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みなとがわじんじゃ

湊川神社

兵庫県 神戸駅

境内:6:00〜18:00
宝物殿:9:30〜16:30(毎週木曜日休館)

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078-371-0001

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印・御朱印帳

御朱印(4種類)

湊川神社では、「湊川神社」、「湊川神社楠公御墓所」、「毘沙門天」、末社「楠本稲荷神社」の4種類の御朱印をいただけます。 

湊川神社の御朱印

500円

右に湊川神社と書かれ、真ん中に神紋である菊水紋の印と社印が押されています。
楠木正成公は、後醍醐天皇から皇室の紋章である菊を与えられましたが、畏れ多いとの思いから下半分を水で流し、菊水紋を使用したとされています。

湊川神社楠公御墓所の御朱印

500円

真ん中に湊川神社の神紋である菊水紋の印、下部に臣子之亀鑑大楠公廟(しんしのきかんだいなんこうびょう)の印が入っています。
明治天皇は、忠誠と正義で生涯をつらぬかれた楠木正成公(大楠公)の御神霊をお祀りしたいという国民の希望をお聞き入れになり、創祀御沙汰書を下され、湊川神社が創建されました。
臣子之亀鑑とは創祀御沙汰書の中にある文言で、「楠木正成の忠義の功績は永遠に輝き、千年に一人の存在で臣下の鑑である」という意味です。

毘沙門天の御朱印

500円

真ん中に毘沙門天と書かれ、右に神戸七福神毘沙門天の印、真ん中に神紋である菊水紋の印、左に湊川神社の印が押されています。
毘沙門天の別名は多聞天で、楠木正成は、信貴山の毘沙門天に百日詣の末に授かったことから毘沙門天の申し子と言われ、幼名を多聞丸と呼ばれていました。
神戸七福神は、神戸市内にある7社(湊川神社、長田神社、生田神社、大龍寺、念佛寺、天上寺、須磨寺)を巡ります。

楠本稲荷神社の御朱印

500円

右に楠本稲荷神社と書かれ、真ん中に印と楠本稲荷神社の社印が押されています。
楠本稲荷神社は、湊川神社建立より前からこの地に鎮座していたと伝わり、朱色の鳥居を抜けた本殿には天井から赤い提灯が吊られ、神秘的な空間が広がっています。

御朱印帳(2種類)

湊川神社の御朱印帳は全部で4種類。
そのなかからホトカミに投稿された2種類を紹介します。

オリジナル御朱印帳

1,500円

爽やかな浅葱色の地に、表面は右側に金色の菊紋と水の和柄、金と紫の意匠が入り、左上に御朱印帳の文字と龍の絵、裏面は桜の花びらが舞い、真ん中下部に神紋である菊水紋と湊川神社の文字が入っています。
湊川神社の御祭神である楠木正成公の佩刀であったと伝わる太刀「小竜景光」をイメージしてデザインされた御朱印帳です。

オリジナル御朱印帳

1,000円
約16×11cm

白色の地に湊川神社の神紋である菊水紋の文様、表面は右上に御朱印帳の文字、上部に水の和柄、左下に楠の花の刺繍が入り、裏面は中央に菊水紋、左下に水の和柄、右下に湊川神社の文字が入っています。

授与場所・時間

御朱印・御朱印帳ともに、本殿に向かって左側にある社務所、もしくは授与所でお受けできます。

御朱印の受付時間は9時~17時。

詳しくは公式サイトをご確認ください。

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御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
あり
パーキング
駐車場
あり

あり

巡礼

神仏霊場巡拝の道
神仏霊場巡拝の道70番(兵庫5番)
神戸七福神・毘沙門天

湊川神社について

神仏霊場巡拝の道70番(兵庫5番)


南北朝時代の武将・楠木正成のお墓


湊川の戦いで戦死した楠木正成のお墓がある。江戸時代に徳川光圀が自筆で「嗚呼忠臣楠子之墓」と記し建立した。

おすすめの投稿

きどっち
2022年03月07日(月)
615投稿

生田神社、長田神社と並び神戸三大神社に数えられる湊川神社。
先日、生田神社と長田神社は投稿させていただきましたが、この三大神社を同一日にお参りさせていただきました。
朝早い時間帯のお参りだったため、境内は神職の方々が一斉にお掃除をされていました。
広い境内のため、ボランティアのおじいさんもお手伝いをされているようでした。

今回は神戸七福神巡りでお参り。
湊川神社は毘沙門天となります。

湊川神社の神戸七福神パンフレットより以下、引用させていただきます。

~~~~~~~~~~~~~~~
湊川神社の御祭神は、「大楠公」と称えられる楠木正成公です。
そのご誕生には、このようなお話が伝わっております。
楠公の母君が、霊峰信貴山に日参して御本尊の毘沙門天に一心に手を合わせ「どうぞ御心あらば、よき子を授け給え」と祈りを重ねられました。
そしてある日、夢の知らせを受けて身ごもり、晴れて出産の喜びを迎えられます。 その嬰児こそ、後の大楠公、楠正成公だったのです。
 ~中略~
さて、楠公の母君は、生まれたての嬰児「多聞」に、子守歌がわりに「お前はただの子ではない。信貴の毘沙門さまより授かった申し子ぞ。大きくなったら、必ず毘沙門さまの御功徳にあやかってお国の為に精一杯つくすのだよ。 その為に「多聞」の名まで頂戴した。 その名を、くれぐれもはずかしめない様に。」と語って聞かせたといいます。
実は毘沙門天の別称が「多聞天」。その御名にあやかって「多聞」と名付けられたのです。
~~~~~~~~~~~~~~~

主祭神は先に書いたように、楠木正成公となりますが、配祀神として下記の方々が祀られています。
 楠木正季卿・江田高次命・伊藤義知命・箕浦朝房命
 岡田友治命・矢尾正春命・和田正隆命・神宮寺正師命
 橋本正員命・冨田正武命・恵美正遠命・河原正次命
 宇佐美正安命・三石行隆命・安西正光命・南江正忠命
 菊池武吉卿

楠木正成公といえば「湊川の戦い」ですが、後醍醐天皇の勅命を受けて、鎌倉幕府や足利尊氏らと戦い、延元元年(1336年)湊川の戦いで敗北し自害されました。
その後、徳川光圀公によって立派なお墓が建立。
正成公を慕って、多くの人々が参詣し、特に幕末には吉田松陰や坂本龍馬などが訪れたとのこと。
明治天皇がこの地に神社創祀の御沙汰を下されて、明治5年に湊川神社として創建されました。

湊川神社の建物その他

何度見ても、この社号標の大きさにはびっくりします

湊川神社の山門

表神門

湊川神社の建物その他湊川神社の本殿

拝殿

湊川神社の芸術

社殿の天井画
元々の社殿は神戸大空襲により焼失したため、昭和27年に再建。
その際に全国の著名画家から奉納されたものだそうです。
(全164点)

湊川神社の狛犬湊川神社の末社

末社 菊水天満神社

湊川神社の末社

菊水天満神社 社殿

湊川神社の建物その他

遙拝所

湊川神社の建物その他湊川神社の絵馬湊川神社の手水

手水舎

湊川神社の鳥居

手水舎前から鳥居・表神門方向

湊川神社の末社

楠本稲荷神社
社殿内はお掃除中だったため、神職の方とご挨拶後お参り。

湊川神社の建物その他

楠本稲荷神社の社殿横にあるこれは何だろう?

湊川神社の周辺

湊川神社の東隣にある神戸地方裁判所

湊川神社の御朱印

神戸七福神

湊川神社の御朱印

神戸七福神毘沙門天の御朱印

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garu
2019年05月20日(月)
614投稿

神仏霊場の御朱印を頂きにやって来ました。
この日、二組の結婚式に遭遇。
どうやら大安だったようです。

楠木正成がここで最期を迎えられたとここに来て初めて知りました。
「そういえば、ここ、兵庫県だ」と(苦笑)
合戦地図というのが漠然と頭にあったんですが、都道府県と脳内で合致してなくて己の脳活動の行方を思わず心配してしまいましたよ(苦笑)
他のユーザーさんも書かれているように、駅から上がってすぐ神門で、あまりの近さに驚いたくらいです(笑)

社殿は昭和初期の建物の様で、実に「ハイカラ」でした。
境内の木は殆どがくすの木でした。そりゃ、そうか(笑)
神社と言うより一見お寺さんかなと思ったのは、恐らく由来にもある水戸光圀が知り合いのお寺さんに頼まれて、楠木正成最期の地にお寺を建てる資金を出した事によるのかなと。
そして明治になり明治天皇の命によりここに楠木正成をご祭神とした神社が建立されました。

ご存知のように皇室は北朝と南朝に分かれていました。
鎌倉幕府後期、幕府は皇室をないがしろにするような政策をしていた事で後醍醐天皇は「院政」を取り戻そうとして挙兵し、奈良吉野山にて南朝を立ち上げました。
その時に天皇を守るために楠木正成も守護として寄り添ったのですが、同じように後醍醐天皇の守護をしていた足利義政の裏切りにより南朝皇室は途絶えました。

それより北朝と南朝に分かれていたのですが明治天皇によりそれを一つにすると言う事になり南朝の英雄である楠木正成を讃えたのです。

現在でも皇居には北朝の英雄・和気清麻呂と南朝の英雄・楠木正成の像が二つ建っているそうです。

実はこの日最後に参拝しようと同じ敷地内にある墓所に行くと、丁度日蓮宗のお坊様達と檀家さんたちに遭遇。
お経を唱えていらっしゃる後ろの方で私も一緒にこっそり参拝させてもらいました。(笑)
神仏習合だなぁって。

追記
5月24・25・26日は楠公祭だそうです。週末にあたりますね。
実は5月中がこのお祭りをしているようで、上記の3日が本宮になるそうです。
そういえば子供神輿が出てた。

湊川神社の山門

表神門

湊川神社の建物その他湊川神社の本殿

拝殿

湊川神社の本殿

結婚式が二組あったので緋毛氈が。

湊川神社の結婚式

普段は中に入れるそうですが、この日は結婚式。外から眺めてました。

湊川神社の本殿

拝殿の扉。どことなく洋風。

湊川神社の建物その他

菊水天神社

湊川神社の建物その他

親子さざれ石。楠木正成と正行親子かな?

湊川神社の建物その他

昭和天皇が実生をお撒きになられて育った楠だそうです。ちょっと小さいなぁ。少なくとも31年経っているわけだから、我が家にヒヨが落として行って生えてきた楠はもっと大きい。年数は変わらないと思う。

湊川神社の絵馬湊川神社の建物その他

大楠公殉節地の入り口。

湊川神社の建物その他

大楠公殉節地。ここに参拝したい場合は社務所にお願いすると参拝できるそうです。本日は結婚式が二組だったので遠慮して、外から写しました。

湊川神社の鳥居

楠本稲荷神社

湊川神社の建物その他

楠本稲荷神社

湊川神社のお墓

嗚呼忠臣楠子之墓(楠木正成のお墓です)

湊川神社の末社

後から私も参拝(笑)

湊川神社の自然

日本最古のオリーブの木

湊川神社の周辺

駅の入り口も和風

湊川神社の周辺

経営者が一緒だからかな?同じホームに阪神と阪急

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歴史

大楠公は、元弘元年(1331)九月に後醍醐天皇の命に従って挙兵、やがて鎌倉幕府を崩壊に導き、「建武中興」に大きな功績をあげられた。
しかし、謀反により一時九州へ敗走した足利高氏の大軍を、大楠公は、ここ湊川で迎撃、激戦の末、延元元年(1336)五月二十五日、弟正季卿と「七生報国」を誓って刺交し、殉節を遂げられた。
その後御墓所は、豊臣秀吉検知の際、免祖地とされ、江戸時代初期には摂津尼崎藩主・青山幸利公によって松と梅が植えられ、五輪の供養塔も建てられた。更に元禄五年(1692)、水戸光圀公(義公)によって、墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」が建立、大楠公の御盛徳が天下に顕彰された。
これにより、大楠公景仰の気運が愈々高まり、やがて維新回天への力強い精神的指導力となった。
そうした幕末から維新にかけて、尊崇し已まない大楠公、その御神霊を奉斎したいという国民運動が盛んになり、明治元年(1868)四月、明治天皇は、神社創祀の御沙汰書を下された。
よって明治五年(1872)五月二十四日、社名を「湊川神社」とし、初めての別格官幣社に列せられ、同日鎮座祭、翌二十五日楠公祭が斎行されて、ここに湊川神社が創建された。

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湊川神社の基本情報

住所兵庫県神戸市中央区多聞通3-1-1
行き方

JR神戸線「神戸駅」から徒歩3分
神戸市営地下鉄山手線「大倉山駅」より徒歩5分

アクセスを詳しく見る
名称湊川神社
読み方みなとがわじんじゃ
通称楠公さん
参拝時間

境内:6:00〜18:00
宝物殿:9:30〜16:30(毎週木曜日休館)

参拝料

境内無料、宝物殿:大人300円、高大学生200円、小中学生100円

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
御朱印帳あり
電話番号078-371-0001
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://www.minatogawajinja.or.jp
おみくじあり
絵馬あり
SNS

詳細情報

ご祭神《主》楠木正成公(大楠公)《配》楠木正行,楠木正季,菊池武吉,大楠公夫人
創建時代明治五年(1872)5月24日
創始者明治天皇
本殿鉄筋コンクリート造
札所など

神仏霊場巡拝の道70番(兵庫5番)
神戸七福神・毘沙門天

文化財

段威腹巻、大楠公御真筆「法華経奥書」(国指定重要文化財)
楠木正成戦没地、楠木正成墓碑(国指定文化財史蹟)

ご由緒

大楠公は、元弘元年(1331)九月に後醍醐天皇の命に従って挙兵、やがて鎌倉幕府を崩壊に導き、「建武中興」に大きな功績をあげられた。
しかし、謀反により一時九州へ敗走した足利高氏の大軍を、大楠公は、ここ湊川で迎撃、激戦の末、延元元年(1336)五月二十五日、弟正季卿と「七生報国」を誓って刺交し、殉節を遂げられた。
その後御墓所は、豊臣秀吉検知の際、免祖地とされ、江戸時代初期には摂津尼崎藩主・青山幸利公によって松と梅が植えられ、五輪の供養塔も建てられた。更に元禄五年(1692)、水戸光圀公(義公)によって、墓碑「嗚呼忠臣楠子之墓」が建立、大楠公の御盛徳が天下に顕彰された。
これにより、大楠公景仰の気運が愈々高まり、やがて維新回天への力強い精神的指導力となった。
そうした幕末から維新にかけて、尊崇し已まない大楠公、その御神霊を奉斎したいという国民運動が盛んになり、明治元年(1868)四月、明治天皇は、神社創祀の御沙汰書を下された。
よって明治五年(1872)五月二十四日、社名を「湊川神社」とし、初めての別格官幣社に列せられ、同日鎮座祭、翌二十五日楠公祭が斎行されて、ここに湊川神社が創建された。

体験御朱印

Wikipediaからの引用

概要
湊川神社(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区多聞通にある神社。祭神は楠木正成。地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれている。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社で、現在は神社本庁の別表神社。
歴史
目次 1 歴史 1.1 創建前史 1.1.1 楠木正成の英雄化 1.1.2 楠公の墓 1.1.3 楠公の祭祀 1.2 創建史 1.2.1 薩摩藩の楠社創建計画 1.2.2 尾張藩の楠社創建計画 1.2.3 水戸藩の楠社創建計画 1.2.4 政府による楠社創建 1.2.4.1 祭礼 1.2.4.2 社地と造営 1.2.4.3 社名・社格 1.2.4.4 創建 1.2.4.5 湊川神社創建の影響 1.3 創建後 1.3.1 明治憲法下 1.3.2 戦後 歴史[編集] 幕末、維新志士たちは、武家政権を倒し天皇親政を実現しようとした南朝の忠臣らを自らに重ね、...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通[編集] 最寄駅: JR神戸線「神戸駅」 北へ徒歩5分 神戸高速線(阪急・阪神)「高速神戸駅」 東改札から地上へすぐ 神戸市営地下鉄海岸線「ハーバーランド駅」 北へ徒歩7分 神戸市営地下鉄山手線「大倉山駅」 南へ徒歩5分 駐車場:なし
行事
祭礼[編集] 1868年(明治元年)5月25日には初めての政府主催の楠公祭を京都の河東操練場で行った。まだ楠社造営は始まっていなかったが、楠公祭祀が国家で行われることが決まった以上、民間で盛んになっている楠公祭を国家祭祀に取り込む必要があったのである。湊川神社の例祭を創建に先駆けて始めたと見ることもできる。祭場が京都だったのは先に見た徳川慶勝の請願を何らかの形で聞き入れる必要があったからかもしれない。同祭は5月23日に布告され、諸官員は参拝することとし、一般人の参拝を許し、有志の者の詩歌の献納や兵隊の操練を披露することも許可された。楠公祭当日には神祇官知官事鷹司輔熙、同副知官事亀井茲監、...Wikipediaで続きを読む
引用元情報湊川神社」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%B9%8A%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=87753927

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