かしまじんぐう
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楽しみ方鹿島神宮のお参りの記録一覧
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やっと念願叶い、東国三社を参拝しました。
三社を一度に鉄道と路線バスを利用して出来ないことも無いみたいですが、
どうにも時間が折り合わず、ウンウンと考えて居たらバスツアーという手が…
早速申し込んで2月5日に決行。
都庁のバスプールに集合したのは新宿組・約20名で、男性は、私だけ…
やや肩身の狭い思いをしましたが、東京駅組には10名近い男性がいてほっとしました。
前置きが長くなりましたが、10時頃に鹿島神宮に到着。
【途中、一の鳥居が見えましたが、神社からは距離があるため次の機会に…】
関東屈指のパワースポットというだけあって、駐車場近辺は渋滞。
そして、境内も人で溢れています。
正月の初詣以外で参拝で並んだのは久々。
もう少し時間が遅かったら楼門あたりから並ばないとダメだったみたいです。
拝殿から奥宮を目指します。
途中、さざれ石・鹿園・奥宮。その奥には要石や御手洗池など、
見どころが点在しており、わくわく感が続く神社ですね。
一応、見終わって御朱印をお願いにいくと、こちらは書き置きで対応されてます。
また、三社の「三角守り」も、ここで本体を購入。
息栖神社と香取神宮で、貼り付けるシールを忘れ無いようにしないと…
ツアーの制約上、お昼もここで済ませるため、やや駆け足的な参拝となりましたが、
改めてゆっくりとお参りしたいと思います。



『東国三社参り』1社目✨関東随一のパワースポットへ😊令和の大改修中、拝殿の改修がされていました🙏早朝に行ったのでそれほど並ばず、林道に差し込む朝日に癒されながらゆっくりお参りすることができました🌲☀️ありがとうございました🤗
御祭神
「武甕槌大神」
神代の昔、天照大御神の命を受けて香取神宮の御祭神である経津主大神と共に出雲の国に天降り、大国主命と話し合って国譲りの交渉を成就し、日本の建国に挺身されました。
御由緒
鹿島神宮御創建の歴史は初代神武天皇の御代にさかのぼります。神武天皇はその御東征の半ばにおいて思わぬ窮地に陥られましたが、武甕槌大神の「韴霊剣」の神威により救われました。この神恩に感謝された天皇は御即位の年、皇紀元年に大神をこの地に勅祭されたと伝えられています。その後、古くは東国遠征の拠点として重要な祭祀が行われ、やがて奈良、平安の頃には国の守護神として篤く信仰されるようになり、また奉幣使が頻繁に派遣されました。さらに、20年に一度社殿を建て替える造営遷宮も行われました。そして中世~近世になると、源頼朝、徳川家康など武将の尊崇を集め、武神として仰がれるようになります。
現在の社殿は徳川二代将軍の秀忠により、また奥宮は徳川家康、楼門は水戸初代藩主徳川頼房により奉納されたもので、いずれも重要文化財に指定されています。
鹿島神宮ホームページより

12/25は今年最後の一粒万倍日🌈
しかも月徳日と天恩日が重なったラッキーデイ⭕️
つーことで今年の神社参拝納めは東国三社巡り。
今年も無事に神仏巡りが出来ましたので感謝を込めて
一社目は鹿島立ちという言葉もあるので鹿島神宮から
茨城県常陸国の一ノ宮神社であります。
御祭神は武甕槌大神(たけみかずちのおおかみ)☀️
天照大御神の命を受けて香取神宮の御祭神
経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と共に
出雲国へ降り、大国主命(おおくにぬしのみこと)
との国譲り交渉に成功、日本建国に挺身されました。
創建は初代神武天皇と伝わっております。
神武東征の際は窮地に立たされましたが
武甕槌大神の持つ(ふつのみたまのつるぎ)を授かり
見事に勝利㊗️
感謝の意を込め、この地に勅祭されました。
鹿島神宮の近くには今でも高天原と呼ばれる
地名があり、古事記に出てくる神々が住む場所
雲の上の天上界が高天原です。
でもなんでこの地に地名で残っているのでしょうか?
茨城県鹿島市高天原。
しかも平安時代の神宮名は
伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮のみ。
そのうち二神宮が関東にある?なんで?
雲の上の天上界、高天原は鹿島にあった
で、よろしいのではないでしょうか🙆♂️
やっぱりダメですか🙅♂️むずい😭
でも、なにか匂いますね🤔
只今本殿は令和の大改修中ですので
お姿は見れませんでした。
本殿、奥宮、要石、御手洗池を参拝後、自信守りと
来年から当家神棚へ奉る天照大神大麻と
鹿島神宮大麻をお受けし帰りました🈵
天気は最高の参拝日和☀️☀️☀️
神様のお導きに感謝ですね🌈
高天原地上説‼️
雲の上の天上界高天原は鹿島にあった🤭
茨城県のおすすめ🎎

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