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みなとがわじんじゃ

湊川神社
公式兵庫県 神戸駅

参拝:6:00〜18:30(季節により変動あり)
社務所(お守り・授与品・朱印・祈祷)9:00~17:00

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
郵送対応
あり

御朱印は神社参拝の証ですので、郵送でお取り扱いすることは本義ではありません。
御朱印帳の頒布をご希望される方は、郵送にてお取り扱いすることができます。
(郵便振込用紙を同封します。送料はご負担下さい。)

御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり(20台・ご祈祷者優先)
周辺にタイムズ・神戸市営駐車場あり

巡礼

その他の巡礼の情報

神仏霊場巡拝の道70番(兵庫5番)
神戸七福神・毘沙門天

湊川神社について

境内南東にある、ご祭神楠木正成公のお墓「嗚呼忠臣楠子之墓」は、後々に徳川光圀公(水戸黄門様)が建てられました。その墓には幕末に、吉田松陰や坂本龍馬、西郷隆盛ら倒幕の志士達や新選組の隊士がお詣りし、楠木正成公を心の支えとした、いわば幕末のパワースポットといえます。

湊川の戦い(1336)で楠木正成公が自刃した「殉節地」(境内北西)には、伊藤博文や大隈重信や江藤新平らが奉納した燈籠もあります。

歴史

ご祭神の楠木正成公は、鎌倉時代末期に活躍した武将です。
神社は明治時代の幕開けと共に、建てられた新しい神社ですが、楠木正成公への崇敬には日本の国にとって、とても大切な長い歴史があります。
正成公が湊川の戦い(1336年)で亡くなって以来、戦国武将や江戸時代の学者や藩主達に崇敬され続けてきました。
特に幕末には、坂本龍馬や西郷隆盛などの倒幕の志士達、新選組の隊士は楠木正成公を心の支えとしました。
明治維新が成って、正成公を神様としてお祀りしたいと願う全国の人々の願いが叶えられ、明治天皇が神社創建の御沙汰を下されました。

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湊川神社の基本情報

住所兵庫県神戸市中央区多聞通3-1-1
行き方

JR神戸線「神戸駅」から徒歩3分
阪急・阪神・山陽「高速神戸駅」東改札直結
神戸市営地下鉄山手線「大倉山駅」より徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称湊川神社
読み方みなとがわじんじゃ
通称楠公さん(なんこうさん)
参拝時間

参拝:6:00〜18:30(季節により変動あり)
社務所(お守り・授与品・朱印・祈祷)9:00~17:00

参拝にかかる時間

30分

参拝料

なし

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり

御朱印の郵送対応あり

御朱印は神社参拝の証ですので、郵送でお取り扱いすることは本義ではありません。
御朱印帳の頒布をご希望される方は、郵送にてお取り扱いすることができます。
(郵便振込用紙を同封します。送料はご負担下さい。)

御朱印帳あり
電話番号078-371-0001
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://www.minatogawajinja.or.jp/
おみくじあり
絵馬あり
SNS

巡礼の詳細情報

建武中興十五社

第8番

神仏霊場巡拝の道

詳細情報

ご祭神《主》楠木正成公(大楠公)《配》楠木正行公(小楠公)及び湊川の戦いで殉節された楠木正季卿以下御一族16柱並びに菊池武吉卿、大楠公夫人
創建時代明治五年(1872)5月24日
創始者明治元年に明治天皇がご創建の御沙汰を下された
本殿鉄筋コンクリート造
文化財

伝大楠公御真筆「法華経奥書」(国指定重要文化財)
伝大楠公御着用「段威腹巻」(国指定重要文化財)
楠木正成戦没地(殉節地)(国指定文化財史蹟)
徳川光圀公建立 楠木正成墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」(国指定文化財史蹟)

ご由緒

ご祭神の楠木正成公は、鎌倉時代末期に活躍した武将です。
神社は明治時代の幕開けと共に、建てられた新しい神社ですが、楠木正成公への崇敬には日本の国にとって、とても大切な長い歴史があります。
正成公が湊川の戦い(1336年)で亡くなって以来、戦国武将や江戸時代の学者や藩主達に崇敬され続けてきました。
特に幕末には、坂本龍馬や西郷隆盛などの倒幕の志士達、新選組の隊士は楠木正成公を心の支えとしました。
明治維新が成って、正成公を神様としてお祀りしたいと願う全国の人々の願いが叶えられ、明治天皇が神社創建の御沙汰を下されました。

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Youtube

Wikipediaからの引用

概要
湊川神社(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区多聞通にある神社。祭神は楠木正成。地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれている。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社で、現在は神社本庁の別表神社。
歴史
歴史[編集] 幕末、維新志士たちは、武家政権を倒し天皇親政を実現しようとした南朝の忠臣らを自らに重ね、彼らを理想とした。特に楠木正成はその忠臣の筆頭に挙げられ、多くの維新志士が彼の崇拝者となり、その祭祀を行った。明治維新の意義は、公的には神武創業に回帰するという意味が岩倉具視らの強い主張により与えられたが、実際の倒幕運動は神武創業というよりはむしろ建武の新政を理想として行われたものであった。それは江戸時代に儒学の興隆によって興った南朝正統論に起源するものである。 明治維新が実現すると、楠木正成は、皇室に忠義を尽くした第一の功臣として顕彰され、神社が建てられることとなった。神社の創建には...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 最寄駅: JR神戸線「神戸駅」 北へ徒歩5分 神戸高速線(阪急・阪神)「高速神戸駅」 東改札から地上へすぐ 神戸市営地下鉄海岸線「ハーバーランド駅」 北へ徒歩7分 神戸市営地下鉄山手線「大倉山駅」 南へ徒歩5分 駐車場:なし
行事
祭礼[編集] 1868年(明治元年)5月25日には初めての政府主催の楠公祭を京都の河東操練場で行った。まだ楠社造営は始まっていなかったが、楠公祭祀が国家で行われることが決まった以上、民間で盛んになっている楠公祭を国家祭祀に取り込む必要があったのである。湊川神社の例祭を創建に先駆けて始めたと見ることもできる。祭場が京都だったのは先に見た徳川慶勝の請願を何らかの形で聞き入れる必要があったからかもしれない。同祭は5月23日に布告され、諸官員は参拝することとし、一般人の参拝を許し、有志の者の詩歌の献納や兵隊の操練を披露することも許可された。楠公祭当日には神祇官知官事鷹司輔熙、同副知官事亀井茲監、...Wikipediaで続きを読む
引用元情報湊川神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%B9%8A%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=100280017

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