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てくてく歩いて原田神社へ。南側の鳥居もないところから境内に。入ってすぐに十二神社。その名の通り12柱の神様が祀られております。江戸時代以前の建築らしいが詳細は不明。その先に拝殿と本殿。本殿は国重要文化財。拝殿があるから本殿正面からは見れないのが・・・まあどこも同じではありますが😅摂末社も数社ありなかなか良き雰囲気。創建はかなり古く、社伝には天武天皇が神宝、神鏡、獅子頭を奉納したとあるそうなのでそれ以前の可能性は高いのかな?織田信長公が荒木村重討伐の際に巻き込まれて焼失しております😥社殿は慶安五年(1652年)の再建。こちらもまたゆっくりお参りしたい神社でした。社務所で書置き御朱印をいただきました🤗
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春祭(稚児祭) 3月18日
水無月大祓 6月30日
秋祭(獅子神事祭) 10月1 - 10日
10月1日 舞初式 午後8時(境内)
10月2日 - 8日 氏子地区巡祭日
10月9日 宵宮祭 午後7時(境内)
10月10日 本殿祭 午前10時
大祓 12月31日
歴史
原田神社の創建については、詳らかでないが、社記によれば古くは祇園神祠と称し白鳳十二年(西暦六八四年)に天武天皇が勅祭をもって神宝、神鏡ならびに獅子頭を納められたこと、また、同じ御代に悪疫が流行した際「妖邪退除」(病をおこす邪気を祓いのける)の詔勅を下されて、当社に祈願されたことがしるされています。
以来、皇族、武家の崇敬があつく、時代がくだるにつれて社頭も壮大を極め、最盛期には、東は吹田市榎阪町から西は尼崎市富松まで、七十二ヶ村にわたる氏地の産土神(氏神)として氏子の尊崇をあつめ、西牧社と称しました。
また、足利氏からは神領地を寄進されるなど社頭は、壮麗であったが、天正年間の兵火に焼失したといわれる。現在の社殿は慶安五年(西暦一六五二年)になって再建されました。現在、本殿ならびに摂社十二神社本殿は、豊中市指定文化財建造物となっております。
また、毎年十月九日の晩に行なう獅子神事は、豊中市指定文化財民俗資料になっております。
原田神社の情報
| 住所 | 大阪府豊中市中桜塚1丁目2-18 |
|---|---|
| 行き方 |
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原田神社の基本情報
| 名称 | 原田神社 |
|---|---|
| 読み方 | はらだじんじゃ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 06-6852-4732 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 素盞嗚尊(牛頭天王) 櫛稲田姫(頗梨采女) 大日孁貴女尊 月読命 高龗命 天児屋根命 住吉大神 仁徳天皇(大鷦鷯尊) 菅原道真公(天満大自在天神) |
|---|---|
| 創建時代 | 不詳 |
| 創始者 | 不詳 |
| 本殿 | 五間社流造、正面に千鳥破風および軒唐破風、屋根は檜皮葺 |
| 文化財 | 本殿 国重要文化財
|
| ご由緒 | 原田神社の創建については、詳らかでないが、社記によれば古くは祇園神祠と称し白鳳十二年(西暦六八四年)に天武天皇が勅祭をもって神宝、神鏡ならびに獅子頭を納められたこと、また、同じ御代に悪疫が流行した際「妖邪退除」(病をおこす邪気を祓いのける)の詔勅を下されて、当社に祈願されたことがしるされています。 以来、皇族、武家の崇敬があつく、時代がくだるにつれて社頭も壮大を極め、最盛期には、東は吹田市榎阪町から西は尼崎市富松まで、七十二ヶ村にわたる氏地の産土神(氏神)として氏子の尊崇をあつめ、西牧社と称しました。 また、足利氏からは神領地を寄進されるなど社頭は、壮麗であったが、天正年間の兵火に焼失したといわれる。現在の社殿は慶安五年(西暦一六五二年)になって再建されました。現在、本殿ならびに摂社十二神社本殿は、豊中市指定文化財建造物となっております。
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