みなとがわじんじゃ
湊川神社公式兵庫県 神戸駅
参拝:6:00〜18:30(季節により変動あり)
社務所(お守り・授与品・朱印・祈祷)9:00~17:00
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方みなとがわじんじゃ
参拝:6:00〜18:30(季節により変動あり)
社務所(お守り・授与品・朱印・祈祷)9:00~17:00
御朱印(6種類)
湊川神社では、「湊川神社」、「湊川神社楠公御墓所」、「毘沙門天」、末社「楠本稲荷神社」の4種類の御朱印をいただけます。
湊川神社の御朱印
右に湊川神社と書かれ、真ん中に神紋である菊水紋の印と社印が押されています。
楠木正成公は、後醍醐天皇から皇室の紋章である菊を与えられましたが、畏れ多いとの思いから下半分を水で流し、菊水紋を使用したとされています。
| 御朱印 | |||
|---|---|---|---|
| 限定 | - | ||
| 御朱印帳にお書き入れ | |||
| 郵送対応 | 御朱印は神社参拝の証ですので、郵送でお取り扱いすることは本義ではありません。 御朱印帳の頒布をご希… 続きを読む | ||
| 御朱印帳 | |||
| 駐車場 | あり(20台・ご祈祷者優先)
|
境内南東にある、ご祭神楠木正成公のお墓「嗚呼忠臣楠子之墓」は、後々に徳川光圀公(水戸黄門様)が建てられました。その墓には幕末に、吉田松陰や坂本龍馬、西郷隆盛ら倒幕の志士達や新選組の隊士がお詣りし、楠木正成公を心の支えとした、いわば幕末のパワースポットといえます。
湊川の戦い(1336)で楠木正成公が自刃した「殉節地」(境内北西)には、伊藤博文や大隈重信や江藤新平らが奉納した燈籠もあります。

逆時計回りに歩いて湊川神社様の拝殿の前に
到着しました。
主祭神は
楠木正成(スクノキマサシゲ)(大楠公)
配祀として
嫡男の楠木正行(クスノキマサツラ) (小楠公)
弟の楠木正季(クスノキマサスエ)
他にも御一族や家臣をお祀りされています。
湊川神社様は明治天皇の勅命によって1872年に
創建されています。
この地はかつて「湊川の戦い」があった場所です。
新田義貞が率いる主力2万5千は九州から水陸で
攻め上る足利勢を迎え撃つために和田岬に
布陣しました。
しかし足利勢は和田岬よりも東の生田の森から
上陸し新田義貞の軍勢の背後を突く動きを
見せます。背後からの強襲を避ける為に新田勢は
撤退し楠木勢は孤立させられました。
そんな劣勢の中で正成は50万(太平記の記述)
(リアルに考えると3万~5万)の足利軍へ僅か700騎
で突撃を繰り返し足利軍を苦戦させます。
しかし衆寡敵せず 次第に押し込まれ正成は弟の
正季と自刃して果てました。
知略に長け勇猛果敢な正成は戦国武将からも
絶大な人気を誇りました。尼崎藩二代藩主であった
青山幸利も正成を熱烈に慕っていました。
(幸利の墓は正成の墓所の方を向いていたそうです)
幸利は人気はあっても整備がされていなかった
正成の墓所に梅と松を植え五輪塔を建てました。
その後 水戸藩の徳川光圀が正成の天皇へ忠義を
尽くす姿が国家の道徳的模範になるとして
この地に墓碑を建立します。
墓碑の碑文は「嗚呼 忠臣楠子之墓」光圀の自筆です。
この尊皇思想は水戸学と呼ばれ江戸後期の
徳川斉昭の代に攘夷を加えたのが「尊皇攘夷」と
いう言葉になり明治維新の思想的原動力になって
いきます。
光圀の建てた墓碑があることで維新の志士達も
訪れた この地に明治政府が忠誠の模範として
また自らの正当性を主張する意味でも
湊川神社様を創建したのは当時の時勢を考えれば
自然な流れだったのかもしれません。
社殿の奥の甘南備神社では大楠公の奥方である
久子がお祀りされています。これは石碑?社号標?
のみ確認出来ました。
この甘南備神社様の社号は久子が産まれた
場所であり 正成が戦に敗れ没した後に出家して
一族の菩提を弔った楠妣庵観音寺様のある
富田林市の「甘南備」という地名に由来しています。
楠妣庵観音寺様は焼失していたのですが
明治維新の後の大楠公顕彰の流れで1917年に
再興されています。
「非理法権天」
理のない者は理のある者に勝てず
理があっても法には勝てず
法に則っていても権力には勝てず
権力があっても天には勝てず
楠妣庵観音寺様でも掲げられている 大楠公の
旗印だったこの文字がお詣りの最中に頭から
離れませんでした。
大楠公の墓所
甘南備神社様の社号標?

神戸市中央区にある神社です。
JR神戸駅から徒歩5分ほどの場所にあります。
大きな街道沿いにあり 表門は遠くからでもよく分かる立派な門です。
神戸の三大神社の一つと言われています。
お宮参りや七五三など 本当に多くの参拝者が参られます。
結婚式も明治42年(1909)から行われています。
主祭神は楠木正成公で 地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。
表門のすぐ横には 大楠公御墓所があります。こちらには楠木正成墓碑と それを見守るような徳川光圀公銅像があります。光圀公と関係のある神社だと分かりますね。
創建は1872年(明治5年)で どちらかと言えば新しいのです。明治天皇の令により創建された神社いうことになります。
歴史についてはネット情報です。
楠木正成は 延元元年(1336年)5月25日 湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。
寛永20年(1643年)に尼崎藩主となった青山幸利は 領内に正成の戦死の地を比定し供養塔を立てた。
幸利の自ら定めた墓所もこの周辺に存在する。
元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」と記した石碑を建立した。
(『広厳寺(楠寺)』項目も参照)以来 水戸学者らによって楠木正成は理想の勤皇家として崇敬された。
幕末には維新志士らによって祭祀されるようになり 彼らの熱烈な崇敬心は国家による楠社創建を求めるに至った。
慶応3年(1867年)に尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ 1868年(明治元年) それを受けて明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため 神社を創建するよう命じ 1869年(明治2年) 墓所・殉節地を含む7,232坪(現在約7,680坪)を境内地と定め 1872年(明治5年)5月24日 湊川神社が創建された。
とても立派な表門
大きさ 分かりますか?
大鳥居
山桜
神代曙
手水舎
拝殿・本殿
内陣
アップすると 鏡に自分が写ります
楠木正成公殉節地
由緒書
自刃地には入れません
親子さざれ石
末社 菊水天満神社

神戸市中央区にある神社です。
ホトカミでも何度も投稿されている神社ですね。
大倉山付近のお寺で正成公の話題に触れたのでお詣りしたくなりましたので足を延ばしました。
JR神戸駅から徒歩5分ほどの場所にあります。
大きな街道沿いにあり 表門は遠くからでもよく分かる立派な門です。
神戸の三大神社の一つと言われています。
主祭神は楠木正成公で 地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれています。
表門のすぐ横には 大楠公御墓所があります。
こちらには楠木正成墓碑と それを見守るような徳川光圀公銅像があります。
光圀公と関係のある神社だと分かりますね。
創建は1872年(明治5年)で どちらかと言えば新しいのです。
明治天皇の令により創建された神社いうことになります。
社号の石柱でかいです
表神門
燈籠に菊の紋
明治天皇御製
目の前は太い街道
神門の扁額
境内すぐの案内
まずは墓所から
手水舎
楠木正成墓所
墓碑
小さく見えますか?
小さくないですよ
亀の上に墓標
水戸光圀像
大楠公御碑賛
版刷り 魚拓みたい
説明
境内案内図
大楠公御一代記
一の鳥居は境内の中
大きいです
アップで撮るとわかりにくいですね
拝殿が見えます
手水舎
備前焼の色です
かなり大きいです
狛犬3対目
前足が伸びて背筋ぴん
拝所
神事?
日常のお務めのようです
拝殿横から
こちらにも手水
楠木正成戦節地
説明
こちらには入れません
茶室のような
その前の庭
青山国蔵
献奉の酒樽
親子さざれ石
説明
社務所
神能殿
背後に雲がかかって 何かの暗示?
会館
ご祭神の楠木正成公は、鎌倉時代末期に活躍した武将です。
神社は明治時代の幕開けと共に、建てられた新しい神社ですが、楠木正成公への崇敬には日本の国にとって、とても大切な長い歴史があります。
正成公が湊川の戦い(1336年)で亡くなって以来、戦国武将や江戸時代の学者や藩主達に崇敬され続けてきました。
特に幕末には、坂本龍馬や西郷隆盛などの倒幕の志士達、新選組の隊士は楠木正成公を心の支えとしました。
明治維新が成って、正成公を神様としてお祀りしたいと願う全国の人々の願いが叶えられ、明治天皇が神社創建の御沙汰を下されました。
| 住所 | 兵庫県神戸市中央区多聞通3-1-1 |
|---|---|
| 行き方 | JR神戸線「神戸駅」から徒歩3分
|
| 名称 | 湊川神社 |
|---|---|
| 読み方 | みなとがわじんじゃ |
| 通称 | 楠公さん(なんこうさん) |
| 参拝時間 | 参拝:6:00〜18:30(季節により変動あり)
|
| 参拝にかかる時間 | 30分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | あり 御朱印は神社参拝の証ですので、郵送でお取り扱いすることは本義ではありません。
|
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 078-371-0001 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.minatogawajinja.or.jp/ |
| おみくじ | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| 建武中興十五社 第8番 | |
|---|---|
| 神仏霊場巡拝の道 | |
| 神戸七福神 第3番 | 仏さま:毘沙門天 |
| ご祭神 | 《主》楠木正成公(大楠公)《配》楠木正行公(小楠公)及び湊川の戦いで殉節された楠木正季卿以下御一族16柱並びに菊池武吉卿、大楠公夫人 |
|---|---|
| 創建時代 | 明治五年(1872)5月24日 |
| 創始者 | 明治元年に明治天皇がご創建の御沙汰を下された |
| 本殿 | 鉄筋コンクリート造 |
| 文化財 | 伝大楠公御真筆「法華経奥書」(国指定重要文化財)
|
| ご由緒 | ご祭神の楠木正成公は、鎌倉時代末期に活躍した武将です。
|
| ご利益 | 縁結び・恋愛成就学問の神様・合格祈願商売繁盛安産祈願・子宝厄除け交通安全家内安全勝負運 |
| 体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬結婚式七五三御朱印お守り重要文化財祭り武将・サムライ有名人のお墓札所・七福神巡り |
| Youtube | |
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