しんとつかわじんじゃ
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楽しみ方新十津川神社のお参りの記録一覧
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北海道には、新〇〇という地名が多くあります。本州から移り住んで出身の地域の名前を付ける場合が多いためです。
こちらも、明治22年、奈良県十津川村のある吉野郡一帯に豪雨があり、被害を受けた人々が北海道へ移住してきたのが始まりとのことです。
その際に、奈良県十津川の玉置神社5柱の御分霊を奉斎したのが神社の始まりです。
御祭神は、
國常立尊(くにのとこたちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
天照大神(あまてらすおおかみ)
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
國常立尊は、別天津神5柱の後の、神代七世の最初の神様です。ありがたや。
そして、六番目と七番目が伊弉諾尊と伊弉冊尊です。
神代七世の最初と最後が揃っています。これまた、ありがたや。
これに加えて、天照大神。
そして、神日本磐余彦尊は、神武天皇。
かなり重厚な布陣です。ありがたや。

鳥居です。
玉置神社の表記になっています。
初めは、奈良県十津川村と同じ玉置神社と呼ばれており、新十津川神社に変更したのは昭和42年のことだそうです。

車を駐めようとすると、キツネが寄って来て、離れません。人懐っこくて、とてもかわいいです。
ただ、子どもも連れていたので降りられず、30分くらい時間を潰してからもう一度訪れました。
奈良の玉置神社は、選ばれた人しか行けないと言われているらしく、呼ばれてない人は、なんらかの理由で足止めをされるらしい。
もしや、これも?
神様は、ちょっとだけ忙しかったのかも。
あとで、聞いたところ、近くに住み着いている人懐っこいキツネだそうです。

新十津川には若いころ3年ほど長期出張しており、ちょっと思い入れのある町です。
なのに新十津川神社には初参詣でした。
鳥居の神額にはうっすらと玉置神社と書かれています。
もともと奈良県十津川村から移住して開拓された町ということもあり、神社も十津川村の玉置神社の分社として創建されたという歴史があります。
昭和42年に新十津川神社と名前を改めたようですが、鳥居と拝殿にかかる神額はには、当時のまま玉置神社と記されています。
参道には一組の狛犬がありました。
阿形の狛犬は玉をくわえており、口の中で動きます。
かなり古そうに見えましたが、台座には平成元年6月建立と書かれており、意外と新しい狛犬でした。
拝殿前にも小さな狛犬が置かれていました。
こちらは明治33年9月と刻まれており、神社が創建されてまもない時期に奉納されたもののようです。
参拝後、授与所に行くと、インターホンが設置されていました。
いちおう押してみたものの、反応はありません。
社殿付近にも住居の方にも、車は1台も見当たりません。
宮司さんはお忙しい方で不在のことも多いとの事前情報を目にしていたので、想定内のことです。
また参拝にいらっしゃいということだと思い、新十津川神社を辞しました。


せっかく新十津川まで行ったので、新十津川神社にもお詣りに。今日は色々な神様にお詣りできました。(追記:数えてみたら20柱くらいいらっしゃいました)

この先、北の方の空は曇り。お天気がいいうちに帰ります。

授与所を覗いていたら獅子頭を発見。帰宅して袋から出したら、口がバネで開く構造になっており、嬉しくなって家族の頭にカチカチしました。


【北海道 古社巡り】
新十津川神社(しんとつかわ~)は、北海道樺戸郡新十津川町字中央にある神社。旧社格は県社。祭神は國常立尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊、天照大神、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこ)。
1890年、新十津川村の村人が神社設立の協議を行い、奈良県十津川村の玉置神社の分社を創建することとなり、翌年徳富川畔に仮殿を設置した。1894年近隣に社殿を完成するも、1898年に石狩川の大氾濫で被災、1899年に高台に遷座し、1900年に社殿を造営した。1923年に村社に列し、その後1930年に郷社、1943年に県社に昇格した。
当社は、JR函館本線・滝川駅の北西3kmの小高い丘の上にある。石狩川の西岸から、国道451号線を西方に600mほど緩やかに登った場所で、周りは広々とした耕作地が広がっている。国道に面して広がる境内も広々としていて、柵や壁はなく、鳥居が道から奥まっているため、クルマで国道を走っていても気付きにくいかもしれない。樹木がほど良く間引かれているため境内は明るく、アスファルトの参道を歩くと、公園を歩いているような気持ち良さがある。
今回は、北海道の旧県社ということで参拝することに。参拝時は午後、自分以外には参拝者は見掛けなかった。
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明治22年奈良県十津川村の有する吉野郡一帯の豪雨により、生活の方途を失った人々が北海道へ移住し奈良県十津川の玉置神社5柱の御分霊を奉斎
母村の玉置神社は上代神武天皇がご東征の折玉置山で休まれたと伝えられ白河法皇9回、鳥羽法皇は20数回、後白河法皇は32回、後鳥羽法皇31回、後嵯峨法皇2回、亀山上皇1回という大変な数の参拝を数えると伝わる高貴な由緒の神社。
御祭神は
國常立尊(くにのとこたちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
天照大神(あまてらすおおかみ)
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)の五柱。
宮司様のお話ではこの御祭神をお祀りしている神社を探し全国から参拝にくるとか。
「昨日も埼玉から来た人に三回目でやっと会えて御朱印を書いたんだよ、電話してくれればいいのに。飛行機代もかかるのに、運試しだというんだよ、この三回目に人生賭けたっていうんだよ、凄いよね~」
「きのうは沢山御朱印をかいたんだよ」
「昨日は大雨でしたよね」
「みんな根性だね」
「・・・・」
「今日はだれも来なくていい感じに仕事してたんだよ」
「す、すみません・・・・」
「いいんだよ、8社兼務してるから、いない事多くて、電話してから来た方がいい
よ」
「でも、電話もご迷惑かと思って…。頂けなければまた来ようと…」
「神社にはそれぞれの≪気≫があるからね。御朱印はもらったほうがいいんだよ」
御朱印を書きながらお話してくださいました。
9月4日のお祭りに向けて氏子(多分)の方々と大掃除の最中にありがとうございました。
そして、シャツに作業ズボンで脚立に乗って作業したらっしゃった方に
「神社の方はいらっしゃいますか?」と尋ねたら「俺、ここの宮司」と…😱😱
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