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しょうれんいんもんぜき|天台宗

青蓮院門跡のお参りの記録一覧
京都府 東山駅

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のぶさん
のぶさん
2022年03月06日(日)1661投稿

天台宗に属し、三門跡(もんぜき)のひとつで、粟田御所とも呼ばれる。比叡山東塔南谷に伝教大師最澄が僧侶の住居として建てた青蓮坊が起りで、その12代行玄(ぎょうげん)(天台座主)が鳥羽天皇の御帰依を得て、その皇子覚快法親王を托されて、京都の里坊(さとぼう)を拡充して以来、門跡の称号が起り、親王は第2世門主となられた。皇族、摂関家の子弟が入室される例となって、天台宗で最高の寺格をもつ寺となった。  この地は、鎌倉時代に青蓮院に合併された十楽(じゅうらく)院門跡の里坊にあたり、青蓮院は三条白川坊・吉水坊などが老朽化したのちはもっぱらこの坊を維持して今日に至っている。建物は応仁の乱で焼失したが、江戸時代に再建され天明の京都大火にさいし後桜町上皇の仮御所となった。門主には代々名僧が任ぜられ、17世入道尊円親王は能書をもって知られ、青蓮院流(のちの御家(おいえ)流)を開かれた。  現在の建物は、明治26年火災後の再建のものが多いが、江戸時代門跡寺院の格式を再現している。宸殿・小御所は狩野派の優美な襖絵で飾られ、明治の火災をまぬがれた叢華殿は勤王志士が国事を相談した維新史跡である。庭園は粟田山の山すそを利用し、竜心池を中心とした優美な庭で、主庭は相阿弥(そうあみ)作、霧島の庭は小堀遠州作と伝えられている。  他に寺宝は多く、中でも不動明王二童子画像(国宝)は世に「青不動」と呼ばれて有名である。

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