しょうれんいんもんぜき|天台宗
青蓮院門跡京都府 東山駅
今月、41人がお参りしました
- 参拝時間
- 9:00~17:00(16:30受付終了)※春・秋に夜間ライトアップを開催...全文を見る
- 駐車場
- あり
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楽しみ方
青蓮院は京都市東山区にある門跡寺院です。
参拝は二度目で 前回は工事中のため外観をしっかり観ることができませんでした。
お庭にも足場などがあって 工事が終わったらまた来ようと思っていました。
ホトカミの投稿で工事が終わったことを知り 待ち望んでいた参拝となりました。
観光バスが停まっていて 団体さんと一緒に参拝となりました。
団体さんには先に行っていただき 妻と二人ゆっくり巡りました。
まずは華頂殿。
ここから眺める相阿弥作の庭は圧巻でした。
お抹茶もいただけるようです。
百人一首のような額絵がありましたが 三十六歌仙のものでした。
蓮の襖絵も美しいです。
次は小御所。
平安時代末は門主の居間でしたが 後櫻町上皇が当院を仮御所としてお使いの際上皇もご使用になった建物だそうです。
明治に焼失し 江戸中期の建物を移築しているそうです。
次は本堂。
階段を上がったところに聖天堂もありました。
本堂の東庫にはレプリカですが国宝の青不動像があります。
内陣は撮影不可でした。
ぐるっとまわると本堂内陣。
ご本尊は逗子の中でした。
次は宸殿。
撮影できる場所が限られていますが 歴史を感じさせるものが多くありました。
徳川家康の孫である東福門院(後水尾天皇女御)の御所を移転したものだそうです。
歴代の門主様や縁のある天皇の御位牌が祀られていました。
親鸞聖人が得度をした場所で お得度の間とも呼ばれます。
宸殿の前庭は 苔むしたお庭ですが 昔は白砂を敷いていたそうです。
私は苔庭の方が好きです。
一度建物から出て 次はお庭散策です。
廊下の下をくぐり 相阿弥の庭に出ました。
後櫻町上皇の学問所だった好文亭を外から見て 境内社の日吉社で参拝。
本堂や宸殿を外から眺めて 鐘楼を撞いて いやぁ大満足でした。
今回の参拝は 建物の外側を堪能させていただきました。
しかーし また参拝したいです。
ネット情報です。
山号はなし
宗派は天台宗
寺格は京都五ケ室門跡
ご本尊は熾盛光如来
創建年は久安6年(1150年)
開山は最澄
札所は近畿三十六不動尊霊場第19番・神仏霊場巡拝の道第115番(京都第35番)
当院は 梶井(現・三千院) 妙法院と共に 天台宗の三門跡寺院である(天台三門跡)。
「門跡寺院」とは皇族や摂関家の子弟が入寺する寺院のことであり 当院は多くの法親王・入道親王(皇族出身で親王の称号を与えられた僧侶)が門主(住職)を務め 格式を誇ってきた。
江戸時代に仮御所となったことがあるため「粟田御所」の称もある。
日本三不動の1つ「青不動」のある寺としても知られる。
梶井 妙法院などと共に 当院も比叡山上にあった房(坊)と呼ばれる小寺院がその起源となっている。
当院は比叡山東塔の南谷(現・延暦寺第三駐車場)にあった最澄が建立した青蓮坊がその起源である。
青蓮坊は慈覚大師円仁 安恵 相応などの僧侶の住居となり 東塔の主流をなす坊であった。
山下に移ったのは平安時代末期 青蓮坊の第12代行玄大僧正の時で 移転先は現在地のやや北西にあたる三条白川の地である。
久安6年(1150年)に鳥羽上皇と皇后美福門院は行玄に帰依して青蓮坊を祈願所とした。
このため この頃から寺格が上がり始めた。
その上 鳥羽上皇は第7皇子の覚快法親王を行玄の弟子として入寺させている。
これ以降 当院は門跡寺院となり皇族や摂家の子弟が門主を務める寺院となった。
青蓮坊は院の御所に準じて都に殿舎を造営し 青蓮院と改称する。
とはいえ 山上には青蓮坊がそのまま残されており 廃絶する室町時代まで寺籍は保たれていた。(後略)

青蓮院は京都市東山区にあるお寺です。
さっきは神戸の投稿でしたがキリ番投稿でしたので少し順を入れ替えました。
青蓮院には6月にも参拝したのですが 夜間ライトアップのことを知りましたので 再訪しました。
写真がいっぱいになりますがお許しください。
早く行ってもライトアップを楽しめないはずなので17時半に伺いました。
正解!ちょうど陽が落ちて暗くなったばかりの時刻でした。
山門前には案内の方が複数いらっしゃって 参拝客の多さが予想できました。
通常の拝観入口とは違い 通常なら出口になっている宸殿から入りました。
宸殿の一部が大渋滞。
ちょうど目の前のお庭が美しくライトアップされていたからです。
みんなスマホ片手に動きません。
私も根性で誰かが席を立つのを待ち 10分後には撮れました。
ライトアップは一連の流れがあって(まあそりゃそうですよね) 根性でその流れを抑えるべく撮りました。
続いて華頂殿に行くのですが 相阿弥の庭もライトアップされていて こちらも渋滞。
華頂殿から撮るのはほどほどにして そそくさとお庭に出ました。
相阿弥の庭をぐるっと一周歩きました。
見るのと歩くのはやっぱり違いますね。
木を下からライトアップしているのですが 足元は暗いし ちょっとおっかない雰囲気です。
好文亭もライトアップされていて その落ち着いた佇まいから いかにも学問に励んだ場所という感じがしました。
途中竹林があるのですが 混雑しているから良いものの 独りだったらおっかない場所でした。
妻と写真を撮ったのですが まるで心霊写真みたいになっちゃいました。
先ほど粘った宸殿前のお庭に来ました。
こちらでもたくさんの方が写真を撮られているのですが まあ広いので場所とりには困りません。
じっくり粘って撮ったのですが 見ている映像と写真の映像はやっぱり違いますね。
直に目で見たほうが感動します。
最後 山門でまたまた渋滞しています。
こちらは提灯でのライトアップで インスタ映えよろしく若い方がたくさん並んでいます。
ガイドさんが写真を撮ってくださるということで グループで来られた方に大人気のようです。
そりゃそうです 自撮り棒を使わずに全員写れるからね。
私たちも並んだのですが 1グループで何分もかけておられて 全然進まないので諦めました。
最後にこの時期限定のドリンクをいただきました。
テントのお店が2軒あったのですが どちらも同じようなドリンクでした。
いただいたのは もともとプリンで有名なお店のものでした。
名前も忘れたし 味も忘れちゃった。
青蓮院の夜間ライトアップは年に2回行われているそうなので(知らなかった)また訪れたいです。
青蓮院門跡は、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(注1)の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都五箇室門跡(注2)の一つに数えられています。青蓮院門跡は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院(注3)とされております。
(注1)天台宗の三門跡寺院…青蓮院、三千院、妙法院
(注2)五箇室…青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門跡、毘沙門堂門跡
(注3)門跡寺院…門主(住職)が皇室或いは摂関家によって受け継がれてきたお寺のこと。
起源は伝教大師最澄による「青蓮坊」
日本天台宗の祖最澄(伝教大師)が比叡山延暦寺を開くにあたって、山頂に僧侶の住坊を幾つも作りましたが、その一つの「青蓮坊」が青蓮院の起源であると云われています。伝教大師から円仁(えんにん、慈覚大師)、安恵(あんね)、相応等、延暦寺の法燈を継いだ著名な僧侶の住居となり、東塔の主流をなす坊でした。
門跡寺としての青蓮院の始まり
平安時代末期に、青蓮坊の第十二代行玄大僧正(藤原師実の子)に鳥羽法皇が御帰依になって第七王子をその弟子とされ、院の御所に準じて京都に殿舎を造営して、青蓮院と改称せしめられたのが門跡寺院としての青蓮院の始まりであり、行玄が第一世の門主であります。
その後明治に至るまで、門主は殆ど皇族であるか、五摂家の子弟に限られていました。
青蓮院の歴代門主
青蓮院が最も隆盛を極めましたのは、平安末期から鎌倉時代に及ぶ、第三代門主慈圓(慈鎮和尚、じちんかしょう、藤原兼実の弟)の時です。慈圓は四度天台座主をつとめ、その宗風は日本仏教界を風靡しました。また、日本人初めての歴史哲学者として不朽の名著「愚管抄」を残し、新古今時代の国民的歌人として「拾玉集」も残しております。
慈圓は、時代の流れにも積極的な理解と対応を示し、当時まだ新興宗教であった浄土宗の祖法然上人や、浄土真宗の祖親鸞聖人にも理解を示し、延暦寺の抑圧から庇護致しました。それ故、現在でも青蓮院は、浄土真宗との関係は深いのです。浄土真宗の祖親鸞聖人は、上記慈圓門主のもとで得度したため、青蓮院は同宗の聖地の一つとなっています。親鸞聖人の得度の折、剃髪した髪の毛を祀る植髪堂が、境内北側にございます。
十七代門主の尊円法親王は伏見天皇の第六皇子で、名筆家として知られています。和風唐風を融合した尊円法親王の書風は「青蓮院流」と呼ばれ、江戸時代に広く普及した和様書風「御家流」の源流でもあります。
室町時代には後に室町幕府第六代将軍足利義教となる義圓が門主を務め、また衰微期の本願寺が末寺として属し、後に本願寺の興隆に尽くした蓮如もここで得度を受けています。
粟田御所 仮御所としての青蓮院
江戸時代の天明八年(1788年)に、大火によって御所が炎上しました時に、後桜町上皇は青蓮院を仮御所としてご避難されました。庭内の好文亭はその際には御学問所として御使用されたものであります。
また、青蓮院は粟田御所と呼ばれており、「青蓮院旧仮御所」として国の史跡にも指定されています。












| 住所 | 京都府京都市東山区粟田口三条坊町69-1 |
|---|---|
| 行き方 | 京都市営バス5・46・100系統 「神宮道」下車 徒歩3分
|
| 名称 | 青蓮院門跡 |
|---|---|
| 読み方 | しょうれんいんもんぜき |
| 通称 | 粟田御所 |
| 参拝時間 | 9:00~17:00(16:30受付終了)※春・秋に夜間ライトアップを開催しています。 |
| 参拝料 | 大人600円、中高生400円、小学生200円 |
| トイレ | 境内にあり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 075-561-2345 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | http://www.shorenin.com/ |
| ご本尊 | 熾盛光如来 |
|---|---|
| 院号 | 青蓮院 |
| 宗旨・宗派 | 天台宗 |
| 開山・開基 | 傳教大師最澄 |
| ご由緒 | 青蓮院門跡は、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡(注1)の一つとして古くより知られ、現在は天台宗の京都五箇室門跡(注2)の一つに数えられています。青蓮院門跡は、古くより皇室と関わり深く格式の高い門跡寺院(注3)とされております。
起源は伝教大師最澄による「青蓮坊」
門跡寺としての青蓮院の始まり
青蓮院の歴代門主
粟田御所 仮御所としての青蓮院
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