いしやまでら|東寺真言宗|石光山
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楽しみ方石山寺のお参りの記録一覧
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「近江西国」第3番、「湖都大津十社寺」、「びわ湖108霊場」第1番札所です。
石山寺が創建される以前の天智天皇の660年代には石切り場とされていました。
672年の壬申の乱後には現在多宝塔がある地の東側で大友皇子が手厚く葬られました。
聖武天皇の勅願により、747年に良弁が聖徳太子の念持仏であった如意輪観音像をこの地に祀ったのが始まりです。
聖武天皇は東大寺大仏の造立にあたり、像の表面に金メッキを施すために大量の黄金を必要としていました。
良弁に命じて黄金が得られるよう吉野の金峯山に祈らせました。
良弁の夢に吉野の金剛蔵王が現われ、「金峯山の黄金は、(56億7千万年後に)弥勒菩薩がこの世に現われた時に地を黄金で覆うために用いるものである(だから大仏鍍金のために使うことはできない)。近江国志賀郡の湖水の南に観音菩薩の現われたまう土地がある。そこへ行って祈るがよい」。夢のお告げにしたがって石山の地を訪れた良弁は、比良明神の化身である老人に導かれ、巨大な岩の上に聖徳太子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を安置し、草庵を建てました。そしてその2年後に陸奥国から黄金が産出され、元号を天平勝宝と改めました。
如意輪観音像がどうしたことか岩山から離れなくなってしまいやむなく、如意輪観音像を覆うように堂を建てたのが当寺の草創です。
この石山の地は、東大寺を建立するために近江国の甲賀郡や高島郡など各所から伐採してきた木材を集めておく場所で、この地が東大寺や良弁と強い繋がりがあります。
慶長年間(1596年 - 1615年)に淀殿によって石山寺の復興が行われ、1602年には本堂の合の間と礼堂が改築されました。
お参りの後に駐車場にあるレストランで食事をしました。
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石山寺様の御本堂に到着です。
石山寺様は東寺真言宗のお寺様です。
御本尊は如意輪観世音菩薩をお祀りされています。
石山寺様は聖武天皇の勅願にて良弁僧正が創建されました。
聖武天皇より奈良東大寺の資金調達を命ぜられた良弁僧正が、吉野金峯山にて蔵王権現よりのお告げを元にこの地へ辿りつき、石の上に聖徳太子の念持仏をお祀りし祈願すると陸奥国で黄金が発見されました。
任務を遂行し石の上の念持仏を動かそうとしましたが…動かせません…(--;)
そこで草庵を建てそこで念持仏をお祀りされたのが始まりとされています。
滋賀の寺社をそんなにたくさん巡拝したわけでもないのですが石の文化がスゴいです。
石山寺様の硅灰石もなんですけど、車で流していて見掛ける町の寺社や宿泊施設に建っている灯籠がギョッとするほど大きかったり、石塔、石仏がたくさん並んでいたりと、この点では他の近畿圏を見渡しても傑出しているように思いました。




石山寺と言えば、東大寺に縁のあるお寺さんです
石山寺を開山したとされる良弁は、聖武天皇から大量の黄金を探すように仰せつかります。大仏の表面に施すためです。良弁は、吉野の金峰山で祈りますが、夢に出てきた蔵王権現は、「金峰山の黄金は、弥勒菩薩が現れた時に使うものなので、使う事はできない。近江国の湖水の南に観音菩薩がお出ましになる土地があるので、そこで祈りなさい。」と言われます。
良弁は、石山の地を訪ね、巨大な岩の上に聖徳太子の念持仏如意輪観音像を安置し草庵を建てます。
すると数年後陸奥国で黄金が見つかります。良弁の修法は認められますが、どうしたことか、如意輪観音像が岩山から離れません。そこで、観音さまを覆うようにお堂を建てたのが石山寺の始まりだそうです。
西国三十三所観音霊場 第13番札所
山号:石光山
宗派:東寺真言宗
御本尊:如意輪観世音菩薩
創建:747年(天平19年)
滋賀県のおすすめ2選💠

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