れんじょういん|浄土宗|天照山
蓮乗院神奈川県 和田塚駅
8:00~17:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方現在は『光明寺』隣の子院ですが、『光明寺』よりも前から材木座の地にありました。
真向かいの「千手院」と併せて、同日中に三寺院の巡礼が可能です。

神奈川県 鎌倉市 材木座6丁目に境内を構える、天照山 蓮乗院(れんじょういん)当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024 に鎌倉三十三ヶ所観音霊場巡礼にて参拝致しました、天照山 蓮華院 光明寺の塔頭で 浄土宗寺院、小さめの寺院ですが、歴史在る古刹で対応も親切、丁寧でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 天照山、院号は 蓮乗院、宗旨 宗派は 浄土宗、ご本尊は 阿弥陀如来、鎌倉三十三ヶ所観音霊場 第十九番札所 (十一面観世音菩薩)弘法大師 相模二十一ヶ所霊場 第十一番札所、天照山 蓮華院 光明寺の塔頭で浄土宗寺院ですが、創建は 光明寺よりも古く、当初「連乗寺」という真言宗の独立した寺院でしたが、佐助の「蓮華寺」が材木座に移され「光明寺」となってからは、光明寺の僧坊として「蓮乗院」を名乗ることとなりました。光明寺が移築されている期間、住職の良忠が蓮乗寺に寄留していたことから、以後の住職も塔頭となった蓮乗院に寄留してから光明寺に入山するという習わしになったそうです。
本尊の 阿弥陀如来像は(81.8cm寄せ木造りで胎内には大仏師 播磨法橋宗円の墨書が残されてます)鎌倉北条氏をはじめ有力御家人と深い関わりのあった鎌倉時代の仏師運慶の作と伝わります。もとは下総の有力御家人の千葉常胤(ちばつねたね)が守護仏として祀っていたものといい、南北朝時代中期の1363(貞治2)年3月15日に修復されたことを示す紙片が胎内から見つかっています。蓮乗院の寺紋と千葉氏の家紋が同じ「月星」であることから、両者に深い関係があったと見られています。蓮乗院の彫刻「勢至(せいし)菩薩像」は本尊・阿弥陀如来像の右脇侍(きょうじ)鎌倉時代後期に三尊像として制作されたと見られるが、1974年の文化財指定では本尊のみが指定されており、2020年およそ半世紀を経て一体と認められた
| 住所 | 神奈川県鎌倉市材木座6-16-15 |
|---|---|
| 行き方 | ・JR横須賀線鎌倉駅東口から、京急バス 7番のりば ’小坪経由 逗子駅行 ’約10分「光明寺バス停」下車で徒歩1分。
|
| 名称 | 蓮乗院 |
|---|---|
| 読み方 | れんじょういん |
| 参拝時間 | 8:00~17:00 |
| 参拝にかかる時間 | 10分 |
| 参拝料 | なし(志納) |
| トイレ | なし(ただし、直近『光明寺』総門周辺のトイレを借用できます。) |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | なし |
| 電話番号 | 0467-22-5835 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| 鎌倉三十三観音霊場 第19番 | 仏さま:十一面観音 御真言: おん まか きゃろにきゃ そわか 御詠歌: 濁る世に 迷ふわが身の このまゝに 蓮の台(うてな)に 乗るぞ嬉しき |
|---|
| ご本尊 | 本尊:阿弥陀如来立像(「正安元年(1299年)」、作者は「大仏師播磨法橋宗円」という造仏銘が胎内に残されています) |
|---|---|
| 山号 | 天照山 |
| 院号 | 蓮乗院 |
| 宗旨・宗派 | 浄土宗 |
| 創建時代 | 不明(ただし現在は『光明寺』の子院だが、寛元元年<1243年>に光明寺が建てられる前から在り 現在でも光明寺に新住職が入山する場合は必ず一度蓮乗院に入ってから光明寺に入るという慣例が残されています。) |
| 文化財 | 阿弥陀如来立像 _ 鎌倉市指定文化財(1299年<正安元年>大仏師播磨法橋宗円が造立の銘あり)
|
| ご由緒 | < 鎌倉市公式Webサイトの中学生向け解説から引用
光明寺より早い時期にこの地にあった寺で蓮乗寺といい、はじめは真言宗だったということです。
蓮乗院の本尊は阿弥陀如来立像です。この立像は、寄木造(よせぎづくり)像(*注1)で高さ81.5cmあり、仏像の調査で、造像は「正安元年(1299年)」、作者は「大仏師播磨法橋宗円」という造仏銘が胎内に残されています。このように鎌倉時代の銘がはっきりしている仏像は、貴重な文化財といえます。
(*注1)寄木造・・・木彫(もくちょう)で、多くの木を寄せ集めてつくる造仏法です。平安時代のはじめ頃までは、一木造(いちぼくづくり)といって、一本の木を彫って仏像をつくっていましたが、平安時代後半以後になると仏像をつくることが多くなり、だんだん体の各部分をばらばらに作って、あとでつなぎ合わせる寄木造りが発達し、仏像彫刻も分業方式がすすみ、鎌倉時代からは寄木の法がますますさかんになり、仏像に玉眼をはめこむこともでき、写実的な仏像が造られました。 |
| ご利益 | 健康長寿五穀豊穣 |
| 体験 | 仏像御朱印武将・サムライ札所・七福神巡り伝説 |
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ








5
0