の写本のうち真福寺本には 「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也。」「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)との記述があり これが当社の記録だとする説がある。
ただし『日本書紀』には「構幽宮於淡路之洲」 すなわち「幽宮(かくれみや)を淡路の洲(くに)に構(つく)りて」とあり 国産み・神産みを終えた伊弉諾尊が 最初に生んだ淡路島の地に幽宮(かくりみや、終焉の御住居)を構えたとあり 『古事記』真福寺本の「淡海」は「淡路」の誤写である可能性が高い。
戦国時代の明応3年(1494年)には神仏習合が進み 神宮寺として天台宗の不動院が近江守護六角高頼によって建立された。
神宮寺配下の坊人は全国にお札を配って信仰を広め 当社は中世から近世にかけて伊勢神宮・熊野三山とともに庶民の参詣で賑わった。
とありました。




「お伊勢参らばお多賀へ参れ。お伊勢、お多賀の子でござる」という里謡がある通り、多賀大社のご祭神は伊勢神宮のご祭神天照大神の親神様にあたる伊邪那岐命、伊邪那美命の二柱の神様です。「古事記」に伝えるところによると、この二柱の神様は高天の原で初めて夫婦の道を始められ、我が国の国土をはじめ八百万の神々をお生みになり、その後、琵琶湖を西に望む杉坂山にご降臨になり、この多賀の霊地にお鎮まりになりました。古くから延命長寿、縁結びの神様として有名で、奈良時代、元正天皇のご病気に際しては、多賀の神主が強飯を炊き、ご神木で作った杓子を添えて献上したところたちまち治癒され、平安の昔には、俊乗坊重源という高僧が二十年の寿命を賜って東大寺の再建を成し遂げたと伝えております。
~由緒書きより一部抜粋~
久々に糸切餅が食べたくなり参拝致しました🙏
以下、写真が多くなりますが、お付き合い下さい😊





最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ




























































