いしやまでら|東寺真言宗|石光山
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楽しみ方石山寺のお参りの記録一覧
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奈良東大寺と深いご縁のあるお寺さんです。
聖武天皇は大仏の造立にあたり、像の表面に鍍金を施すため、大量の黄金を必要とされました。そこで良弁に命じ探させます。夢のお告げで石山の地を訪れ、比良明神の化身である老人に導かれ、巨大な岩の上に聖徳太子の念持仏の金銅の如意輪観音を安置し、草庵を建てます。その2年後、陸奥国から黄金が産出され、元号を天平勝宝と改めます。良弁の修法が認められたわけですが、如意輪観音が岩山から離れません。そこで、観音さまを覆うようにお堂を建てたのが、石山寺の草創だそうです。
西国三十三所観音霊場 第13番札所
山号:石光山
宗派:東寺真言宗
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:747年(天平19年)
開山:良弁
開基:聖武天皇

青鬼まつり(5月第3日曜日開催)
学僧 朗澄律師(ろうちょうりっし)
(1132〜1209)の遺徳を偲ぶお祭りです。東大門に向かって参拝者を出迎えます。杉の葉で作られた高さ5メートルの像です。

お参りしたのは第3日曜日より少し早いのですが、すでに準備されていました。

2024年4月 関西小旅行初日 2社目。
正法寺岩間寺参拝後にお参り。初参拝。
正法寺は参拝者ばかりでしたが、こちらは駐車場に大型観光バスが何台も停まり盛況。
東大門・仁王像 大きくないですが運慶と息子湛慶作の仁王像は力強く、門もバランスが取れていて見惚れます。
見惚れていて数分眺めている間に、写真撮影2組から頼まれてしまいました。
門抜けて参道進むとチケット販売所へ。チケットを購入するのに10人ほど待ち。
入山のみや本堂拝観、大河ドラマ館拝観等、いろいろなチケットがありましたが、大河ドラマみてないので本堂内陣、豊浄との拝観のセット券を購入し、本堂へ。
国宝の本堂。東大門の観光バス客は大河ドラマ館がメイン観光なのか、それほど多くの参拝客はおらず、厳かな雰囲気。
内陣拝観で本尊を間近に見ることができます。
境内が広く、門前は観光バスの参拝者で溢れていましたが、じっくりまわっている個人の参拝者は多くはなく、1時間半ほど見てまわりました。
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紫式部ゆかりの寺、大河ドラマ「光る君へ」の大河ドラマ館が併設されており観に行きました。
まず参拝前に腹ごしらえ
叶匠寿庵 石山寺店で石餅を頂きました
受付でチケットを買いいざ参拝
結構急な階段を登り本殿へ
紫式部人形が飾ってありました
後で知ったことですが、この紫式部人形がちょうどクラウドファンディングで修繕され、戻ってきたのが参拝した日でした
本殿へお参りした後御朱印を頂きました
御朱印帳を持っていくのを忘れたので、書き置きを頂きました
境内の長椅子で休憩していたところ
急になにかが頭の上に落ちてきてびっくりすると
結構大きめの杉の木の枝が落ちてきたようでした
神木と書かれた杉の木が近くにあったのでその木から落ちたようです
参拝後大河ドラマ館へ
あっけないほどこじんまりとした展示でした
同時開催の「恋するもののあはれ展」も観ました
お土産物屋には「光る君へ」コラボの商品が多く取り揃えられていました
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三十八所権現社(石山寺境内社)
三十八所権現社は石山寺の鎮守社として創建されたもので 明治時代以前は蓮如堂が拝殿的な役割を果たし 神仏習合の名残が見られます。
現在の本殿は慶長7年(1602)に建てられたもので 一間社流造 檜皮葺 一間向背付 浜縁付 極彩色で彩られた桃山時代の神社本殿建築の遺構として大変貴重な存在で平成20年(2008)に国指定重要文化財に指定されています。
岩場に建っているため 下から見上げるように撮らないと 正面鳥居は写りません。
鳥居をくぐることはできません。


西国三十三霊場巡り 石山寺パート2です。
すみません あまりに嬉しすぎて写真をばしばし撮っていたら 90枚ほどになってしまいましたので パート1とパート2に分けさせていただきます。
こちらは 本堂に向かう階段を上がったところからです。
西国三十三所霊場には 全部の尊像を安置しています。
毘沙門堂 蓮如堂 古い建物が並びます。
本堂手前には ごつごつした岩があります。
これは石山寺硅灰石といい 国の天然記念物に指定されています。
石山寺の名の由来となった岩だそうで 石灰岩が変成してできた珪灰石です。
世界的にも珍しく 日本の地質百選に選ばれています。
そして左てには本堂があります。
本堂横には紫式部源氏の間という部屋があります。
この間に参籠して 源氏物語の「須磨明石」の二帖を書いたようです。
本堂内部の撮影はできませんでしたので 外から撮らせていただきました。
本堂裏手には経堂があり 校倉造になっています。
堂の下に安産の腰掛石がありました。座布団が置いてあるのにはユーモアを感じました。
さらに奥には多宝塔があり その横には若宮も鎮座されています。
そしてさらに奥には 花山法皇西国三十三所復興一千年記念で建てられた 心経堂があります。
最も奥の部分には 光堂があります。
これは石山を発祥の地とする東レによって寄進されたそうです。
ぐるっと回ると 紫式部像があり 回りはきれいな梅林になっていました。
梅林を通って山を下りる途中 鐘楼があります。
梅林はいくつかあり 一つは普賢院跡と書かれていました。
ぐるっと下りてきた先に 弘法大師の御影堂がありました。
いやはや見どころ満載すぎです。
階段を上ったところからここまで 軽く1時間はかかりました。
梅が美しい季節ということもあり 参拝者はとても多かったです。

西国三十三霊場巡りで 滋賀県大津市の石山寺にお参りしました。
石間寺からそんなに遠くない所にあります。
瀬田川に面した 山の麓にある 広いお寺でした。
大河ドラマの影響もあり 有料駐車場ではあるものの とても混んでいました。
山門までの道にはお土産屋さんがいくつも並び 観光寺そのものです。
仁王門は東大門と呼ばれ 源頼朝によって建久元年(1190年)に建立されたとされます。
慶長年間(1596年 - 1615年)には 淀殿によって新築に近い大幅な修理がなされたと考えられているそうです。
東大門をくぐって境内に入るのですが それはそれは境内が広いこと。
塔頭もありますが とりあえず本堂を目指して。。。いやいや いろいろとお堂があって なかなかたどり着きません。
きれいなお庭もありますし 建物がとても古そうなお堂もあります。
こちらの投稿では 階段を上がって本堂。。。までの境内の様子を紹介させていただき パート2でお堂や梅林などを紹介させていただきます。
約950年前から安置されているという寶印大黒天のお堂がありました。
苔がきれいなお庭でした。
お堂の中には 拝受品がたくさん置かれています。
いちばん楽しかったのはくぐり岩。
大理石でできているそうで 実際にくぐってみたら狭いこと。頭をぶつけました。
目の前にある池は 天平時代からあるそうです。
本堂に続く階段の手前にお地蔵様がありました。
那須与一地蔵堂で あの源平合戦でその名を広めた 那須与一が信仰するお地蔵様だそうです。
那須与一は合戦の後 東山にある泉涌寺塔頭の即成院にもお参りしています。
そして出家もされています。
有名人はいろいろな所に出没しますね。
その先には水車がありました。
さらに奥に進むと 天狗杉という杉の大木があります。
石山寺屈指の学僧が 死後は鬼となって経典聖教を守ると誓って亡くなられたそうで この天狗杉の上に現れたと伝わるそうです。
さらに 岩に注連縄がかけられていました。
天智天皇の石切場と書かれていました。
石山寺で切り出した石を 奈良の川原寺で礎石として使ったそうです。
さらに奥には 無憂園と呼ばれるお庭があります。
時期ではないのですが 菖蒲が植えられているようでした。
続きはパート2で
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