きんしょうじ|曹洞宗|高谷山
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金昌寺の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 電話番号 | 0494-23-0976 | ||
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埼玉県 秩父市 山田 に境内を構える、高谷山 金昌寺、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 高谷山 寺号は 金昌寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 十一面観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第四番札所、札所ご本尊は 十一面観世音菩薩 日本百観音 の一つ、『観音霊験記』によると、当地に数々の悪行を重ね忌み嫌われていた荒木丹下と言う男がいた。そこに巡礼の娘が来て食べ物を乞うたが、丹下は娘を打ちのめした。ところが、実は娘は仏の化身でその力により丹下は改心させられ、仏道に帰依し観音堂を建立したと言う。このため、この寺は 荒木寺 あるいは 新木寺とも呼ばれ、古く高篠の山中にあったが、その後、荒木(山田)に移されたと言われている。この金昌寺は、1,319体もの石仏が並ぶ“石仏の寺”として知られ、その石仏群は埼玉県の指定有形民俗文化財となっています。その始まりは、江戸時代の寛政年間(1789年~1801年)、古仙登嶽(こせんとがく)和尚が、浅間山噴火・天明の大飢饉などによる犠牲者を供養するために、千体石仏の建立を発願したことに由来するとされています。
古仙登嶽和尚は、寺の発展を願い、江戸や武州(現在の東京・埼玉・神奈川の北東部)から寄進を募り、石仏は3,800体ほどにも上ったそうです。寄進者は商人や豪農といった富裕層が多く、現存する石仏には寄進者の名前などが刻まれたものもあります。石仏の中には、武州・紀州・越前などの大名家に縁のあるものも見られます、その後、明治維新の神仏分離の一環で行われた廃仏毀釈により、多くの石仏は廃棄されてしまいました。
廃仏毀釈による影響か、現存する石仏にも首のないものも多数見つけることができます

秩父札所4番は、県指定民俗資料石仏群のある寺として知られ、本堂は、三間四面、様式は唐風の江戸中期の建築である。本尊は、十一面観世音立像で、像高107センチメートル、室町時代、行基菩薩の作といわれている。大きな草鞋(わらじ)がかかった、朱塗りの山門をくぐると、境内の斜面は1300体余りの石仏で埋め尽くされている。
迎えるは大きな草鞋だ。先日、福島市内で大きな草鞋の健脚祈願の神社に参拝したばかりでもあり、何か運命的なものを感じてしまう。こういう私を他人は「単純バカ」と呼ぶ。
とにかく、山全体に広がる石仏の群れ。圧倒的であった。
説明は、札所のページや賢い方にお任せするとして。
単純に、ただただ、色んな角度から眺め大きく呼吸するだけであった。
旧くはなっているが赤いお堂。南無観世音菩薩の赤い旗。山門の稲荷神社の鳥居の赤。紅葉の赤。
ここのお寺は、赤が似あう。
照紅葉 山に石仏 稲荷あり
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