しょうれんいんもんぜき|天台宗
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方青蓮院門跡のお参りの記録一覧(2ページ目)

親鸞聖人の得度の地、青蓮院です。
9歳での出家得度。今の時代だとなかなか思い描けない状況ですね。



親鸞聖人が植えたと言われている楠木。

とてもきれいなお庭でした。

青蓮院門跡 参拝日 令和4年10月29日
近畿三十六不動尊霊場第十九番の御朱印を頂きました

近畿三十六不動尊宝印帖のページ

近畿三十六不動尊霊場第十九番の御朱印

秋です。これまでずっと機会を逸していた青蓮院に参拝しました。残念ながら宸殿が修復工事中で足場で囲われており外観は拝観できませんでしたが、天気が良かったので庭園は大変綺麗でした。襖絵もたくさん拝観できましたが、写真に残せないのが残念。修復なったら再訪しようと思います。

御朱印頂きました。

青不動さま御朱印もゲット。

天然記念物の楠。奥の門から入ります。

ここが門。

参道。奥の左手が受付。(10/18 修正)

受付です。

華頂殿からの相阿弥の庭。心を静めて。

華頂殿から小御所へ。

庭園をぐるりと歩けます。


庭園の小高いところから華頂殿。

一隅を照らす。

宸殿は中の参拝はできます。木漏れ日。

鐘楼

青蓮院門跡(京都市東山区)
天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の1つで、天台宗の京都五箇室問跡の1つとのこと。
拝観料500円。華頂殿の襖絵、特に奥の青色の蓮の絵の艶やかさは美しかった。

本堂

入口

境内図

1つ目の門

ご由緒


庭園

一文字手水鉢
水面には薄氷が。

庭園

御朱印(300)

天台宗に属し、三門跡(もんぜき)のひとつで、粟田御所とも呼ばれる。比叡山東塔南谷に伝教大師最澄が僧侶の住居として建てた青蓮坊が起りで、その12代行玄(ぎょうげん)(天台座主)が鳥羽天皇の御帰依を得て、その皇子覚快法親王を托されて、京都の里坊(さとぼう)を拡充して以来、門跡の称号が起り、親王は第2世門主となられた。皇族、摂関家の子弟が入室される例となって、天台宗で最高の寺格をもつ寺となった。 この地は、鎌倉時代に青蓮院に合併された十楽(じゅうらく)院門跡の里坊にあたり、青蓮院は三条白川坊・吉水坊などが老朽化したのちはもっぱらこの坊を維持して今日に至っている。建物は応仁の乱で焼失したが、江戸時代に再建され天明の京都大火にさいし後桜町上皇の仮御所となった。門主には代々名僧が任ぜられ、17世入道尊円親王は能書をもって知られ、青蓮院流(のちの御家(おいえ)流)を開かれた。 現在の建物は、明治26年火災後の再建のものが多いが、江戸時代門跡寺院の格式を再現している。宸殿・小御所は狩野派の優美な襖絵で飾られ、明治の火災をまぬがれた叢華殿は勤王志士が国事を相談した維新史跡である。庭園は粟田山の山すそを利用し、竜心池を中心とした優美な庭で、主庭は相阿弥(そうあみ)作、霧島の庭は小堀遠州作と伝えられている。 他に寺宝は多く、中でも不動明王二童子画像(国宝)は世に「青不動」と呼ばれて有名である。





















京都府のおすすめ❄️
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ




























































































































































































































































4
0