みぞのくちじんじゃ
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溝口神社について
大山街道沿にある神社。9月15日に近い日曜日には例大祭、11月には酉の市が行われる
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神奈川県へ伺いましたぁ😀
川崎市高津区の街中にありながら、一歩足を踏み入れると清らかな空気に包まれる『溝口神社』へ参拝に上がりました👏
【創建】
かつてはこの地にあった「赤城大明神」を起源としています。詳しい創建年代は不明ですが、江戸時代初期にはすでにこの地の守護神として祀られていたと伝えられています。
【歴史】
神仏分離令以前は、隣接する「宗隆寺」と一体の信仰形態(神仏習合)をとっていました。明治維新の際に、伊勢神宮の御分霊を勧請し、現在の「溝口神社」へと改称されました。
【御祭神】
天照皇大神、日本武尊
【境内末社】
水神宮
鳥居を潜り参道の左側に鎮座しています。かつてこの地域は多摩川から引かれた「二ヶ領用水」によって農業が支えられていました。水神宮は、その用水の安全と豊かな実りを祈願するために祀られました。水の神様である「罔象女神(みづはのめのかみ)」を祀り、現在は水難除けだけでなく、家内安全や商売繁盛の神様としても崇敬されています。
【その他の見どころ】
溝口神社の拝殿(本殿正面)に掲げられている扁額は、日露戦争の英雄として知られる元帥海軍大将・東郷平八郎による揮毫(きごう)です。
• 揮毫の時期: 昭和8年(1933年)9月
•東郷平八郎は翌昭和9年に亡くなっており、この書は彼が亡くなる約1年前、最晩年に書かれた大変貴重なものとされています。多くの神社の扁額は紙に書いたものを彫師が写すことが多いですが、こちらの扁額は東郷平八郎本人が直接板に揮毫し、それを彫り込んだものと伝えられています。
神奈川県へ伺ったのですが、時間の関係もあり、一社しか参拝に上がれませんでした🥲 次の機会に沢山伺いたいと思います😊
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神社の創立年代は定かではないが、神社保存の棟札によれば、宝永五年(1709年)武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の御造営を僧・修禅院日清が修行したと記されており、江戸時代まで神仏習合にて、溝口村の鎮守・赤城大明神と親しまれ、社名を赤城社と称していた。
明治維新後、神仏分離の法により、溝口村・下宿・中宿・上宿・六軒町・六番組の各部落を統合、総鎮守として祀るべく新たに伊勢の神宮より御分霊を奉迎し、御祭神を改め溝口神社と改称、更に明治六年(1873年)幣帛共進指定村社に列せられた。
今日では、伊勢神宮の分霊社として、川崎市内で最も尊い神社の一社として広く信仰を仰いでおり、開運・厄除けをはじめ安産・子育て・縁結び・家内安全の御利益で広く知られております。
写真












溝口神社の情報
| 住所 | 神奈川県川崎市高津区溝口2-25-1 |
|---|---|
| 行き方 | 南武線武蔵溝ノ口、東急田園都市線溝の口から徒歩5分 |
溝口神社の基本情報
| 名称 | 溝口神社 |
|---|---|
| 読み方 | みぞのくちじんじゃ |
| 御朱印 | あり 見開きの印刷の御朱印がいただけます
|
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | なし |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| ホームページ | http://www.mizonokuchijinjya.org/ |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 天照皇大神・日本武尊 |
|---|---|
| ご由緒 | 神社の創立年代は定かではないが、神社保存の棟札によれば、宝永五年(1709年)武州橘樹郡稲毛領溝口村鎮守、赤城大明神の御造営を僧・修禅院日清が修行したと記されており、江戸時代まで神仏習合にて、溝口村の鎮守・赤城大明神と親しまれ、社名を赤城社と称していた。
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