御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方
【サポーター特典】幸せと健康を毎月ご祈願
100年後に神社お寺を残せる未来へ

いっしんじ|浄土宗坂松山

一心寺
大阪府 恵美須町駅

御朱印 (1種類)

 一心寺でいただける御朱印は1種類です。

 御本尊の御朱印

御本尊の御朱印

300円
右上に「円光大師二十五霊場 第七番」の印の上に「奉拝」と日付が墨書きされています。
真ん中に「日想観殿」と墨書きされ、寺印が重ねられています。
左下の「一心寺」の墨書きに重ねて「坂松山 一心寺」印が押されています。
御朱印をもっと見る|
125
御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

巡礼

その他の巡礼の情報

法然上人二十五霊場第7番
大阪新四十八願所第39番
大坂の陣ゆかりの地朱印めぐり第22番

一心寺について

お骨佛


一心寺は宗派を問わず、納骨を受け入れている(一部宗派を除く)。納められた遺骨は10年分をひとまとめにしてお骨佛(遺骨で造られる阿弥陀如来像)を造立している。

酒封じの神


大坂冬の陣では家康の陣が茶臼山に隣接したこの寺に置かれている。この寺には大坂夏の陣の天王寺・岡山の戦いで最前線に立ち討ち死にした本多忠朝の墓所があるが、彼は酒を飲んでいたため冬の陣で敗退し家康に叱責され、見返そうと夏の陣で奮戦したが討ち死にし、死の間際に「酒のために身をあやまる者を救おう」と遺言したといわれることから「酒封じの神」とされるようになった。今でも墓所には禁酒を誓う人がよく詣でている。

おすすめの投稿

ana11692
ana11692
2024年11月06日(水)324投稿

大阪市天王寺区逢阪の一心寺にご参拝させていただきました☺️

義父母祖母のお骨佛(おこつぼとけ)さまに手を合わせ ロウソクとお線香とお花をお供えさせていただきました。大切だった懐しいひとの供養をして逢うことができました☺️
こちらの「お骨佛(おこつ ぼとけ)」さま(十数万人の人骨を集めて造立)(十年ごと造立 現在八体)に向かわれる参拝者の人波は いつもながら 絶えることがありません☺️

境外の三千佛堂(さんぜんぶつどう)にも ご参拝させていただきました☺️十二神将像がぐるりと三千佛を守るように鎮座しています。中心の大ホールに入ると、天壁いっぱいの大きな仏ほとけさまとお逢いできる広大な円形の空間があり、いつもながらほっとします☺️

寺務所でご朱印をいただく時 書き手の方から ご朱印の由来と言葉の意味を詳しく説明していただきました。毎回その丁寧なご説明にこころ引き締まる思いで感動します。ありがとうございました☺️

「日想観にっそうかん」というのは、西方に沈みゆく太陽に向かって念仏を称となえ、極楽往生を願う、観無量寿経というお経に説かれている念仏修行の一つです。(一心寺のしおりより)

精進して また ぜひ つぎもご参拝させていただけますように😊

もっと読む
ana11692
ana11692
2023年04月01日(土)324投稿
投稿をもっと見る|
117

歴史

一心寺の発祥は文治元年(1185年)。
浄土宗をお開きになった法然上人がこの地の四間四面の草庵「荒陵の新別所(あらはかのしんべっしょ)」で「日想観」を修せられたことが由来とされています。
草庵は法然上人の本名をとって「源空庵」と呼ばれ、その後「一心寺」へと改称されました。1600年、関ヶ原の戦いがあった年、徳川家康公の第8男仙千代君が夭折し、一心寺で葬儀が営まれましたが、導師を務めたのは時の住職で、家康公と同郷三河の僧本誉存牟(ほんよぞんむ)上人でした。以来、家康公との結びつきが強く、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では家康公の本陣が当地におかれました。
そして江戸時代末期からは年中無休で施餓鬼法要を行う「おせがきの寺」として賑わい、明治20年にお骨佛が造立されてからは「お骨佛の寺」として親しまれ、開かれた寺、庶民の寺としての歴史を歩んできました。

歴史をもっと見る|
18

一心寺の情報

住所大阪府大阪市天王寺区逢阪2-8-69
行き方

地下鉄御堂筋線・谷町線・近鉄・JR「天王寺駅」、地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽丘駅」より徒歩15分、地下鉄堺筋線「恵比須町駅」より徒歩8分

一心寺の基本情報

名称一心寺
読み方いっしんじ
通称お骨佛の寺
参拝時間

9:00~16:00

トイレ山門近く、念仏堂裏
御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号06-6771-0444

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

メールアドレスinfo@isshinji.or.jp
ホームページhttp://www.isshinji.or.jp/
絵馬あり

巡礼の詳細情報

大阪新四十八願所

第39番

御詠歌:

隔てなき 誓ひの国に 生れ行て 受くる御法の 袖や楽しき

法然上人二十五霊場

第7番

御詠歌:

阿弥陀仏と 言うより他は 津の国の なにわのことも あしかりぬべし

詳細情報

ご本尊阿弥陀如来
山号坂松山
院号高岳院
宗旨・宗派浄土宗
創建時代文治元年(1185年) 再興:慶長元年(1596年)
開山・開基法然(源空庵) 再興:本誉存牟上人(一心寺)
ご由緒

一心寺の発祥は文治元年(1185年)。
浄土宗をお開きになった法然上人がこの地の四間四面の草庵「荒陵の新別所(あらはかのしんべっしょ)」で「日想観」を修せられたことが由来とされています。
草庵は法然上人の本名をとって「源空庵」と呼ばれ、その後「一心寺」へと改称されました。1600年、関ヶ原の戦いがあった年、徳川家康公の第8男仙千代君が夭折し、一心寺で葬儀が営まれましたが、導師を務めたのは時の住職で、家康公と同郷三河の僧本誉存牟(ほんよぞんむ)上人でした。以来、家康公との結びつきが強く、慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では家康公の本陣が当地におかれました。
そして江戸時代末期からは年中無休で施餓鬼法要を行う「おせがきの寺」として賑わい、明治20年にお骨佛が造立されてからは「お骨佛の寺」として親しまれ、開かれた寺、庶民の寺としての歴史を歩んできました。

体験
「みんなでつくる御朱印・神社お寺の検索サイト」という性質上、掲載されている情報の正確性は保証されませんので、必ず事前にご確認の上ご利用ください。
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

ホトカミのデータについて

ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。

ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!
行きたい
行った
お問い合わせ

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ