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こうふくじ|天台宗薬王山

廣福寺
埼玉県 新狭山駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

あり

その他の巡礼の情報

武蔵野十三仏霊場3番 文殊尊
関東百八地蔵霊場 第九番札所(勝軍地蔵尊)
関東九十一薬師霊場 第三十二番札所(薬師瑠璃光如来坐像)

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歴史

廣福寺は川越にある仙波中院の末寺である。正徳4年(1714)に全焼したため古記録類の全てを失ったが、新編武蔵風土記稿には、「開山尊栄 永禄11年(1568)当寺を草創して天正12年(1584)7月11日寂せり」とあります。その一方で過去帳序文を見ると「永正甲戌仏涅槃日天台沙門実海寂」とあるので、その草創は永正11年(1514)以前にさかのぼるものと考えられます。

当寺には、徳川三代将軍家光がたびたびお成りになったと記録があり、寛永5年(1628年)のお成りの際、川越城主松平伊豆守に命じて本堂西側に休憩所を造らせ、その側に御鷹部屋を建てて、鷹を放し飼いされたといわれています。
本堂前の紅梅は、家光が嘆賞したので「御詞の梅」という言い伝えがあり、またその梅の側の井戸もその水で家光にお茶を入れたので、これも「梅の井」といわれています。
幕末には、水戸藩士から広福寺の住職になった章意和尚に関係して、勤皇の志士である当時の川越地方出身の西川錬造や清河八郎らが、当寺に出入りしていたと伝えられています。
広福寺山門は市指定文化財です。

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廣福寺の情報

住所埼玉県狭山市下奥富844
行き方

新狭山駅北口より国道16号線方面へ、生越道道標を曲がって徒歩10分程。

廣福寺の基本情報

名称廣福寺
読み方こうふくじ
トイレ本堂横に看板あり
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号04-2952-5011

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊薬師瑠璃光如来坐像、脇侍、日光・月光両菩薩
山号薬王山
院号地蔵院
宗旨・宗派天台宗
創建時代永禄11年(1568)
開山・開基尊栄(開山)
文化財

・山門(鐘楼門)

ご由緒

廣福寺は川越にある仙波中院の末寺である。正徳4年(1714)に全焼したため古記録類の全てを失ったが、新編武蔵風土記稿には、「開山尊栄 永禄11年(1568)当寺を草創して天正12年(1584)7月11日寂せり」とあります。その一方で過去帳序文を見ると「永正甲戌仏涅槃日天台沙門実海寂」とあるので、その草創は永正11年(1514)以前にさかのぼるものと考えられます。

当寺には、徳川三代将軍家光がたびたびお成りになったと記録があり、寛永5年(1628年)のお成りの際、川越城主松平伊豆守に命じて本堂西側に休憩所を造らせ、その側に御鷹部屋を建てて、鷹を放し飼いされたといわれています。
本堂前の紅梅は、家光が嘆賞したので「御詞の梅」という言い伝えがあり、またその梅の側の井戸もその水で家光にお茶を入れたので、これも「梅の井」といわれています。
幕末には、水戸藩士から広福寺の住職になった章意和尚に関係して、勤皇の志士である当時の川越地方出身の西川錬造や清河八郎らが、当寺に出入りしていたと伝えられています。
広福寺山門は市指定文化財です。

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