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てるもじんじゃ

光雲神社
公式福岡県 大濠公園駅

御朱印・御朱印帳

・ 令和七年の干支である巳をモチーフにした御朱印です
・ 黒田長政公が愛用した「水牛の兜」の墨絵御朱印です
・ 天下三名槍の一つでもある黒田家名宝「日本号」の御朱印です
・ 黒田如水の水五訓を題材にした御朱印です
・ 徳川方の東軍に属し黒田長政が活躍した「関ケ原の合戦」を題材にした御朱印です
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氏子以外の参拝
氏子以外の参拝
あり
歓迎
御朱印について御朱印
あり

季節限定の「切り絵御朱印」、「干支御朱印」、「戦国御朱印」など様々な御朱印があります。

限定
あり
御朱印帳にお書き入れ
あり

■お書入れ 光雲神社、立帰天満宮、堅磐神社、荒津神社 書き置きも有ります。

郵送対応
あり

以下のサイトより受付しております https://www.terumojinja.com/shop

御朱印帳
あり

普通サイズ(11×16)、大サイズ(12×18)、寺社オリジナル

大量の封筒
授与品のネット対応
あり

https://www.terumojinja.com/shop

パーキング
駐車場
あり

境内に無料駐車場あり

光雲神社について

光雲神社は、福岡市中央区西公園の緑豊かな地に鎮座する神社で、旧福岡藩主・黒田家の初代藩主 長政公と、その父である名軍師・官兵衛(如水)公をお祀りしています。境内には摂社・堅磐神社をはじめ、静謐な空気に包まれた神域が広がり、四季折々の自然と歴史が調和した佇まいが特徴です。勝運や学業成就、家内安全を願う多くの参拝者に親しまれております。

摂社の堅磐神社(かきわじんじゃ)は、黒田官兵衛公の祖父・重隆公、父・職隆公をお祀りする神社です。中でも重隆公は、家伝の目薬を世に広め、その財によって黒田家の礎を築かれたと伝えられています。この故事にちなみ、堅磐神社は「目の神さま」として、眼病平癒や目の健康を願う多くの方々の信仰を集めております。

歴史に根ざしたご加護をいただきに、どうぞご参拝ください。

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惣一郎
惣一郎
2022年12月09日(金)1269投稿

【筑前國 古社巡り】

光雲神社(てるも~)は、福岡県福岡市中央区西公園にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は水鏡権現(黒田孝高:龍光院殿)、武威円徳聖照権現(黒田長政:興雲院殿)。社名は両祭神の法名から一字ずつ取っている。

創建は江戸時代中期の1766年、福岡藩6代藩主・黒田継高が、初代藩主・長政を「武威円徳聖照権現」として、福岡城二の丸・祈念櫓下の祠に祀ったことに始まる。のちに藩祖・孝高を「水鏡権現」として合祀した。明治時代に入り、廃藩置県により黒田家が東京に移転するにあたり、有志が11代藩主・黒田長溥に懇願し、福岡城内の祠堂から小烏吉祥院跡に新たに祠堂を建て遷座し、県社に列格した。明治後期の1909年に現在地、荒戸山東照宮跡地に再遷座した。1945年の米軍による福岡大空襲で社殿や社宝を焼失、昭和戦後の1966年に社殿はコンクリート造りで再建された。

当社は、福岡市地下鉄空港線・大濠公園駅の北北西800mの、海際の小山(西公園)の南東部、おそらく山頂付近南側にある。小山の麓から社殿に向かって一直線に600mほどの道が伸びており、境内からの景色はなかなか壮観で気持ちが良い。境内は草木が少なめで明るく、大きな社殿と境内社1社、社務所があって、そこそこ広いがコンパクト。福岡の名君、黒田長政、黒田孝高ゆかりのモニュメント等が各所にあるのが特徴。

今回は、福岡県の旧県社、別表神社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、境内では地元の剣術会が稽古をしていたが、一般の参拝者も何組か訪れていた。

光雲神社の鳥居

境内南方300mの公道上に立つ<一の鳥居>。大正11年(1922年)の銘がある。

光雲神社(福岡県)

境内南端からの参道の眺め。<一の鳥居>が見える。まっすぐで気持ちが良い。

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歴史

福岡市中央区、中心市街(天神)の西、福岡城址の北に荒津山と呼ばれた山があります。
この山は、福岡県で唯一『日本さくら100選』として指定されている福岡県管理の西公園です。
春には、山まるごとが見事に桜色に染められ1300本もの桜が咲き誇り、その西公園の山頂付近にあたる荒戸山中央に光雲神社は鎮座しています。
​黒田官兵衛孝高(如水)と黒田長政の両公をお祀りし、官兵衛公の法名「龍光院殿」と長政公の法名「興雲院殿」から一字ずつを採り「光雲(てるも)神社」と名付けられました。
慶長5年、筑前国主として藩祖である二公が移封されると、当時の警固村に舞鶴城を築き、大濠を掘り、那珂川を境として福岡と博多の町づくりを行い、徳川政治300年の間、民意を尊び、産業を奨励し、今日の福岡市の繁栄の礎をなしたことは両公の遺訓によるところが実に多大です。
また、福岡という名称は黒田家ゆかりの地である備前国邑久郡福岡(岡山県瀬戸内市長船町)の名前から取ったもので、両公が名付け親であることも知られています。

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光雲神社の情報

住所福岡県福岡市中央区西公園13-1
行き方

福岡市地下鉄 大濠公園駅より徒歩14分
西鉄バス 湊郵便局前バス停より徒歩7分
西鉄バス 中央市民プールバス停より徒歩9分
西鉄バス 伊崎バス停より徒歩12分

光雲神社の基本情報

名称光雲神社
読み方てるもじんじゃ
参拝料

なし

トイレ西公園内に複数あり
御朱印あり

季節限定の「切り絵御朱印」、「干支御朱印」、「戦国御朱印」など様々な御朱印があります。

限定御朱印あり
御朱印帳に直書きあり

■お書入れ
光雲神社、立帰天満宮、堅磐神社、荒津神社

書き置きも有ります。

御朱印の郵送対応あり

以下のサイトより受付しております
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御朱印帳あり
電話番号092-761-1807

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ご祭神《主》黒田孝高,黒田長政
創建時代1766年(明和6年)
創始者黒田継高
ご由緒

福岡市中央区、中心市街(天神)の西、福岡城址の北に荒津山と呼ばれた山があります。
この山は、福岡県で唯一『日本さくら100選』として指定されている福岡県管理の西公園です。
春には、山まるごとが見事に桜色に染められ1300本もの桜が咲き誇り、その西公園の山頂付近にあたる荒戸山中央に光雲神社は鎮座しています。
​黒田官兵衛孝高(如水)と黒田長政の両公をお祀りし、官兵衛公の法名「龍光院殿」と長政公の法名「興雲院殿」から一字ずつを採り「光雲(てるも)神社」と名付けられました。
慶長5年、筑前国主として藩祖である二公が移封されると、当時の警固村に舞鶴城を築き、大濠を掘り、那珂川を境として福岡と博多の町づくりを行い、徳川政治300年の間、民意を尊び、産業を奨励し、今日の福岡市の繁栄の礎をなしたことは両公の遺訓によるところが実に多大です。
また、福岡という名称は黒田家ゆかりの地である備前国邑久郡福岡(岡山県瀬戸内市長船町)の名前から取ったもので、両公が名付け親であることも知られています。

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