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紫式部ゆかりの寺

西国三十三カ所第十三番 札所

石山寺の投稿

名前:はなb はなb

石山寺で頂ける御朱印帳です。一つは紫式部・源氏物語御朱印帳。もう一つは多宝塔の御朱印帳です。裏は光堂前の紫式部像がデザインされてます。

5 0 投稿した日:2018年04月27日

名前:Yoichiro  Fukuda Yoichiro Fukuda

春のご朱印帳祭り 紫式部ご縁の石山寺のご朱印帳です。

10 0 投稿した日:2018年03月20日

名前:おにょ おにょ

有数の観音霊場。紫式部が源氏物語の着想をしたことでも有名です。この日はまだ多宝塔の平成大修理をしていたころで、ちょっと残念でしたが、間近で屋根をみれたのはよかったかな。

4 0 お参りした日:2011年10月吉日

名前:ハナナチエ ハナナチエ

紫式部ゆかりのお寺「石山寺」 石山寺駅下車だが、別に近くない。国道沿いを徒歩。駐車場あり。 立派な仁王門。 境内広い。これも山で、色々斜面に建っている。 緑多いので気持ちよいです、琵琶湖も近く紫式部が執筆するにはもってこいですなぁと思いをはせる。

3 0 お参りした日:2011年10月吉日

名前:haruko haruko

紫式部つながりあるのは全然知らずにお参りしてた。 金沢文庫にあるような資料冊子を買った。いまならpdfなんだろうけど、やはり目録コレクターとしては外せず。

1 0 投稿した日:2017年11月13日

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077-537-0013
※お問い合わせの際は「'ホトカミ'を見た」とお伝えいただければ幸いです。

石山寺のアクセス

住所 滋賀県大津市石山寺1-1-1
エリア 石山寺駅
行き方 京阪電気鉄道石山坂本線「石山寺」駅より徒歩10分
JR西日本琵琶湖線「石山」駅より京阪バス「石山寺山門前」下車
信楽高原バス「京阪石山寺」より徒歩10分
時間 開門8時 閉門16時30分(最終入山16時)

詳細情報

基本情報

名前 石山寺
宗派 東寺真言宗
読み方 いしやまでら
本尊・
御祭神
如意輪観音
Webページ https://www.ishiyamadera.or.jp/
歴史 石山寺は、琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は国の天然記念物の珪灰石(「石山寺硅灰石」)という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている(石山寺珪灰石は日本の地質百選に選定)。
『石山寺縁起絵巻』によれば[2]、聖武天皇の発願により、天平19年(747年)、良弁(東大寺開山・別当)が聖徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりとされている。聖武天皇は東大寺大仏の造立にあたり、像の表面に鍍金(金メッキ)を施すために大量の黄金を必要としていた。そこで良弁に命じて、黄金が得られるよう、吉野の金峰山に祈らせた。金峯山はその名の通り、「金の山」と信じられていたようである。そうしたところ、良弁の夢に吉野の金剛蔵王(蔵王権現)が現われ、こう告げた。「金峯山の黄金は、(56億7千万年後に)弥勒菩薩がこの世に現われた時に地を黄金で覆うために用いるものである(だから大仏鍍金のために使うことはできない)。近江国志賀郡の湖水の南に観音菩薩の現われたまう土地がある。そこへ行って祈るがよい」。夢のお告げにしたがって石山の地を訪れた良弁は、比良明神(≒白鬚明神)の化身である老人に導かれ、巨大な岩の上に聖徳太子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を安置し、草庵を建てた。そして程なく(実際にはその2年後に)陸奥国から黄金が産出され、元号を天平勝宝と改めた。こうして良弁の修法は霊験あらたかなること立証できたわけだが、如意輪観音像がどうしたことか岩山から離れなくなってしまった。やむなく、如意輪観音像を覆うように堂を建てたのが石山寺の草創という。(その他資料としては『元亨釈書』[3] や、後代だが宝永2年(1705年)の白鬚大明神縁起絵巻がある[4]。)
その後、天平宝字5年(761年)から造石山寺所という役所のもとで堂宇の拡張、伽藍の整備が行われた。正倉院文書によれば、造東大寺司(東大寺造営のための役所)からも仏師などの職員が派遣されたことが知られ、石山寺の造営は国家的事業として進められていた。これには、淳仁天皇と孝謙上皇が造営した保良宮が石山寺の近くにあったことも関係していると言われる。本尊の塑造如意輪観音像と脇侍の金剛蔵王像、執金剛神像は、天平宝字5年(761年)から翌年にかけて制作され、本尊の胎内に聖徳太子念持仏の6寸如意輪観音像を納めたという。
以降、平安時代前期にかけての寺史はあまりはっきりしていないが、寺伝によれば、聖宝、観賢などの当時高名な僧が座主(ざす、「住職」とほぼ同義)として入寺している。聖宝と観賢はいずれも醍醐寺関係の僧である。石山寺と醍醐寺は地理的にも近く、この頃から石山寺の密教化が進んだものと思われる。
石山寺の中興の祖と言われるのが、菅原道真の孫の第3世座主・淳祐(890-953)である。内供とは内供奉十禅師(ないくぶじゅうぜんじ)の略称で、天皇の傍にいて、常に玉体を加持する僧の称号で、高僧でありながら、諸職を固辞していた淳祐がこの内供を称され、「石山内供」「普賢院内供」とも呼ばれている。その理由は淳祐は体が不自由で、正式の坐法で坐ることができなかったことから、学業に精励し、膨大な著述を残している。彼の自筆本は今も石山寺に多数残存し、「匂いの聖教(においのしょうぎょう)」と呼ばれ、一括して国宝に指定されている。このころ、石山詣が宮廷の官女の間で盛んとなり、「蜻蛉日記」や「更級日記」にも描写されている。
現在の本堂は永長元年(1096年)の再建。東大門、多宝塔は鎌倉時代初期、源頼朝の寄進により建てられたものとされ、この頃には現在見るような寺観が整ったと思われる。石山寺は兵火に遭わなかったため、建造物、仏像、経典、文書などの貴重な文化財を多数伝存している。
住所 滋賀県大津市石山寺1-1-1
分類  札所・七福神巡り

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