かいばらはちまんぐう
柏原八幡宮公式兵庫県 柏原駅
授与所午前9時~午後4時
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方兵庫県丹波地方の柏原に鎮座する神社で、古くから厄除け・災難除けの御神徳で多くの参拝者で賑わいます。国宝に指定された本殿をはじめ境内には多くの文化財も現存し、三重塔や鐘楼など日本古来の祈りの形である「神仏習合」の名残を今に留めています。
2月17日~18日の厄除大祭は北近畿や全国各地より約3万人の参拝者で町中が賑わいます。
兵庫県丹波の柏原に鎮座する厄除災難除の御利益で有名な神社です

柏原八幡宮は兵庫県丹波市にある神社です。
黒井地域から南に車を走らせました。
こちら柏原八幡宮には参拝者駐車場がありますので参拝しやすいです。
柏原八幡宮は 八幡山の上にあり 境内は八幡山城跡にもなっています。
一の鳥居は山の麓にあり そこから坂道を上がっていきます。
斜度はそんなにきつくないのですが だらだら上がるのは結構きついですね。
妻と二人で えっちらおっちら上がりました。
着いた~と思ったら社務所で 境内はまだ上でした。
城にはそう簡単に上がれるものではないですね。
ようやく二の鳥居に着き境内へ。
境内の右手にはお休み処 左手には授与所がありました。
まずは本殿・拝殿へ。
尻尾のある亀の彫刻が見事でした。
ご挨拶がすみ 境内を巡ります。
本殿右手には境内社が3つ。
どれも工事中で その間は裏手の三重塔に遷座されていました。
石段を少し上がって三重塔。
彩色が美しくて立派な三重塔でした。
神社に三重塔って 神仏融合だった証拠なんでしょうね。
鐘楼は厄除開運・難逃れの釣り鐘で 願い事を込めて心静かに三回鳴らします。
かる~く三回撞かせていただきました。
良い音が響きました。
境内社は他にも住吉神社や祖霊社などがありました。
最後に授与所で御朱印をいただいたのですが 御刻印がありましたので 初めていただきました。
皮を水で濡らして 20秒ほどゆっくり押します。
初めてにしては上手く押せたと思います。
兵庫県では 高砂神社と舞子六神社でいただけると知りましたので 今年はあと2つ集められそうです。
下りは楽ちん楽ちん。
麓にある境内社にもご挨拶しました。
ネット情報です。
主祭神は
誉田別命(応神天皇)(こんだわけのみこと)
息長足姫命(神功皇后)(おきながたらしひめのみこと)
姫三柱之命:多紀理比賣命(たきりひめのみこと)・多紀都比賣命(たきつひめのみこと)・市杵島比賣命(いちきしまひめのみこと)
創建は万寿元年(1024年)
舒明天皇の時代(629年 - 641年)に 出雲連が入船山の山頂(現・三重塔がある場所)に牛頭天王を祀ったのがそもそもの始まりであるとする。
万寿元年(1024年)に入船山の付近三か所から霊泉が湧いた。
これを奇瑞として後一条天皇の勅命により京都の石清水八幡宮の分霊を入船山に祀り 「丹波国柏原別宮」が成立し 当社は創建された。
貞和元年(1345年) 南北朝時代に荻野安芸守と足利氏の合戦に巻き込まれて創建当時の社殿が焼失するが 後に再建されている。
応仁2年(1468年)に三重塔が建立される。
天正7年(1579年)に織田信長の命を受けて丹波国に攻め込んできた明智光秀によって社殿や三重塔が焼失する。
天正10年(1582年)に羽柴秀吉が黒井城主の堀尾吉晴に社殿の造営を命じ 天正13年(1585年)8月に現在の本殿と拝殿が竣工している。
文化12年(1815年)には数回の焼失と再建を経て 現在の三重塔が再建される。
1868年(明治元年) 神仏分離により神宮寺であった乗宝寺が独立し 当社にあった仏像や経典等を全て乗宝寺に移して文化財が破却されること無く円満に神仏分離がなされた。
その際 廃仏毀釈により神社には不要として三重塔と鐘楼が破却されようとしていたが なんとか三重塔は「八幡文庫」として 鐘楼は「時の鐘」として破却を免れている。
1873年(明治6年)に郷社に列せられ 1900年(明治33年)に県社に昇格する。
社殿(本殿及び拝殿)は1913年(大正2年)に古社寺保存法により特別保護建造物に指定され 1929年(昭和4年)に国宝保存法によって旧国宝に 1950年(昭和25年)には文化財保護法の施行により重要文化財に指定された。
本殿(重要文化財)は 天正13年(1585年)8月に羽柴秀吉が黒井城主の堀尾吉晴を奉行として再建。
拝殿(重要文化財)は 天正13年(1585年)に羽柴秀吉が堀尾吉晴を奉行として再建。
三重塔(兵庫県指定有形文化財)は 文化12年(1815年)に彫刻師の中井権治が中心となって再建。
なお 神社に塔が残っている事例は全国で18例のみであり極めて珍しい。
鐘楼・梵鐘(兵庫県指定有形文化財)には 康応元年(1389年)と天文12年(1542年)の2つの年号が刻まれている。
康応元年銘の前に「丹波国氷上郡高山寺」と刻まれており これは現・丹波市氷上町にある高山寺のことである。
豊臣秀吉が大砲鋳造のために丹波国氷上郡内の鐘を柏原東奥藤ノ目に集めた際 そこに高山寺の鐘楼もあり それがたまたま柏原八幡宮の社僧の目に触れ 特に優れた物だったため 秀吉に願い出て当社に寄進されたもの。

西脇市の北部を散策しようと地図を見ていると、もう少し北に進んだ丹波市に「柏原八幡宮」を発見。
HPを見て、「ここにお参りしてみたい!」と思い立ち、朝から車を走らせました。
自分の直感を信じてお参りして良かったです。
御祭神
誉田別命(応神天皇)
息長足姫命(神功皇后)
比賣三柱命
(多紀理比賣命・多紀都比賣命・市杵島比賣命)
御由緒(柏原八幡宮HPより転記させていただきます)
社伝によると、舒明天皇の御代(629~641年)に出雲連が入船山(当宮の鎮座する山)に素戔鳴尊を奉祀したのが当宮の創始と伝えられています。
その後、萬寿元年(1024年)に入船山周辺の3箇所から霊泉の湧出を奇瑞とし、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都の石清水八幡宮より御分霊を勧請し、丹波国「柏原別宮」として創建されました。
創建当初の社殿は、貞和元年(1345年)に荻野安芸守が足利氏と戦い、その兵火により焼失。
その後再建されたものの、天正7年(1579年)、織田信長の命をうけた明智光秀の丹波攻略の戦火により再び焼失。
そして天正10年(1582年)、羽柴秀吉は黒井城主堀尾毛介吉晴を普請奉行に任じて武運長久の祈願所として社殿造営を開始。
天正13年(1585年)に再々建し、現在に至るとのこと。
境内には、神社としては珍しい三重塔があります。
これは明治初めの神仏分離令により壊されそうになったようですが、「八幡文庫」と称して存続を特別に認められたそうです。
今も「八幡文庫」の掛札がかかっています。
バイクや自転車に着けていただけるお守り!! 特製ステッカー1枚付き。
初穂料 1000円
社伝によれば、舒明天皇の御代(629~641)に出雲連が入船山(八幡山)に素盞鳴尊(すさのおのみこと)を奉祀したのが創始と伝えられています。
その後、萬寿元年(1024)に入船山周辺の3か所から霊泉の湧出を奇瑞とし、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都の石清水八幡宮より御分霊を勧請し、丹波国「柏原別宮」として創建されました。
境内には兵庫県指定重要文化財に指定されている三重塔と釣鐘が現存し、神仏習合当時の景観を今日に伝える全国でも極めて珍しい神社です。
厄除けの神威が高く、毎年2月17日、18日に斎行する厄除大祭は「丹波柏原の厄神さん」と親しまれ全国各地より多くの参拝者で賑わい、17日深夜に執り行われる「青山祭壇の儀」は日本最古の厄除神事で、往古の道饗祭(みちあえのまつり)、疫神祭(えきじんさい)の遺風を今に伝えています。
・社殿
現在の社殿は天正13年(1585)に羽柴(豊臣)秀吉によって再々建されたもので、三間社流造りの
本殿に入母屋造の拝殿を連接した複合社殿です。
この建築様式は「権現造」の先駆けとなる建築様式として貴重で、大正2年に特別保護建造物に指定、現在は国宝・国の重要文化財に指定されています。
・三重塔
現在の三重塔は文化10年(1813)~文化12年(1815)にかけて建立されたもので、全国で神社に塔が現存する18例の1つに数えられる貴重な建築です。
兵庫県の指定重要文化財に指定され、古来より柏原のシンボルとして親しまれています。
| 住所 | 兵庫県丹波市柏原町柏原3625 |
|---|---|
| 行き方 | JR福知山線「柏原駅」より徒歩5分
|
| 名称 | 柏原八幡宮 |
|---|---|
| 読み方 | かいばらはちまんぐう |
| 通称 | 丹波柏原の厄神さん、柏原八幡神社 |
| 参拝時間 | 授与所午前9時~午後4時 |
| 参拝にかかる時間 | 約30分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | 山上と登り口にございます |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 0795-72-0156 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://www.kaibarahachiman.jp/ |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 八幡大神「誉田別命,息長足比売命,比売三柱命(多紀理比売命,多紀都比売命,市岐島比売命)」 |
|---|---|
| 創建時代 | 萬寿元年(1024年) |
| 本殿 | 三間社流れ造 |
| 文化財 | 本殿(国指定重要文化財)
|
| ご由緒 | 社伝によれば、舒明天皇の御代(629~641)に出雲連が入船山(八幡山)に素盞鳴尊(すさのおのみこと)を奉祀したのが創始と伝えられています。
厄除けの神威が高く、毎年2月17日、18日に斎行する厄除大祭は「丹波柏原の厄神さん」と親しまれ全国各地より多くの参拝者で賑わい、17日深夜に執り行われる「青山祭壇の儀」は日本最古の厄除神事で、往古の道饗祭(みちあえのまつり)、疫神祭(えきじんさい)の遺風を今に伝えています。 ・社殿
・三重塔
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