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楽しみ方伏見稲荷大社のお参りの記録一覧
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京都旅行3日目7箇所目
東福寺から歩いてへ。
参道で何か食べてから・・・と思ったのですが、これというのを見つけられず、とりあえずお参りし、御朱印をいただきました。
そのまま奥へ進もうと思ったら、啼鳥庵という休憩所に稲荷茶寮というカフェがあるのをみつけたので、そこで冷たい抹茶そばをいただき、しばし休憩し、復活。
あらためて千本稲荷へ。
奥宮でこちらの御朱印もいただき、もう少し進んで戻ってきました。
このまま帰ろうかと思いましたが、先ほどのカフェのパフェが気になってたので、これはもう食べるしかないと思い、再度茶寮へ。伏見稲荷!という感じのパフェを堪能いたしました。なんか食べものレポになってしまい、申し訳ありません^^;






日吉大社より降りたところから一旦バイパスに入り、大津市街方面へ1区間だけ「近江神宮方面」で降りて、「下鴨神社界隈」に出る、比叡山の南麓を山越えする道を行きました。
最初は上賀茂さまにお詣りして、南へ京都の街を攻めてゆくつもりでしたが、「伏見稲荷大社奥社は、授与所が閉まる時間が早い」という事を思い出し、お稲荷さまから、北へ攻めてゆくことにしました。
グーグルのナビはとんでもなく「ヘッポコ」です。細くて人通りの多い道をあっちこっちワタシを引きずり回します。
修学旅行の生徒が多いせいか、観光地という事なのか、境内から何から、とんでもなく蜜、いや誤変換、密でした。
お詣りと、御朱印を戴いたら、そこそこに奥社に登りました。

京都盆地東山三十六峰最南端の霊峰稲荷山の西麓に鎮座する稲荷信仰の御本社で、稲荷山全体を神域とする。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社である。
初め農耕の神として祀られ、のちに殖産興業の性格が加わって衆庶の篤い信仰を受けた。神が稲荷山に降り立ったという縁起から、2月の初午の日は古来より多くの参拝者で賑わう。
平安時代、東寺の造営にあたって鎮守神となるや、真言密教と結び付いてその信仰を拡大、次第に神位を高めて『延喜式』名神大社に列し、天慶5年(942)に正一位の極位を得た。
この間、延喜8年(908)に左大臣藤原時平が三箇社を修営、その後源頼朝や足利義教らが社殿の造営、修造に関わったが、応仁の乱にてすべて焼亡。乱後、社僧による勧進の下で再建が始まり、明応8年(1499)に至って遷宮を迎えた。
明治政府の神仏分離令によって、本願所のほか境内の仏堂がすべて廃寺となる一方、崇敬者による鳥居の奉納や私的な「お塚」の建立が稲荷山中で顕著化し、現在の伏見稲荷大社を特徴づけるものとなった。
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